『X』予選

気絶していた颯は目を覚ました―――


 うつ伏せで倒れていた颯の視界に映ったのは驚愕の地面だった。紫色の小さな球体が密に敷き詰まり、ドックン……ドックン……と脈を打っている。まるで大地全体が生き物の細胞のように思えた。

 

 顔を上げ、前方を見る。


 しかし、余りにも渺茫で突き当たりすら見えない。身震いしながら、得体の知れないこの場所に首を巡らせた。


 少し距離を隔てた場所に、筋肉でできた巨大な円柱を囲んだ謎の突起物が八個、不気味な地面から突出していた。この突起物がなんなのかはわからない。そして近くには、赤い血管が張り巡らされた半透明のケースが三つ並んでいる。これもなんなのかはわからないが、ふたつとも不気味だ。


 後方を見ると、年齢層が異なる八人の男女が倒れており、大地と同じ紫の球体が敷き詰められた壁に埋め込まれるように、勇気の姿があったのだ。


 だが、壁に埋め込まれているのは勇気だけではなく、なんと沙也加まで。そして小学生の男の子が一人。


 颯はすぐさま勇気と沙也加に駆け寄り、問いかけた。

 「おい! しっかりしろ!」


 反応がない。

 「……」


 「絶対、助けてやるから! 絶対、絶対、死ぬなよ!」


 颯の声に反応した沙也加が目を覚ました。


 颯は沙也加の頬を撫でた。

 「沙也加! 大丈夫か? 怪我はしてないか」


 「あたし……」壁に埋め込まれている自分の状況に動揺し、悲鳴を上げた。「うそ! なにこれ!」


 「落ち着け、沙也加!」


 目覚めれば、突然知らない場所。沙也加は動揺した。

 「助けて! なんで!? ここどこなの!?」


 「オレにも分からない。ただ一つだけ言えるのは『X』に巻き込まれたってこと」


 「やだぁ! ここから出してぇぇぇぇ!」


 泣き喚きながら辛うじて動く首を左右に激しく振って壁から逃れようとした。そのとき、ぐったりとしている勇気の姿が目に映った。

 「勇気! 勇気! ねえ! 起きてよぉぉぉ!」


 「勇気は必ず、オレが助けるから!」


 「怖いよぉ」


 颯も怖かった。だけど、沙也加を落ち着かせるために、気丈に振る舞った。

 「泣かないで」


 「あたし達、死んじゃうの?」



「いや、オレ達は生還する」


 倒れていた男女が、次々と目を覚まし始めた。


 エプロン姿の二十代の女が、壁に埋め込まれた子供に駆け寄った。

 「ママが助けてあげるからね! だから……死なないで」


 子供はぐったりしている。


 たぶん、勇気同様、体の一部を破壊されたのだろう。


 颯は周囲にいる男女を見回した。


 男が四人、女が四人。


 自分を含めて九人。


 まず男を観察する。


 十代の少年が二人。


 一人は眼鏡を掛けたオタクムードが漂うスウェット姿の少年。


 もう一人は学ランを着たままだ。


 学校が終わってから夜遅くまで友達と遊んでいたのだろう。スマートフォンを手にして楽しそうにメールを打っている。


 『X』に呼ばれた事、そして現状を報告しているに違いない。何故、この状況を楽しめるのか理解できない。数々の修羅場を潜り抜けてきた颯でさえ、この少年は狂ってると思った。


