第40話「参上!救世主、守」
上空に突如現れた、三人の影。
それを見上げる一行の中、酒門は疑問に思ったように口を開く。
「誰じゃ?ウヌたちは。戦いの邪魔じゃ。今すぐに消え.....、....いや」
言いかけて、酒門は口を押さえる。
「違う、まさか......ウヌたちは.......!」
酒門の目は、焦りと畏怖の色に染まっていた。汗がたらりと垂れ、その唇はかたかたと震えている。
「やっと気づいたか、おっせぇなぁ!!」
と、上空にいた一人の男が叫んだ。
「俺様達は"守(まもり)"!!黄泉の世界と人間界の平和をその名の通り守る英雄よ!!俺様はその一人、一紅蓮丸だ!!よーく覚えとけ!!ガハハハッ!!」
一紅蓮丸と名乗ったその男は、洋紅色(ようこうしょく)の髪の毛に鋭く光る蒲公英色の瞳を持ち、引き締まった肉体に鬼のツノを持つ男だった。一紅蓮丸は鋭く尖った白い牙を見せつけ、豪快に笑う。
「わたしは同じく、守の汐。まさかここで、おまえたちと遭遇するとはな」
その横で中性的な声がした。そう名乗ったのは露草色(つゆくさいろ)の髪の毛に、長い前髪から白色と水色の丸い瞳を覗かせた男だ。細身の体で、凛とした姿勢で後ろに手を組んでいる。
「汐てめえ...今俺様がせっかくあいつらに強さを見せつけてやろうと思ったのに、何静かに自己紹介始めてんだ!!ちんちくりんのくせによぉ!!」
「うっ.......そ、そんな......っ...ひどいじゃないか...」
一紅蓮丸が無条件に怒鳴ると、汐は小さく縮こまって落ち込む。その目はうるうると涙ぐんでいた。
しかし二人はすぐに切り替えると、同時に後ろを振り向いた。
「オイオイ、ダイダラボッチの花一郎さまよぉ!こいつらあの怨妖ノ集だぜ!コソコソ人間滅ぼす計画立てて実行までしやがったクソ集団だぜ!!」
「どうします、花一郎さん?」
その後ろには、長身の人影が。
「...やれやれ。正直言って、あまり争いたくはないのだがね」
そう言って、花一郎と呼ばれたその人影はゆっくりと前に出た。一紅蓮丸と汐は道を開け、その影を通す。
「だが今回は相手が相手だ。少しお灸を据えてやらねばならないな」
その影はゆっくりと顔を上げ、黄浅緑色(きあさみどりいろ)の長い髪をはらりと手で避けて言った。静かに閉じられた糸目に、大きな傷の痕が痛々しくついていた。
「花一郎、ウヌめっ...!!」
酒門はぎり、と歯軋りをして焦りに満ちた表情で三人を見る。酒門は瞬時に手をぶんと強く振り、叫んだ。
「酔鼓(すいこ)!!」
すると花一郎達三人の周りに鼓の音が響き、それから花火のように眩い火花か何かが弾けた。それは爆発威力が凄まじく、近付けば火が燃え移り火傷してしまいそうだ。
が。
「護盾(まもりだて)」
花一郎が呟くと、その周りに覆われるように金色のバリアが張られた。酒門の攻撃は弾かれ、効果のないものとなった。
「な......!!ちっ、くそっ...!」
酒門は目を見開いて舌打ちをした。
「やれ!!ウヌたち!!」
酒門はやけくそになったようにばっと手を広げ、仲間達に命令を下した。斬文、煙々、白の三人は、その言葉を聞くや否や瞬時に飛び出した。
「僕が相手だよ、鬼さん」
白は素速い動きで一紅蓮丸の後ろに回り込み、細い腕で力強く一紅蓮丸の首を絞めた。一紅蓮丸はがくりと顔を下げて項垂れ、だらりと脱力している。
「我慢比べは得意?どこまで我慢できるか数えてあげるよ」
