第19話「降臨!謎の子ども!?」
ふわりと軽やかに吹く海風と潮の香りが心地良い、来導町。
穏やかで平和な空気が、ただゆったりと流れている。
今日も人間達が愉快に楽しく生活している。
いや、人間以外も。
「は〜、長い長い夏休みや〜!大学に行かんでもええ日ってなんでこんな幸せなんやろなぁ!」
部屋の中。界はフローリングに横になり、手足をばたばたとさせて開放的な笑顔を見せる。
界達の通う大学は、現在長期休暇期間だ。
「フン、どうせまたぐうたらとしているだけだろう。時間の無駄遣いだ」
その横で、篝丸がツンとした冷たい様子で界に言葉を投げかける。
「別にそれでもいいと思うお!海舟たちもゆっくりしようお〜!」
「う、ッ...!?」
不意に、海舟が篝丸の後ろからぎゅっと抱きつく。背中に当たる柔らかな感覚と近い距離に、篝丸は驚いた様子で顔を真っ赤にする。
篝丸と海舟は高校時代から交際を始めたが、篝丸は未だにドギマギしており、何かあっては赤面するばかりである。
「あ、なんか急に動きたくなってきたわぁ。せや、ちょっと散歩でも行こうや!家の近くぐるぐるするだけでもええ運動になるやろ!」
と、界が起き上がって笑う。やりたいと思った事はやらずにはいられない性格は、いつになっても変わらない。
海舟と篝丸はそれに賛成し、家を出た。
「やっぱりこの季節は暑いお〜!でもそれがいいところだお!」
「あ...暑いなら腕を離したらどうだ.....」
海舟が、篝丸の腕を組んでぴとっと密着しながら歩く。篝丸はあまりの恥ずかしさにまたも顔を真っ赤にして、視線を逸らしながら歩いている。
「アツアツやなぁお二人さん!夏だけに!なーんちゃってな!あはははっ!」
その後ろで、界がご機嫌な様子で笑う。界はカップルのあれこれを見るのが大好きなのである。
「それにしてもええ天気やなぁ〜!太陽も眩しいし、おてんとさんも笑ってるで〜!」
界が頭の後ろで手を組んで、ニコニコと笑いながら空を見上げる。
と。
突如、上から何かが急降下して落ちてきた。
「おわっ!?なんや!?」
界は驚きを露わにしながら、その落ちてきた何かを抱える。それは小さくて柔らかく、ほんのりと温かかった。
「ヌゥ、何だこれは...?」
「なんか、まるで...」
篝丸と海舟が、界の腕の中の何かを覗き込む。
海舟は目を大きくさせながら呟いた。
「子どもみたいだお」
次の瞬間。
その何かはもぞもぞと動き、ゆっくりと寝返りを打った。すると、まだ幼い子供の穏やかな寝顔が露わになった。蜜柑色の癖毛に、頬にはそばかすがついている。腕に抱かれ、安心しきった様子ですやすやと寝息を立てている。
界達は、ただ静かにそれを見つめていた。
「かわいいお〜...とってもちっちゃいお...」
「いや、まずはどこから来たかが問題だろう...」
ひそひそと、海舟と篝丸が話し出す。
すると、その子供は微睡みから目を覚まし、うっすらとその瞼を開けた。
「あ、起きたお!」
「ヌゥ!?我の声で起こしてしまったか...!?」
まんまるな金色の瞳が、視界にいる三人を捉える。それから目の前の界をじっと見つめて、にっこり笑った。
「ぱぱ!」
界は固まった。それから10秒後、その言葉の意味を理解した。
「パパ!!?」
界は目が飛び出そうなくらい驚いた。自分がこの子のパパ?いやいや、そんなわけがない。こんな小さな子と知り合った記憶も一切ない。
「ぱぱ...だと?貴様ッ、まさかこの短期間で隠し子を...!?」
篝丸がはっとした様子で界を見る。
「なわけあるかいな!!アホみたいなこと言わんといてや!!わいほんまに知らんてこんな子!!」
「(主様がツッコむなんて珍しいお)」
篝丸に焦りながら大声でツッコむ界を見て、海舟が一人ニコニコと笑う。
「ぱーぱ、ぱぱっ!あそぼ!」
その子供は無邪気な声で界に手を伸ばす。その柔らかな笑顔を見ても、界の焦る気持ちは溶けなかった。
「と......とっ、とととにかく一旦街の警察まで連れてこうや...な?知らん人の子かもしれんし!な!?せやろ!?」
こんなに焦る界は珍しい。海舟と篝丸は、界の言う通り警察署まで行く事に決めた。
「んー。悪いけど、子供とはぐれたって親御さんはいないねぇ」
警察署に行き相談したが、何も解決しなかった。
「何やねんあのおっさん!!何もしてくれへんかったやん!役立たず!」
界が子供を抱えながら地団駄を踏む。
警察署に行っても解決しないなら、一体どうしろと言うのか。