 それと陰鬱な四十代が二人。相当金に困っていそうだ。着ているTシャツの脇の縫い目が解れている。


 残る一人の男は、痩身な六十代。手には安い焼酎の瓶を持ち、千鳥足でやっと立っている状態だ。たぶんアルコール依存症。


 学校で沙也加から教えてもらった青木龍の自叙伝の内容を思い出した。


 ログインの理由には三つある。


 得体の知れないホラーゲームの神に大事な人をさらわれた者。


 賞金目当ての者。


 刺激と興奮を求める者。


 ここにいる男女は自分を含め『リアル・プレイヤー』だ。


 大事な人を人質に獲られたのは、オレと二十代の母親だけ。


 後は全員、金目当てか、刺激と興奮を欲する連中のみ。


 ポツリと本音を呟く。

 「頭おかしいんじゃねえの……」


 男を観察し終え、女に目をやった。


 ブレザーの制服を着た長い黒髪の十代の女の子。見るからにお嬢様風のがり勉タイプの高校生。たぶん、同い年くらい。


 それから、壁に埋め込まれた我が子に寄り添い、涙を零している二十代のエプロン姿の母親。


 少し離れた位置にスウェット姿のメタボ肥満体型な四十代。だらしない腹だ。


 最後は七十代の年配者だった。白髪混じりのごま塩頭、小豆色のダサいジャージ。少ない年金生活で遣り繰りしているのだろう。生活苦が滲み出ている。


 年齢層がバラバラ。



 いったい、どのような基準で『リアル・プレイヤー』を選んだのだろうか?


 颯は女子高校生に話し掛けられた。

 「何もかもが不思議。まるで異世界にいるみたい。だけど……妖精や綺麗なエルフは出てきそうもありませんね。あたしは真美(まみ)よろしくね」



 「……。オレは颯」 こんな時によく自己紹介できるな……と思った。「なんで『X』にログインしたの?」


 「生まれ変わる為にここに来たの」


 「は!?」と、思わず聞き返した。


 「親を見返したい。何もできない子だと思われてる。だから三億程度のお金はどうでもいい。あたしはなんでもできるって証明したいだけだから」


 「……」


 (三億程度!? セレブってヤツか? てゆうか、生まれ変わる前に死んじまったら意味ないじゃん。それとも死んで輪廻転生ってか? ばっかじゃねえの。

 呑気なもんだ。オレは二人の命を救わなければならないんだ。遊びでここにいるわけじゃない)


 勇気と沙也加に目をやった、その時―――


 半透明のスクリーンが宙に浮き上がった。そこにはパソコン画面で見たあの髑髏が映し出されていたのだ。


 哄笑する髑髏。

 「あっはっはっは!『戦慄のセル』へようこそ! 私がホラーゲームの神、スカルだ! これから『椅子取りゲーム』を始める。勝者は一名のみ!

途中放棄はルール違反と見做し瞬殺処刑! 脱落者も容赦なく処刑する!

『リアル・プレイヤー』諸君は『筋肉円柱』を囲む『細胞椅子』の内側に立て」


 颯は、人間の筋肉でできた巨大円柱の周囲を囲む突起物を見る。


 アレは椅子だったのか……


 二人の少年は、スマートフォンにステージの動画を収めながら『細胞椅子』まで移動し始めた。


 スウェット姿の少年は興奮気味だ。

 「こ、これは凄いクオリティですよ! ネットにアップしたいですね! そ、それに三億円は僕のものです! 負ける気がしませんから!」


 颯と真美も『細胞椅子』の内側に移動した。

 「みんなお金が欲しいのね。三億なんて簡単に手に入るのに」真美が言う。「ね、颯さん」


 鋭い目線を真美に向けた。

 「オレは金目的じゃない。あんたと違ってお遊びでここにいるわけじゃねえ」


 颯のヤンキー口調にビクリと身を強張らせた真美。



 「……。下品な人」

 

 「こんな場所で下品も上品もあるかっつーの」


 学ランの少年が言った。

 「『椅子取りゲーム』で勝者になった後、必ず本戦『X』で生還する!」


 九名全員が椅子の内側に移動した。


 『細胞椅子』は八個。


 必ず一人脱落者が出る。


 だけど……最終的には一人しか残れないのか……


 沙也加の鳴き声が聞こえる。


 親友二人を絶対に助けたい!


