第35話「研究!千の恋愛すたでぃ」

人間は息をするように言う言葉がある。

眠たい、怠い、等。人それぞれだ。

そんな中、とある言葉を口にする者がいる。

それは。

「は〜〜〜〜〜モテたい」

学習机の椅子に座って顔を天高く上げ、溜息混じりに嘆くように呟く男。

恋に悩む高校1年生、河流 千だ。

千はばっと体を倒して机に突っ伏すと、何やらぶつぶつと呟き始める。

「そもそも彼女がほしい。モテたい、純粋に。一回でいいから彼女がほしい。いや、一回じゃちょっと少ねぇな...。モテまくりたい。ウハウハしたい。可愛い女の子と一緒にイチャイチャしたい.........」

千は暫く黙り込む。それから10秒、突如千は椅子から落ちて床に寝転び、滝のような涙を流しながらごろごろと転げ回った。

「けどそう言ったとこで彼女ができるわけじゃねぇんだよなぁ〜〜〜!!あーー虚しい!!辛いよぉ〜〜〜!!俺も恋した〜〜〜い〜〜〜!!!」

千はそう言うと身を縮こませ、しくしくと辛そうに泣き始めた。千の情緒はいつも不安定だ。

「ううっ.....なんで俺には女の子が寄ってこねぇんだっ、いっつも初ばっかり.......。俺だって人より顔整ってるしちょっとくらいイケメンだろっ........」

千は鼻を啜り、ぽろぽろと涙を溢しながら呟いた。そして体を起こしてあぐらをかいた状態で座り、上体をゆらゆらと揺らしながら考えた。

「俺には何が足りないんだ.....何か....何か......」

思考、思考、思考。千は暫く考え込んだ。

と。

「!!!」

千ははっとしたように目を見開き、勢いよく立ち上がった。それからガッツポーズをし、叫んだ。

「恋とは何かを知るべきだ!!」

その声は、千の部屋の中をこだました。大きすぎる声に、部屋の隅がキンと鳴った。

「恋とは、そもそも付き合ったら何をするのか.....これを知るべきだ......これだ!俺に足りなかった知識は!!」

千は興奮した様子で、その場にしゃがみ込みながら言った。それから思いついたように立ち上がり部屋のドアを開けた。そして何やら聞き耳を立て始めた。

そこに聞こえて来たのは。

「........らしいよ。そうだ、今日その映画を見に行かないかい。公開日から少し経ったから人もそう混んでない筈だし、今から行っても良い気がするよ」

「えっ、いいね。行きたい。じゃあ今から行こっか。準備するから、ちょっと待ってて...」

善ノ介と知与が、リビングで話しているのが聞こえた。話が一通り終わり静かになると、リビングには慌ただしい足音が響いた。

千は一人、目をキランと輝かせた。

研究の対象が見つかった。

後をついて行って恋の勉強をしよう。

千は、ふふんと得意げに笑った。


「あたし達ちょっと出かけてくるね。お留守番よろしくね、千くん」

「はいよ〜!気をつけて行くんだぜ!」

知与が、玄関のドアで手を振ってから善ノ介と共に出て行くと、千は笑顔でそれを見送った。

なんちゃって。

千はすぐさま玄関のドアを開け、二人を視線で追った。二人とも仲睦まじい様子で歩いている。

千はこっそりとドアから出て行き、後をついて行った。

千の恋愛研究がいよいよ始まった。

しかし、この研究には一つルールがある。

それは言わずもがな、「善ノ介と知与に気付かれないように後を追う事」。

研究はひっそりとやる事。努力と同じだ、決してその姿を人には見せない。決して。

千は物陰や電柱にひそひそと隠れながら、二人を追った。そして、その一挙一動を見逃さなかった。

千はふと、はっとして目を見開いた。

善ノ介が、知与の手を繋いだのだ。それも何気なく、自然に。

それだけではなかった。その指をしっかりと絡めては、ぎゅっと握ったのだった。知与の小さな手と善ノ介の大きな手はとても差があり、善ノ介の手が知与の手を優しく包んでいた。

千はその様子を見て頬を赤らめていたが、何気なく視線を上にやってさらに顔を赤くした。

善ノ介が、普段千の前でしないような優しい笑顔で知与を見つめていたのだ。その横で知与も、嬉しそうに笑っていた。

「(なるほどな......恋すると手を繋ぐのか...そして優しい笑顔になる......。勉強になるぜ.....)」

千は顔を赤くしながら心の中でそう呟き、足を止めずに二人の後を追った。

二人は電車に乗り、千は離れた席から様子を見ていた。

それから電車を降り、少し歩いて着いたのは映画館だった。

善ノ介と知与は、リビングで話していた映画を観に来たのだった。チケット販売所でチケットを購入し、劇場に入る。千も慌てて慣れない様子でチケットを購入し、劇場に入っていった。

