第13話「行こう!永人のお見舞い」
爽やかな海風が吹く道。
学校から生徒達の話し声や笑い声が聞こえてくる。
界達は、今日も楽しく学校生活を送る。
はずだった。
「永人が風邪ひいた〜〜!?」
朝の教室に、界の素っ頓狂な声が響いた。
「うん、朝連絡きてさ。熱出たから休むって」
勇斗が携帯を見ながら言う。
「ム、大丈夫だろうか.......」
篝丸が腕を組みながら心配そうに言う。隣の海舟も、心なしが悲しそうな表情に見える。
不安な空気が漂う中。
「ほならお見舞い行こうや!」
界が笑顔で言った。
「前に知与ちゃんが善ノ介にやったみたいに、授業のノートとかとって渡しに行こうや!な!ええやろ?」
界の明るい提案に、一度は頷く。
そんな訳で、界達は永人のお見舞いに行く事に決めた。
一、二限目の数学。
「ではこの問題を各自ノートに解きなさい。それが終わった者から教科書の演習問題、及び隣の発展問題を......」
鴉間が淡々とした声で指示を出す。
生徒達が黙々とノートに問題を解き始める。シャープペンシルのサラサラという音が教室に響く。
そんな中。
「(うわ〜〜〜なんやこの問題!!もう日本語やないやろこれ......)」
界はその問題に大苦戦していた。
黒板を見つめても、教科書を見つめても、何も分からない。どこをどうしたら良いのか全く理解出来ない。
「(あ〜も〜どうしたらええんかさっぱりわからへん...。しゃーなしやなぁ...全くわからんし、ここは空欄にするしかないなぁ...)」
界は悩み顔のまま、ゆっくりとシャープペンシルを置いて頭の後ろで手を組んだ。
と。
「九尾君、その問題が分からないのかい?」
隣に座っていた善ノ介が、界の様子を見兼ねて小声で話しかけてきた。
「善ノ介!ほんまにわからへんのや〜写させてくれへん〜!?」
両手を合わせて懇願する界に善ノ介はふうと息を吐いた。
と思いきや椅子ごとずいっと界に近付き、善ノ介の腕と界の肩がくっつく程に距離を詰める。善ノ介は界の身長に合わせて体を屈め、鴉間に聞こえないように耳元で小さく話す。
「写させるのは駄目だ。九尾君の為にならないだろう?このワタシが、知力に長けた最高の存在であるワタシが特別に手取り足取り教えてあげるから。さあペンを持って。良いかい、まずここの問題はこの数式を代入して......」
「ちょ、ちっか.....」
太い腕と大きな胸筋にみちみちに圧迫され、界は授業の終わりまで善ノ介に数学を教わる事となった。
三、四限目は国語。
数学のノートは界がとったので、国語のノートは篝丸がとって永人に渡そうと思っていた。
が。
「比喩の一種で、比喩であることを明示する形式じゃないものを暗喩って言うよ。別の言い方をしたらメタファー、だね」
「ヌゥ........?」
私方が黒板に字を書いて軽く説明をする。
篝丸が、眉を顰めた険しい表情で黒板を見ている。
「(暗喩の横の文字...どうやって書くのだ?いや、そもそも何と読むのだ?め、めたふあー.....?)」
黒板からノートに目を切り替え、険しい顔のままノートに字を書く。
「(めたふあー...いや、小さい"あ"か?めたふぁー.....ヌウゥ、かたかなはどうしてこう難しいのだ!!)」
何度も消しゴムで消しては書き、また消すを繰り返す。
篝丸は鼻息をふんすと吹き、"メタファー"の字を書くだけに殆どの時間を費やした。
しかしなかなか上手く書けず、遂には諦めた。
鉛筆の跡と消し跡でぐちゃぐちゃになったノートに、「めたふぁーが書けなかった、すまぬ」と小さな字で書いた。
五、六限目は体育だったのでノートをとる必要はなかった。
この日はバスケットボールをした。
「はいはいはい!こっちや篝丸!パス!!」
「ぬ.....ヌゥ!!」
界が身軽に走り回る。そんな界の指示で、篝丸が力任せにボールを界へ向かって投げる。「パス」というカタカナが何の事かも分かっていないまま。