 スカルは『椅子取りゲーム』開始の号令を掛けた。



 『さあ『リアル・プレイヤー』諸君。闘え、生き抜け、生還せよ。『椅子取りゲーム』スタートだ』


 巨大な『筋肉円柱』に大小様々が口が現れると、ベートーヴェンの『運命』を大音量で歌い始めた。


 音楽と共に『リアル・プレイヤー』たちは、緊張を孕んだ足取りで『細胞椅子』の内側を歩き出す。


 歩と進めてから十二秒後、音楽が停止した。


 『リアル・プレイヤー』の数は九人。


 『細胞椅子』の数は八個しかない。


 瞬発力なら誰にも負けない自信がある。


 颯は素早く椅子に座った。


 案の定、座ることができなかったアルコール依存症の男がフラフラと手を挙げて、しゃっくりしていた。


 「はい! 座れませんでしたぁ。ヒック……ヒック……ウィ~」


 酔った男は自分が脱落者であり、そしてこれから処刑される事を理解しているようには思えなかった。


 スカルが処刑方法を男に選択させる。

 『デストラップのうち、スリム、サウナ、キューブ、どれがいい?』


 颯は三つ並んだ半透明のケースに目をやった。

 (デストラップって何だ!? 血管が張り巡らされたあの不気味なケースが『デストラップ』なのか!? これから何が起きようとしてるんだ!?)


 男は千鳥足で答えた。

 「ヒック……サウナ。風呂好き」


 男は、颯が目をやった半透明ケースの内側へと瞬間移動した。


 颯は息を呑む。

 やっぱりあれが『デストラップ』だったのか!


 颯を含めた『リアル・プレイヤー』達は慄然とした表情を浮かべているが、これから処刑される当本人は焦る様子もなく、『デストラップ』の中で呑気に焼酎を呑んでいた。


 が……突如、顔色を変え、熱した鉄板の上に放たれた生魚ように激しく踊り出したのだ。


素足から煙が上がり、ジュ~っと肉が焼ける音が聞こえた。


 よろけた体が内部の壁に触れた瞬間、ぬるりと皮膚が捲れ上がった。


 灼熱地獄と化した『デストラップ』の内部で、煮える双眸を両手で覆い隠し、男は苦悶し続ける。


 徐々に全身の皮膚が赤く焼け爛れ、二の腕が溶けて垂れ下がり始めた。


 「ぐぁぁぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇ! ここから出してくれぇぇぇ!」


 恐ろしい光景に沙也加は泣き喚き、悲鳴を上げた。

 「きゃあぁぁぁぁ! いや――――!」


 余りの残忍さに怯える一同を余所に、『スカル』は哄笑する。

 『あっはっはっは! 石川五右衛門は息子と一緒に釜茹で処刑されたと一般的に言われてるが、空の釜で蒸し焼きにされたって説もあるそうだ! まさにコレだ!』


 内部から『デストラップ』を破壊しようと、爪を立てて悶えるが、その指先から体液が流れ落ち、骨が透けて見える状態だった。


 蒸し焼きになった肉体は茶色く変化していく。やがて男は膝をついて、息絶えた。


 無惨な男の亡骸は『デストラップ』の底へと吸収され、跡形もなく消えたのだった。


 断末魔が止んだ空間が静まり返る。


 脱落者の凄惨たる処刑に『リアル・プレイヤー』たちは地獄を見た。


 そして全員同じことを思う。


 人間じゃない……


 この男、いや……『スカル』は何者なんだ!?


 まさか、本物の神であるはずがない!


 自分達は、


 殺される!