その映画は、恋愛物の映画だった。

主人公が余命宣告を受けるが、彼と結婚したいが為に懸命に生き延びようとする物語だった。

その感動する物語に千はえぐえぐと泣いていた。ふと我に返って少し離れた所にいる二人を見ると、善ノ介は静かに涙を拭い、知与は涙をぽろぽろと溢していた。

千は思った。

人は美しい恋愛に弱い生き物なんだ、と。

いや、善ノ介と知与の恋愛も十分美しい。千は考えながら心の中で呟いた。


辺りは暗くなり、もう時刻は夜を回っていた。

善ノ介と知与は、二人映画館を出て行った。その後ろを、ふらふらとした足取りで千がついて行った。

「な、なんとも泣ける素晴らしい映画だった.....でもまた一つ恋のことを知れた気がするぜ、良かった良かった.....」

千は頭を押さえながら小さく呟くと、ふっと前にいる二人に視線をやった。

が。

千の前には二人はいなかった。千は慌てふためいて、きょろきょろとあちこちを見渡した。

「えっ!?うそ、どこだ...!?どこ行ったんだ!?どこに......!!.......あ」

言いかけて、千ははっとした。

近くのベンチに、善ノ介と知与が座る様子が見えた。千は一安心してその方へ近付くと、ベンチの後ろにあった低木に隠れてその様子を伺う。

「映画、面白かったね。行こうって提案してくれてありがとう」

「こちらこそ、一緒に行ってくれてありがとう。一人で観るよりも、ずっと楽しく観られたよ」

「ふふ、そんな」

善ノ介の言葉に、知与はくすぐったそうに笑った。それから二人とも何も話さず、穏やかでゆるやかな空気が流れた。

「...そういえばね、善ノ介くん」

ふと、知与の声色が真剣になった。低木の影から見ていた千の胸は、緊張してドキンと鳴った。

「あたし達、小さかった千くんを一緒に育てたでしょ?」

「そうだね、懐かしいな」

「あの時、何だか嬉しかったんだ」

知与が恥じらいを含んだ微笑みのまま呟いた。

「まるであたし達のほんとの子どもみたいって、思っちゃって」

その言葉に、善ノ介ははっとした。それからいつもの様子に戻って、話を聞いていた。

「二人で子育てできて、千くんが大きくなるまで見守れて、すごく嬉しかった。千くんも、ほんとの家族みたいに思えてさ。毎日三人でいられて楽しいんだ」

その言葉に、影で見ていた千の胸がじんわりと温かくなった。自分を家族のように思ってくれている事が嬉しかった。

「それでね、.....あたし、千くんを育てられたのは、善ノ介くんが一緒にいてくれたからだと思ってる。善ノ介くんが一緒にいてくれるから、あたしも何でも頑張れちゃう」

知与は下を向いて、膝の上に置いていた手をきゅっと握って言う。

「善ノ介くんとは、あたしがこの先も、子どもが産まれても、歳をとっておじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと一緒にいたいなって思う。だから...」

知与はすう、と息を吸うと、小さく吐き出すように呟いた。

「いつか結婚できたらいいなぁ、なんて」

知与はそう言うと、恥ずかしそうに目を細めて笑った。善ノ介は、真顔でそれを見つめていた。

と。

善ノ介が不意に知与の方へ顔を近付け、その柔らかな頬に触れて唇を重ねた。

低木の後ろから見ていた千は、顔を真っ赤にして思わず目を覆った。が、指の隙間からちらりとその光景を覗いていた。

何秒か経った頃。

善ノ介はゆっくりとその唇を離し、至近距離で知与を見つめた。知与の頬は赤らんでいた。善ノ介は細めた目のまま、低い声で囁いた。

「だったら今しようか、結婚」

結婚。

その言葉に、知与は固まって動けなくなった。

「.......え?」

知与は氷のように固まっていたが、やがて顔全体を真っ赤にして口元を覆った。

「ちょ、っと待って...ほんと...?ほんとに、本気...?」

「ワタシは本気だよ」

善ノ介の言葉に、知与は信じられないとでも言うように顔を横にぶんぶんと振った。

善ノ介はすう、と息を吸うと、知与の震えている小さな手を握って口を開いた。

「知与さん、キミからそんな事を言ってもらえるなんて嬉しい。ありがとう。でもキミから言わせてしまった事を後悔している。すまなかった。まだ指輪も何も無いけど.....」