「うわいったぁ!!力強すぎんねん!」
強くぶつかってきたボールに界が文句を言いながらドリブルする。小柄な体格と足の速さを活かして、次々に相手を避けていく。
「はいシュートぉ〜!」
と、界がボールを真上へ上げると、ゴールへ軽やかに入っていった。壁際からは勇斗の声援が上がる。
「いいよー。次もがんばれー」
その声に気付き、界がニコッと笑ってピースサインをしてみせる。
その横で善ノ介が、勇斗に向かって話しかけている。
「キミはいつも落ち着いているね、三傘君。良いと思うよ、その冷静さ。でもワタシの冷静さと気高さをもっと参考にしてみても良いんだよ」
「あ、ああ...うん。ありがとう...」
相変わらず一息で言う善ノ介に、勇斗が少し戸惑いながらも礼を言う。善ノ介と勇斗が話しているのは、とても珍しい光景だ。
数学で頭を混乱させた界も、頭の中がメタファーで侵食された篝丸も、この授業ではその疲れを発散するように沢山動いた。
キラキラと輝く汗が、界達の額に光った。
授業が終わって生徒達が教室に戻り、ホームルームが終わる。
生徒達が鞄を片手にわらわらと出て行く。
「ほなまた明日〜!善ノ介!知与ちゃん!」
教室を出て行く善ノ介と知与に、界が大きく手を振る。善ノ介は数回手を振り返してすぐに下ろし、知与は去り際まで笑顔で手を振った。
「じゃあ、おれたちも行くか」
一行は永人の家にやって来た。
四角い形の白い家。ドアの横には、植物が生えた鉢が置いてある。
綺麗な家だ、と界は思った。
「永人大丈夫やったらええな〜!」
「貴様ッ!二回も鳴らすでない!」
界が笑いながらインターホンを二度押す。
篝丸が界の体を押さえつけ叱りつける。界は苦しさにばたばたと暴れる。
と。
「はーい」
家の中から聞き慣れない声がする。
永人じゃないのか?
界は不思議に思った。
次の瞬間、カチッと鍵の開く音がした。
ドアが開くと、中からは右目の隠れた白髪に蒲公英色の目をした優しそうな男性が出てきた。
「こんにちは。永人のお友達かな?」
キラキラとした笑顔で優しく笑うその男性に、界は驚きを露わにする。
「え.....え......永人に兄弟おったんか〜!?」
界の声が住宅街にこだました。
永里は立ち話も何だから、と言って家に上がらせてくれた。
「お、おじゃまします...」
勇斗がおずおずと言う。綺麗な内装の家。清潔感があり、まるでモデルハウスのようだ。
「改めて、初めまして。永人の兄の永里です。よろしくね」
爽やかに笑う永里を見て、界がぽかんと口を開けたまま言う。
「永人に似てイケメンやな...笑顔が眩しいわ...」
「今飲み物持ってくるから、そこらへんに座って良いよ」
爽やかに言う永里の言葉に、緊張しながら座る四人。
「おうちきれいすぎてそわそわするお...」
「ヌゥ...このような所に永人は住んでおるのか」
体を前後に揺さぶって緊張を解す海舟の横で、篝丸が部屋中を見渡す。と、そこへ永里がトレーに冷たい緑茶を持ってくる。
「お待たせ、お茶だよ。良かったら飲んでね」
そう言って、永里は勇斗達にお茶を手渡す。
「永人から君たちのことは聞いてるよ。いつも仲良くしてくれてるみたいだね、ありがとう」
嬉しそうに笑う永里に、界が手をひらひらさせながら言う。
「いやいや!わいらこそほんま感謝してますわ〜!永人くんっておうちやとどんな感じですの?」
「おい界ッ、不躾な質問はよさぬか...!!」
界の質問に、篝丸が焦り顔で掴みかかる。
が、永里は気にする様子もなく笑った。
「永人はうちでもツンツンした子でね、あんまり笑ってくれないんだ。俺と二人で暮らしてるんだけど、本当に甘えてくれなくて。昔なんて怪我して帰ってくることがしょっちゅうあったんだよ。手当てしても「治せなんて頼んでねえ」って強がってさ、可愛かったなぁ」