無慈悲にそう呟いて、白はさらに力を強めて絞めた。みしみし、と骨が軋む。絶体絶命だ。
が。
「ぁあ?なんだぁ?全然強くねぇな」
突如くるりと一紅蓮丸が顔を動かし、つまらないとでも言うような表情で白をじっと見つめる。
「これが"安眠まっさーじ"ってヤツか?真っ白野郎」
「....なん、でっ......!?」
白が驚き、再び強く首を絞めようとする。しかし、もう遅かった。
一紅蓮丸はガッと白の襟首を掴んだ。圧倒的な力で捕まれ、白は身動きが取れない。一紅蓮丸はだらりと脱力した白を、空中でぶんぶんと振り回した。
「うわあっ、あ...ちょっ、ちょっと待って.....!やめ.....!!」
「ガハハハッ!安心しろって」
恐怖に喘ぐ白を振り回し続けながら、一紅蓮丸は笑って言う。
「すぐに目ぇ覚まさせてやんよ」
一紅蓮丸はにやりと邪悪な笑みを浮かべ、真下目がけて勢いよく白を投げた。
「やあぁぁぁあ許してえぇぇぇ.....!!!」
白は前髪から青緑色の丸い瞳を覗かせ、涙をぽろぽろと流しながら地面に急降下した。そしてズドンと大きな音を立てて地面に落ち、もくもくと煙が舞ったのちに力なく倒れた白の姿が鮮明に見えた。
「おー飛んだ飛んだ。記録更新だな」
一紅蓮丸は、手を目元にかざして派手に落ちた白を見た。その声色や表情は明るく、満足げだった。
と。
「オイオイ、そっちはまだかよ汐!俺様はもう終わったぜ!!早くしろよカタツムリ!!」
一紅蓮丸は隣を見て笑いながら叫ぶ。そこには。
「言われなくてもわかっている...!」
戦闘中の汐が、荒く息をして汗を拭きながら言う。何やら苦戦しているようにも見える。
汐は鋭い目で、目の前の敵を見た。
「お嬢ちゃん、かァいいなァ随分と。良いねェ、髪の短い女も悪かねェな」
煙々が、ゆらゆらと揺れながら楽しそうに笑う。汐はそんな煙々を気味が悪いとでも言うような目で見ていた。
「俺と一発アソぼうぜ?とろとろになるまで気持ち良い事してやるからよォ」
煙々が自身の方へ人差し指をくいくいと動かして、近付いてくるように促す。しかし、汐は近付く事はなく、ただ真っ直ぐに立っている。
そして息を吸ってきっぱりと言い放った。
「わたしの生まれ持った性別は男だ。誘ってくれて悪いが、あなたとは遊ばない」
煙々は細い目を見開いた。が、すぐにいつもの細い目に戻ってぶつぶつと呟いた。
「男ォ、男ねェ.....そうかィ...」
「...?なんだ?なにかおかしなことでも言ったか?」
汐は煙々の様子を見て、怪訝そうに問いかけた。
が、煙々はふと顔を上げて、目を細めてにたりと笑った。
「じゃァもうこの際男でも良ィや、すぐに"女"にしてやるからさァ!♡」
その言葉に、汐の体にぞくりと恐怖感が這いつくばった。しつこく、まとわりつくように。
「煙吹(えんすい)」
ふと、煙々が呟いた。すると辺りには灰色の煙が立ち込めて、汐はきょろきょろと辺りを見渡した。
「煙で前が見えない...っ、どこにいる!」
汐は焦燥しながら、どこへともなく叫ぶ。しかし、煙々の気配も声も、何もかも感じ取る事が出来ない。
と。
「つーかまーえたァ♡」
不意にがばっと後ろから抱きつかれる感覚に、汐は驚いて身をよじる。しかし、きつく抱きしめられて体が動かない。
煙々はぐいと汐の頬を掴むと、目を細めて呟いた。
「大人しくしなァ、ちィと体ン中いじるだけだから」
煙々の唇が、だんだんと近付いてくる。汐は戦慄した。