 さすがの颯も足が竦んだ。


 慄然としながら沙也加と勇気を見る。

 「……オレ、マジでビビってる」


 『細胞椅子』に座っていた、真美、四十代のメタボ女が嘔吐した。


 残る五人は立ち上がり、この渺茫な空間のどこかにあるかもしれない出口を求めて全力疾走で逃げ惑う。


 震えながら女が言った。

 「逃げてはダメ……ログアウト、つまり途中放棄できないのであれば、逃げるのも同じ事よ」


 真美はポロポロと涙を零した。

 「『Xゲーム』がこんなに酷い殺人ゲームだなんて知らなかった……おうちに帰りたい」


 颯が言った。

 「だから遊びじゃないって言ったんだ……」


 中学の時から喧嘩ばかりしていた。


 多少の事には動じなくなった。


 だけど、今だから思う。


 全てがお遊びだったと―――


 スカルが、突然「ボン!」と言った。



 その瞬間、逃げ惑う『リアル・プレイヤー』五人の肉体が木端微塵に吹き飛んだのだ。


 一瞬の出来事だった―――


 瞬殺死刑。


 ネットカフェの顔面爆破を思い出した颯は、背筋が凍った。


 しかし、恐ろしい光景はこれに留まらず、壁に埋め込まれた子供の肉体に皺が寄り始めた。


 よく見れば、子供の周囲の『細胞壁』が膨張したり、縮んだりを繰り返し、体液を吸い上げていたのである。


 ふっくらとした頬がこけてゆく。


 人質と『リアル・プレイヤー』は一心同体。


 『リアル・プレイヤー』が死んだ時点で、人質は死ぬ。


 子供の肌が土気色に変色していく。


 やがてミイラのように干乾びて絶命した。


 隣でそれを見ていた沙也加は、あまりの衝撃に気を失った。


 だが、気絶した方がいいのかもしれないと思った。なぜなら、残虐行為を見ずに済むから……


 スカルが生き残った三人に言う。

 「さあ、立て」


 三人が腰を上げると、八個あった『細胞椅子』が次々と『細胞床』へと下がっていき、たった二個だけになった。

 

 この中で誰か一人死ぬ。


 絶対に負けられない。


 オレは絶対にあの二人を助けたい。


 それに約束した。


 必ず助けると―――


 負けられないと思っているのは、颯だけではない。メタボ女の表情が一変した。


 鼻息を荒くし「あたしは勝つ!」と何度も呪文のように唱えていた。


 真美が呟く。

 「ログインしなきゃよかった」


 『筋肉円柱』再び大きな口を開け、大音量の音楽を奏で始めた。


 三人は手に汗握って、たった二つの椅子の周囲を回る。


 八秒後、音楽が止まった。


 颯は素早く『細胞椅子』に座った。


 女は真美を突き飛ばし、『細胞椅子』にデカい尻を乗せた。完全なルール違反を犯したにもかかわらず、堂々とした面持ちで座っている。


 真美は悄然とし、身震いしながら固まっていた。

 「うそ……あたしが処刑なの?」


 スカルは女をルール違反と見做した。

 「ルール違反。お前はクズだ。塵界に蔓延るクズだ」


 女は癇癪を起し、声を荒立てた。

 「あたしは座った! 座ったんだ! 見りゃわかるだろ!? この骸骨野郎!」


 『消去……くたばれ!』



 女に選択権は与えられず、三つある『デストラップ』の左側へと瞬時に体が移動した。


 女は暴言を捲し立てる。

 「ふざけんじゃねえ! ここから出せー! テメーがくたばりやがれ!」


 『スリム……死ぬ前に夢が叶う。私は優しい』

 

 『デストラップ』の内側から鋭利な刃物の爪を持つ無数の手が現れた。


 凶刃の腕が伸びると、女は恐怖に身震いし、アルコール依存症の男同様に『デストラップ』を破壊しようとするが、びくともしない。


 女が閉じ込められたケースから、金属がぶつかり合うカチャカチャとした冷たい金属音が聞こえた直後、断末魔が聞こえた。


 颯は目を瞑り、耳を塞ぐ。


 真美も耳を塞いだ。


 ケースの内側に伸びた手が女の肉体を毟り始めた。


 断末魔と共に血飛沫が飛散する。

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 一つの手が女の頬を掴んで凶刃の爪を喰い込ませ、拳を握り、肉を引き千切る。鋭利な爪に肉が絡み、パックリと空洞ができた頬から血に染まった歯が覗いていた。