一同は悩んだ。
「はぁ、しゃーなしやけど、諦めるしかないなぁ...」
界が悲しそうな顔で溜息をついた。
その時。
「あれ、九尾くん達。どうしたの?」
後ろから聞き慣れた声がした。
「ち...知与ちゃーん!」
振り返ると、知与が歩いてきた。片手には買い物袋を下げている。
「知与ちゃん知与ちゃん!助けてくれへんか?わいらんとこに子どもが降ってきてん!もうどないしよ〜!?」
「貴様、それを知与に聞くでない」
ほぼ半泣きの状態で、界は知与に助けを求めた。篝丸は呆れた様子で界にツッコミを入れた。
「あ...あたし達の所にもいるよ。子ども」
「え?」
三人は固まった。
「お帰り知与さん。...おや、九尾君達も一緒かい。珍しい」
界達が知与と善ノ介の家に上がると、善ノ介が椅子に座って子供を抱えていた。
その子供は、青く尖った髪に長い睫毛の生えた子だった。
善ノ介の大きな体と逞しい腕で、抱かれた小さな子供はさらに小さく見えた。
「やっと眠ったよ、さっきまでずっと泣いていたんだがね。買い物なんて頼んですまないね、知与さんの手を煩わせてしまって」
「あは、ありがとう。助かるなぁ。こっちこそ子守り大変なのに任せちゃってごめんね。この子起きたらミルクあげよっか」
善ノ介と知与は、互いを気遣う言葉を掛け合い眠る子供を見つめた。
何だか手慣れた様子の二人を見て、界は何とも言えないしみじみとした表情を浮かべた。
「なんか...夫婦みたいやなぁ...普段からこんなラブラブなんやな...」
「あ、よかったら九尾くん達の子にもミルクあげるよ。ついいっぱい買っちゃったんだ」
と、知与が思い出したように口を開く。
そんな知与の言葉と笑顔に、界達は頼もしい気持ちになった。
「ヌゥ...こ、こうか...?」
知与にミルクを作ってもらい、篝丸が子供を抱いてミルクを与えた。が、その手はぷるぷると震えていて不器用な様子だった。
「んん...ム.....?なかなか吸わぬぞ...」
「篝丸、ちょっと貸してほしいお」
試行錯誤する篝丸から子供とミルクを貸してもらい、海舟がミルクを与える。
すると子供の吸い付きが良くなり、上手くミルクを飲めていた。篝丸はそんな海舟に感動と尊敬の意を感じていた。
「ほら、こうするんだお」
海舟はミルクをやりながら、にっこりと篝丸を見つめる。その笑顔に、篝丸の胸はドキンと音を立てた。
「う、うむ、すまぬ.....」
「この空間ほっこりするわぁ...幸せそうでええなぁ...」
界は一人微笑ましげに海舟と篝丸、善ノ介と知与を見つめた。
「そういや、知与ちゃん達ってどないなって子どもが来たんや?」
界はふと疑問に思い、知与達に聞いた。
「んー...たまたま外にいた時、急に子どもが降ってきたんだ。あたし達もびっくりしてさ」
「じゃあわいらと同じ、ってことやな...」
ますます深まる謎に、界は顎を触りながら呟く。
すると。
「もしかすると、この現象に立ち会っているのはワタシ達だけじゃないかもしれないね」
善ノ介が淡々とした口調で口を開く。
「?どういうことや善ノ介?」
善ノ介は眼鏡のブリッジに中指を当てて、すうと息を吸ってから言った。
「この現象、何か共通点があると思ったんだ。それは一体何か、何が共通してこの事態が起きているのか。今の時間で考えてみたよ。そしたら出たんだ。ワタシ達のような"特別な人の周り"しか起きていないってね」
善ノ介は眼鏡のブリッジをくい、と上げて言った。
「つまりは、"妖怪のいる所"に子どもが落ちてきたという事だ」
その言葉に、一同は驚愕した。
「確かに、善ノ介くんも九尾くん達もみんな妖怪...。つまり子どもは妖怪のいるところに引き寄せられた、ってことになるのかな」
「流石は知与さん、飲み込みが早いね」
知与の言葉に、善ノ介が頷く。
その横で立っていた界は、深く考えて言った。
「ほんまにわいら妖怪がいる場所に子どもが落ちてきたとしたら...」
界に焦り顔になり、苦々しく呟いた。
「残りはあそこしかあらへんな...」
界の予想はただ一つ。
「.......ん」
家の前。
大きな手で脇を掴まれる、一人の子供。
「んう...」
その子供は弱々しく呻いた。薔薇色の髪、赤色の瞳、ぼんやりとした顔。
「小さい.....ふふ、いいね」
来導高校国語教師である私方の所にも、子供が落ちてきたのだった。
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