途端。
「今だっ...空上水龍(くうじょうすいりゅう)!!」
汐が叫んだ。すると、空から滝のような水が出てきて汐と煙々を巻き込んだ。強い水圧の滝に打たれたが、すぐに汐はそこから抜け出した。水に濡れた汐は、じっとその滝を見つめる。
煙々が一人、滝の中でもがき苦しんでいる。
それを見て汐は、手を煙々の方へかざして呟いた。
「泡包(あわつつみ)」
すると滝は消え、力なく脱力した煙々は下に落ちた。途端、汐の出したしゃぼん玉のような泡が煙々を包んだ。その泡は静かに下へと落ちていき、地面についた瞬間儚く消えた。中にいた煙々は、気を失った状態で白の側に倒れた。
「.....ふう」
汐は安心したようにほっと一息ついて、目を閉じた。
それからゆっくりと目を開け、自分よりも少し上にいた花一郎を見つめた。
「覚悟しろ!守の頭!!」
斬文は、花一郎と戦っていた。
斬文は自身の爪を最大限まで伸ばし、その爪で花一郎を引っ掻いた。
花一郎の体から、血が飛び散る。
「お前のような奴がっ...酒門様にっ.....敵うと思うなぁっ!!!」
斬文は怒りを露わにしながら叫び、何度も何度も花一郎の体を斬り裂く。赤い血が、どくどくと流れていた。
が。
「そこまでにしないか、青年」
血だらけの花一郎は、びくともしない様子で斬文の肩に手を置いた。斬文は言葉を失った。鼓動が、早まっていた。
「争いで何かが生まれるかね?答えは何も生まれない。ただ、血と死体が生臭く残るだけだ。悪い事は言わない、もうよしたまえ」
斬文は息を荒くし、歯をぎしぎしと揺らしていた。一点を見つめ、汗を垂らしている。
苛立った。
自分が舐め腐られているように感じたた。
「う....うっ....うるさい......っ!!黙れ!!!」
斬文は叫んで、鎌のようになった自身の爪で花一郎の手首を斬った。
と、思ったが。
「......な、斬れないっ......!?」
花一郎の手首に確かに刺さった爪は、それ以上前には進まなかった。皮膚か、骨か、分からないが爪が貫通しない。斬り落とせない。
「なぜだ、どうして.....!!このっ......、......な...!?」
ぎりぎりと爪を動かして、斬文は悟った。
爪が、花一郎の手首から離れない。
焦りに焦った斬文は、ただ動揺しているだけだった。斬り落とせない、離れない。どうしたら良いか、迷うだけだった。
目の前の妖怪に、気付かずに。
「だからよしたまえと言ったのに」
花一郎が呟いた、瞬間。
「堕(おとし)」
その言葉で、斬文は訳も分からず真下へと吹っ飛んだ。見えない何かに、全身を強く押されているような感覚。斬文は何かを考える隙もなく、ただ無惨に地面へと墜落した。
白、煙々、斬文が、同じ場所に固まって倒れ込んだ。
「...........!!」
その側で見ていた酒門は、絶句した。
と。
「久しいな、酒門」
花一郎がそう言うと、両端に一紅蓮丸と汐を連れて三人は降りてきた。
「知らぬ間にこのような組織を作り上げたのか。よく二人で呑んでいた頃とは大違いだ、大きくなったな。この目の傷も懐かしいぞ」
花一郎は目元の傷を指でゆっくりとなぞると、その手を下ろして優しく言った。
「この戦を止めにきたのだよ、吾輩達は」
花一郎の言葉。
酒門は歯を食いしばり、キッと花一郎を睨んだ。
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