 惨烈な魔の手は残忍さを増し、乳房を鷲掴みにして、下に引きずり下ろした。乳房と上半身が分離すると、眼球をも抉り出したのだ。


 半透明の『デストラップ』内は鮮烈な赤と化し、肉塊が音を立てて地に落ちていく。


 颯は恐怖によって心拍が上がった。


 拷問残虐行為をお祭りのイベントのように楽しむ自称神と名乗る『スカル』の異常性に恐怖を感じた。


 スカルはメタボ女を閉じ込めている悍ましい『デストラップ』に向かって命じる。

 「人間の分際で神を愚弄した愚かな雌豚のはらわたを抉り出せ」


 血に染まった無数の手が、女の腹部の肉を一斉に毟り取った。蓄積された脂肪の塊が削ぎ落とされ、薄くなった肉が臓物の重さに耐えきれず、はらわたの雪崩が起きた。


 メタボだった女は “スリム” となり、息絶えた―――


 『デストラップ』内部に散らばった肉片と死体が、あっという間に底へと吸収されてゆく。


 オレと真美に会話する余裕などなかった。


 はっきり言って小便ちびりそうだった。



 ガクガクと震える膝を落ち着かせようとさすってみるが、落ち着くわけもなく……


 スカルは「立て」と命じてきた。


 立たなければ殺される。


 そして―――


 『細胞椅子』は遂に一つになった。



 再び恐怖の音楽が鳴り響く―――


 4秒後、音楽が止まった。


 颯は裂帛の気合と共に滑り込むように『細胞椅子』へと尻を落した。


 真美のお尻はほんの少しだけ乗った状態だった。


 真美は発狂した。

 「イヤ――――!」


 颯は真美を見ようとしなかった。正確に言うと、見ることができなかったのだ。


 「……」

 

 「颯さん、助けて!」


 「……」


 (やめてくれ!オレの名前を呼ばないでくれ!)


 スクリーンの中のスカルが哄笑する。


 「スリムか? サウナか? それともキューブがいいか?」


 「どれもイヤ――――! ひと思いに殺してよ! 痛いのはイヤよ!」


 「気持ち良くイケるキューブ」


 中央の『デストラップ』に瞬時に閉じ込められた真美は、必死の叫び声を上げる。


 「助けてぇぇぇぇ! ここから出してぇぇぇ!」

 


 真美が閉じ込められた『デストラップ』の底が上がり始めた。


 天井も頭上との距離を縮めてきた。


 「きゃあぁぁぁぁぁ!」絶叫した。「助けてぇぇぇぇ!」


 姿勢を低くし難を逃れようとするが、間隔が徐々に狭くなっていく。


 真美は天井を正面にして仰向けになった。


 天と地の隔たりが20センチのところでピタリと停止した。


 だが次に前後の壁が迫ってくる。


 真美は迫りくる正面の壁を叩いて何とかしようとしてみるも、ビクともしない。まるで透明の鉄。


 「助けてぇぇぇぇ!」


 颯は耳を塞ぎ続けた。


 こんな酷い処刑があってたまるか!


 颯の双眸に涙が浮かんだ時、ボキボキ!と骨が砕ける音が聞こえた。

 「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 前後の壁が幅20センチで停止する。真美の肩幅は当然の事ながら20センチ以上。


 押し潰された肩の骨が砕け、鎖骨が複雑骨折し、肉から骨が飛び出していた。胸元に血が流れ落ちる。


 しかし“キューブ”と呼ばれる処刑である為、ここで終わりではないのだ。真美が一番恐れていた左右の壁が迫り始めた。横たわる頭上と足元の壁が真美の体を圧迫してゆく。


 「痛い! 痛いよ―――!」


 颯は思わず叫んだ。

 「苦しませるなんて可哀想だ!」


 ボキ!と耳をつんざく音が聞こえた瞬間、真美の悲鳴が止んだ。


 圧迫に耐え切れなくなった頚椎が折れ、息絶えたのだ。


 その後、ミシミシと音を立てながら頭蓋骨が陥没し、脛がジグザグと歪に折れ曲がり、真美の体は縮んでいった。


 そして真美の肉体が縦横高さ20センチの立方体(キューブ)となった時、ようやく『デストラップ』の機能が停止したのである。


 無情のスカルは笑いを含んだ声を出す。

 「人間はよく縮む」


 「酷い……酷すぎる」


 「この程度で恐れを抱くようでは『X』での生還は難しい」

 

 「……こ、この程度だって?」


 冗談じゃない!


 これ以上の恐怖が存在するはずがない!

 

 突如、正面に古びた木製のドアが一つ現れた。

 

 「…………」


 「強者たちが集まる『X』本戦の駒は揃った。ドアの中へ進むのだ」


 腰を上げた颯は、勇気と沙也加の顔を見た後、恐る恐るドアを開け、『X』の本戦が行われる別室へと入っていった。



 

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