【第1話】『 プロローグ 』





 僕の名前は赤嶺知束あかみねちさと。17歳。本来なら高校生。


 僕はある事情により、ドコかも分からない研究施設で隔離かくり生活を送っている。


 かれこれ3ヶ月間も。


 この施設に来る前、僕はごくごく普通の、真面目で優秀ゆうしゅうでイケイケな高校生だった。いや、イケイケなのは友達の方なのだが‥‥。


 僕はこれまで普通に高校へ通い、普通に友達と話し、普通に卒業する予定だった。


 そう、1つの変化が、僕の生活を180度変えてしまったのだ。


 その原因は右目にある。

 僕の右目は、突然何も見えなくなった。

 眼科に行っても、病院で見せても、原因は全くの不明。


 それに、この目は盲目である事だけではなく、薄桃色うすももいろ光沢こうたくしていて、まぶたを少しでも動かすと激痛が襲ってくる。


 その為、僕は毎日、この研究施設で治療とカウンセリングを行っているのだ。


 しかし、一向に良くなる兆しは見えて来ない。


 今や、この研究施設で3ヶ月間も過ごしている。


 なぜ隔離されているのかって?

 どうやらこの目の病気が、他者へと伝染するリスクを施設のドクター達は恐れているようだ。


 その為、僕はカウンセリングや治療の時意外、外部との接触を一才禁止されている。


 最初の頃は友達に会いたくてこの施設から脱出しようと考えていたが、流石のジャパニーズセキュリティーに、僕は手も足も出なかった。


 ここに来る前、僕の右目を見てクラスメイトの反応は様々だった。


 気持ち悪いと非難ひなんする人もいたし、心配してくれる優しい友達もいた。


 僕はなんとか眼帯を付けて生活していたが、激痛げきつうは日に日に増してく一方で、ついには出血して意識を失ってしまったのだ。


 あれは3ヶ月と2周間前の春。

 僕はいつも通り眼帯をつけて学校へ登校していた。

 しかし、いつもより右目の痛みが激しい事に違和感を覚えていた。


「おい、赤嶺あかみね、大丈夫か?」


 クラス担任の先生が、授業中ずっと右目を気にしている僕に問いかけた。

 しかし、その間も右目の痛みが徐々に強くなっていく。その様子を見て、先生は僕の元までやってきた。


「お、おい。しんどかったら保健室に‥‥。」


 先生がそう言った瞬間、眼帯が赤くにじんでいく。

 そして僕の机に、ポタポタと血の涙がほほを通って落ちた。


 それを見た先生の顔は青ざめて、僕をそのまま保健室に連れて行こうとした。しかし、僕はそのまま気を失ってしまったのだ。


 僕はその日病院に搬送はんそうされたが、原因はつかめず、1週間入院する事になった。


 病院の先生によると、ストレスによる中心性ちゅうしんせい漿液性しょうえきせい脈絡網膜症みゃくらくもうもくしょうの可能性が高いと診断されたが、ストレスなんて、僕には全く思い当たるふしが無かった。


 それから僕は、原因が分からぬまま病院を退院し、自宅学習の日々を送っていた。


 そして、ある製薬会社がこの病気を治療するプロジェクトを発案したのだ。

 そのプロジェクトとは、僕をとある施設に5〜6ヶ月程隔離して検査すると言う事だった。


 どこの病院に行っても同じような診察結果だった僕は、そのプロジェクトを受け入れる事にした。


 そうして、今ここにいる訳だ。


 僕は毎日同じ薬を飲み、ガラス越しの部屋で右目の痛みや出血しゅっけつ頻度ひんどなのどをドクター達に報告している。


 この施設では、サンプルとして僕の血液や唾液だえきなどをカプセルに入れて提出している。


 そして1週間に1回、プール状の大きな水槽すいそうの中で検査をする。

 ドクター達は、その装置の事を“アクアリウム”って呼んでいたと思う。


 その装置の中に入ると3日間は睡眠状態になり、僕はドクター達がどんな検査をしているのか全く思い出せない。きっと、麻酔ますいで眠らされているのだろう。


 ここに来て3ヶ月、その時間は長いようであっという間だった。

 この研究施設での生活に不満はないが、正直な所、憂鬱ゆううつになりそうなくらい孤独こどくと静けさを感じている。


 しかし、そんな僕の生活にも、唯一寂しさを忘れられる時がある。


 それは土曜日の午後、5時から6時までの1時間!