そう言って、突然思い出したようにパンッと両手を叩いた。
「あっ、永人の昔の写真見る?アルバムがあるんだ。小さい頃の永人、可愛いんだよ〜」
「永人の小さい頃......」
四人は声を揃え、興味深そうな表情で顔を見合わせた。
「おぉ〜〜〜〜!」
床に広げられたアルバムを見て、四人は思わず声を上げる。
今となっては考えられない、小さくて可愛い永人がずらりと写っていた。
「これ!かわいいお〜!」
海舟が一つの写真を指差す。
幼い永人が、泣きながら幼い永里の手をきゅっと握っている。永人のまん丸な目と、膨れ上がった餅のような頬は何とも愛くるしいものだった。
「お!これもええやん!」
今度は界が別の写真を指差す。
永里が幼い永人をおぶっている。永人は安心しきった表情ですやすやと眠っている。
「今はそんなにだけど、昔はしょっちゅう甘えてきたんだよ。ほんとに可愛いんだ〜」
蕩けそうな笑顔で惚けながら言う永里。
柔らかく温かな空気が流れる。一同は穏やかな表情で、永人のアルバムを眺めていた。
と。
「ゲホッ、何やってんだアニキ、うるせえな.....」
ガチャリとドアが開いて、永人が出てきた。マスクをして前髪をピンで留め、額に冷却シートを貼っている。
「おっ!永人!いいものあるで!」
そう言うと界は篝丸に合図し、鞄の中からノートを取り出して永人に渡した。
「今日の授業のノートだ。早く良くなると良いな」
永人が真顔で黙り込む。が、やがてぱあっと顔を綻ばせて笑う。
「てめえら...!ありがとな!」
その嬉しそうな顔を見て、界達も笑顔になった。
「で、さっきからそんなとこで何見て......あ?」
と、永人が永里達に近付く。
足元に散らばるアルバムを発見した途端、ドスの効いた低い声を発した。
「おい......これ...」
永人は永里の方を向き、震えながら問いかける。当の本人である永里は、困ったような笑顔で取り成そうとした。
「そ、そのぉ...永人はいくつになっても可愛いな!兄ちゃん嬉しいよ!」
が、今更もう遅かった。
永人は顔を真っ赤にさせ、近所に響き渡る程大きな声で怒鳴り散らかした。
「この......クソアニキがあぁっ!!!」
その日、永人の熱は更に上がったらしい。
翌日。
「...よう、おはよう」
「おぉ!永人〜!おはようさん!」
「永人!おはようだお〜!」
教室に永人が入ってきた。どうやら無事に完治した様子だ。界と海舟が嬉しそうに笑顔で手を振っている。
「ム...風邪はもう大丈夫なのか?」
「おう。薬飲んで寝たら治ったぜ。てめえらのノートも助かった」
心配そうに言う篝丸に、永人は微笑みながら言った。親友の篝丸に心配してもらえたのが少し嬉しそうな笑みだった。
「つーか何だよ。めたふぁーが書けなかった、すまぬって」
「あはははっほんまや!篝丸カタカナ苦手やもんなぁ!あ〜おもろいわ〜!」
「ヌゥ!ほ、本当に書けなかったのだ...!かたかなというものは我にはどうも難しくて...!」
篝丸のノートを開いて笑う永人とそれを覗き見る界に、篝丸が恥ずかしそうにわたわたと焦り出す。永人と界は面白がって笑っている。
「それで、その.....永人のお兄さんは...」
と、勇斗が一人気まずそうに永人に問う。永人がその言葉に気付いて、何事もないような真顔で言った。
「あ?ぶちのめした」
物騒な物言いに、勇斗が焦り顔で立ち上がって永人の肩を揺さぶって言う。
「ぶち...!?駄目だろ永人!お兄さん大切にしないと!」
「いーんだよあんなクソアニキ!殺さなかっただけありがたく思えってんだ!!」
勇斗に揺さぶられ、永人が大声で喚く。
とにかく、風邪が治ってよかった。
界達はそう思った。
ホームルームが始まるチャイムが響いた。
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