善ノ介は再度息を吸うと、芯のある真剣な声で言った。

「...ワタシと、生涯一緒に生きてくれるかい」

知与の目は潤んだ。やがて大粒の涙が溢れ、ぽたぽたと頰や顎を伝って落ちた。それから知与は何度も強く頷き、手を伸ばして善ノ介の首元に顔を埋めるようにして抱きついた。

「ありがとっ、ありがとう...っ.....。嬉しいよ、嬉しいっ善ノ介くん...あたし......っ.....」

「...ワタシこそ嬉しいさ。ありがとう」

嬉し涙を流す知与を、善ノ介は優しい眼差しで見つめて抱き締めた。

すると。

「ゔわああぁ〜〜〜〜おめでとう二人ともおぉ〜〜〜〜〜.....!!!」

突如後ろから大きな声が聞こえて、二人はベンチから立ち上がった。善ノ介は知与を守るように抱いている。

が、出てきた人影の正体に、知与は驚く。

「ぜ......千くん...!?」

そこに現れたのは、梅干しのような顔をして号泣している千だった。

「君...どうしてここにいるんだい?まさか今までずっとついて来て...」

善ノ介が驚きながら問いかける。千は涙を流しながらぽつぽつと話し始める。

「うっ.....俺、恋の勉強したくて二人の後ついてったんだ...悪いと思ってるぜ、でもまさかこんなことが起きるなんて...ううっ.......」

「千くん.....」

涙が止まらない千に、涙を拭いた知与がおろおろとし出す。が、千は力強く涙を拭うと、二人に向かってサムズアップをした。

「とにかく、二人とも結婚おめでとう!!幸せになれよ!応援してるから!!」

その言葉に、二人の心が温かくなった。それから善ノ介と知与は、嬉しそうに礼を言う。

「やっぱり、最初に祝ってくれるのはキミになるわけか。...ありがとう、千君」

「うん、ありがとう...!幸せになれるように頑張るよ!」

そんな二人を見て、千も嬉しそうに笑った。

夜の空に、数多の星が瞬いていた。

二人を、祝福するように。


「な.....なんやて〜〜!?善ノ介と知与ちゃんが結婚!!?」

電話越しの大きな声が、天飛家にこだまする。

「ヌ、本当か!めでたいな」

「わ〜い!知与、おめでとうだお〜!」

「え、いつ!?いつ式あげるん!?今日かいな!?知与ちゃんのウエディングドレス姿、はよ見たいわあ〜〜〜!!」

篝丸と海舟の声を遮る程に大きい界の声に、善ノ介は落ち着き払った様子だ。が、すう、と息を吸うとその電話口で言い放った。

「今日だって?そんな訳無いだろう、どこの世界にプロポーズして一日で挙式する人なんているんだい。未定だ。もう一度、式は未定だよ。ワタシ達はまだ婚姻届も出していないし、これから式について色々と考えるんだ。それともう一つ...」

ありったけの言葉を捲し立てると善ノ介は再び息を吸い、電話越しの界に圧のある低い声で言った。

「ウエディングドレス姿の知与さんはこのワタシが先に見るんだ。誰よりも先に、この目でじっくりね。良いかい?ドレスはキミに見せる為に着るんじゃあない、知与さん自身とワタシの為に着るんだ。そこの所理解してくれたまえ、九尾君」

「ひ、ひいぃ...わかりましたぁ善ノ介ちゃま......」

界の怯えた声がすると、ぷつりと通話は切られた。善ノ介は呆れた様子で首を押さえると、速やかに携帯を操作した。

「はぁ、全くいつになっても疲れる相手だ。九尾君は。さて、次は三傘君と白縫君か」

「ふふ」

そんな善ノ介を、傍らの知与は何やら嬉しそうな笑顔で見ていた。

「...?何だい?知与さん」

善ノ介が訝しんだ様子で問いかけると、知与は笑みを溢しながら答えた。

「そんなこと言ってるけど、九尾くんと話してる時の善ノ介くんっていきいきしてて楽しそうだよね」

その答えに、善ノ介は目を丸くした。それから少しの間黙り込むと、手で口元を押さえて小さく呟いた。

「........まあ、一応ワタシの親しい友達だからね」

少し照れ臭そうな様子にも見える善ノ介を、知与は微笑ましく思うように笑った。

その少し離れた所でソファに座っていた千は、そんな善ノ介と知与をにんまりと見つめていた。

「(昨日ので恋について何となくわかった気がする!善ノ介さんと知与のおかげだな!ありがとよ二人とも!)」

そう、心の中で呟いた。

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