 なんと言ってもこの日は、高校の友達が僕に会いに来てくれるのだ。


 恐らく、僕のストレスケアもねているのだろう。


 一週間に一度だけ、僕はガラス越しに面会が許されている。その面会にアイツらはいつも来てくれる。


 本当に嬉しい限りだ。いい友人にめぐまれたと思う。


 皆んな1年生の頃から仲のいい、大切な友人だ。


 クラスメイトで隣の席の吉村孝徳よしむらかたかのり、同じ陸上部の加賀義也かがよしや

 そして義也の彼女の鈴木すずきマヤに、僕の幼馴染みの櫻井椎菜さくらいしいな


 僕は、コイツらに会える時間がたらなく好きだ。そして今日も、皆んなが面会に来てくれた。


 さて、それでは僕の友達を、ほんの少しだけご紹介します。


 いつもテンションが高くてお調子者な孝徳タカノリは、友達思いで頼りになる奴だ。皆んなからは、そのままタカノリと呼ばれている。


 冷静でクールな性格の持ち主の義也ヨシヤは、僕にとっては陸上部のライバルだ!僕達の中ではヨッシーってあだ名がある。


 関西弁のマヤちゃんは少しギャルっぽい話方をするけど、本当は世話焼せわやきお母さんみたいな性格をしている。孝徳たかのりからは”マヤちー”とか“マーちゃん”とか呼ばれているが、僕含めた他の3人はそろってマヤちゃんと呼んでいる。


 椎菜しいなは凄く落ち着いていて恥ずかしがり屋なのだが、昔っから僕の事を心配してくれる優しい子だ。皆んなからは椎菜しいなちゃんと呼ばれている。椎菜しいなが1番シンプルな呼ばれ方をしていると思う。


 ちなみに僕は、マヤと孝徳たかのりから“ちさとっち”と呼ばれているのだが、決して自分から呼ばせている訳では無い。ここ試験に出るヨ(`・ω・´)


「おっはよう!ちさとっち元気にしてたか〜?」


「お前が抜けて、部活の連中は悲しんでるぞ」


「待って!ちさとっち少し痩せたんやない?ちゃんとご飯食べてるん?」


知束ちさとくん、差し入れとか持って来たよ!」


 そう言って4人は面会室へと入ってくる。やはりみんな、いつも通り元気そうだった。


 皆んなと最後に会ったのは1週間前の土曜日。しかし、僕は毎日の研究や実験の度重たびかさねで、1週間がとても長い気がしていた。


「やぁ皆んな、今日も来てくれてありがとう。ご飯は毎日お薬を飲む前に食べてるよ!義也ヨシヤは部活、大変そうだね」


 僕はガラス越しに、いつも通りの雰囲気で皆んなに挨拶をした。


 皆んなと話すこの時間は、学校での放課後を思い出す。


 僕達はいつも放課後に、2-Aの教室に集まって、くだらない話をしていた。

 まるでその頃の様に、僕は、完全に孤独こどくを忘れられた。


 その日も4人から沢山の面白い話を聞いた。


 例えば、孝徳たかのりがいつも軽音部で浮きまくってる話。義也ヨシヤが僕のわりに陸上部のスタメンになって、身体中が筋肉痛だって話。マヤちゃんのラーメン屋さんに、有名なシニア俳優が来てびっくりした話。などなど。


 相変あいかわらず、くだらない話にあくびが出そうだ。しかし、コイツらの笑ってる顔を見ると、あくびなんて吹き飛んでしまう。


 僕は話の内容より、この5人で居る空間が好きなんだと思う。

 自然と、くだらない話も面白く感じてしまう。やはり、いつものメンバーで話すのは楽しいな。


「なぁなぁ、ちさとっち聞いてや〜!タカノリのヤツ、また軽音部でワンマンライブショーとか言うて他の部員にドン引きされてたんやで〜?」


「マヤちゃ‥‥‥!それはちさとっちには言わないって約束したじゃん!」


「えー?だって本当の事やもーん!」


「マヤちーひっど!!!」


「そんな事より、ちさと。お前のスタメンメニューキツすぎないか? 俺は足がもうパンパンだ。3ヶ月もお前の代わりを務めたんだし、そろそろリタイアしても良いと思うんだが‥‥。」


「ダメやでぇ〜!ちさとっちの他にスタメン任せられんの、ヨッシーだけやもん!」


「そうだね。辛いのは分かるけど、お願い。冬の大会は僕の分も優勝を勝ち取ってくれると嬉しい」


「‥‥ったく、お前にそう言われちゃ、断れねぇだろうが‥‥‥。優勝トロフィー期待しとけよ?」


「うん、よろしくね。」


「あ、せやせや。アタシのお店の常連さんがね、実はあのシニア俳優の平田健二ひらたけんじさんやったんよ?!もぉ〜アタシびっくりしちゃって、テレビとか見たら超似ててんよ〜!!」


「いや当たり前だろ、本人なんだから」


 この会話を僕以外の人が聞いたら、ぶっちゃけどうでもいい会話に聞こえるかもしれない。

 しかし今の僕には、そんなどうでもいい会話をする時間が、1番幸せなのだ。


「ちさとは何か変わった事はあるか?」


 孝徳が僕にそう問いかける。


「僕は毎日検査けんさだよ〜。あ、そうだ。この前読んだ漫画は面白かったよ!!確かタイトルが‥恋と漫画のシンデレラ!!」


「へー、ちさとっち、漫画とか小説好きだもんな!どんな話なの?」


「主人公が冴えない男の子なんだけど、ある日突然一目惚れしてしまった女の子に、私をモデルに漫画を書いてください!って言われる所から始まる、ちょっぴり泣けるラブコメ漫画だよ!」


「面白そうじゃん!今度俺にも貸してくれよ〜!」


「ばーか、ちさとは施設から出れないの。お前も分かってんだろ?」


「あははは、そうだった。わりぃちさとっち!」


「全然気にして無いよ〜(笑)」


 そんな会話で盛り上がっていると、椎菜しいなが僕に、何か言いたそうな様子ようすでモジモジしていた。


 それに気づいたマヤが椎奈しいなの背中を押しながら、僕の前まで連れて来る。


「せやせや、もう一つ聞いて欲しい事‥‥‥と言うか見て欲しい物があるんやけど!なぁ椎菜、あれをチサトッチにも見せてあげへん?」


「あ、うん!私、知束ちさとくんに見てほしい物があるの!」


 そう言って椎菜しいながカバンから取り出してきたのは、大きな絵だった。その絵には椎菜しいなのサインが付いている。


「これ、もしかして椎菜しいなが描いたの?」


「うん!知束ちさとくんに見て欲しくて‥‥‥。」


 そこには、いつかの教室が描かれていた。

 今となっては珍しい木造建ての校舎の2階。いつも溜まり場にしていた2-Aの教室。


 その絵の中で、僕や孝徳タカノリ義也ヨシヤにマヤちゃん、そして椎菜シイナがそれぞれの好きな事をしている。


 茜色あかねいろの空をバックに、教室の手前の席でお菓子を広げた僕達が、そこに存在していた。


 黒板には義也とマヤの名前がハートで囲われている。そんな教室の細かな所まで忠実ちゅうじつに描かれていた。


 教室でギターを演奏する陽気ようき孝徳たかのり、絵の具まみれになりながらパレットを持つ椎菜しいな、同じ机に座っている義也よしやとマヤちゃん。


 そして、長い後ろ髪をむすんでいる僕の姿も、そこにはちゃんとあった。


「皆んな、ありがとう」


 その作品を見て、僕は彼らにそう言った。

 その絵には僕達の最高な高校生活が|彩いろど》られている。


 とても懐かしいような、少し寂しいような、スマホで撮って保存したいくらい素晴らしい絵だと思った。


「皆んな、ごめんね。僕がこんな病気になって。いっぱい心配をかけたよね。本当にいつも来てくれてありがとう」


 そう言うと、皆んな笑顔で僕をはげました。そして帰り際には、皆んなこぞってこう言うのだ。


「ほなまたっ!」


「また来るわ〜!」


「じゃあまたな」


「またね。」


 彼らが面会室を出る後ろ姿を、僕はいつもガラスしに見ている。


 彼らが行ってしまうと、僕はそのまま自分の部屋へ戻ろうとした。すると、1人のドクターが僕に話しかけてきた。


「良いお友達だね。君は友人にめぐまれている。きっとすぐに学校へ復帰できるだろう」


 ドクターは僕を励ましてくれた。

 これもストレスケアの一環いっかんなのだろうか?なんにせよ、僕は少し勇気を持てた。


 僕はそのドクターに軽く頭を下げて、そのまま自室に戻った。


 最近は右目の痛みにも耐えられるようになってきた。しかし、右目の下には大きなクマが出来ていて、皆んなには見せたくなかった。


 その影響で僕はずっと眼帯を付けていた。

 いつのまにか付けている事すら忘れて、ふとした瞬間に部屋で気がつく。


 そして自分の右目を鏡越しに見てみると、まるでハリウッド映画に出てくる悪役の目にそっくりだった。


「このまま、一生こんな目で生きていくのかな‥‥」


 僕はついつい独り言を呟いてしまった。


 右目が盲目もうもくになった事は、不便ふべんってだけで生きていけない程の事では無い。


 しかし、瞬きするたびに感じるこの激痛は、体より先に心に負荷ふかをかける。


 その痛みとは、まるで誰かに右目を引っ張り出されるような痛みだ。正直、もう死んでしまいたいとさえ思えてくる。


 最近は目の出血が収まっているので、改善はしているようなのだが、24時間も右目の激痛に悩まされる生活は本当に過酷かこくだった。


 もし僕の気がおかしくなってしまったら、自分の手で右目をえぐり出すだろう。


 それくらい心が折れそうになる痛みだった。






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