第5話「楽しめ!人間との遊び」

「ふふ〜んふ〜ん♪」

界が床に寝そべって足をぱたぱたさせ、鼻歌を歌う。隣のソファでは海舟と勇斗が座っており、勇斗は携帯を触っている。

今日は学校は休みだ。なので何もしなくても良い。ずっと寝ていても誰にも文句は言われまい。

夢心地な気分の界に、後ろから大きな人影が現れる。

「いつまで...ぐうたらとしておるのだ貴様ァ!!」

「うひゃ〜っ!!?」

腕を組みながら大きな声で怒鳴る篝丸。その声に、界が驚きのあまり変な声を上げる。

「休みだからとそうやって寝たままで、だらしがないわ!!数学の宿題とやらの勉強はしたのか!」

「そんなん寝る前でええやん〜!篝丸のケチ!」

「も〜落ち着くお!主様!篝丸!」

界の襟首を摘み上げ宙ぶらりんにしながら怒鳴る界に、界がじたばたしながら文句を言う。その横で海舟が二人を止めようと焦り出す。

「.......ねえ、みんな」

と、勇斗が声を上げる。その声に、界達は勇斗の方を見る。

「永人から今日遊ばないか、って。今連絡きたところ」

その言葉に、界達は黙り込んで互いに顔を見合わせる。その後キラキラと目を輝かせて言った。

「ええやん!遊ぼうや!」

「遊ぶお〜!」

「ムウ、悪くはないな」

勇斗は微笑ましそうに三人を見て頷いた。

「じゃあ決まりだな。着替えて行こうか」

初めて人間の友達と遊ぶ日。

遊ぶとはどういった事をするのだろう。遊ぶとどういった気持ちになるのだろう。

「あ〜楽しみやわ!ドキドキしてきた!」

界はわくわくしながら言った。


最寄りの駅の近く。界達は永人が待っている場所へと向かう。

「ごめん海舟、おれの古い服しかなくて。もっと可愛いの着たかったよな」

歩く途中、勇斗が海舟に申し訳なさそうに謝る。勇斗の家なので男物のシンプルな服しかなく、女性の海舟にもやむを得ず着てもらうしかなかった。

「んーん、大丈夫だお!海舟、この服好きだお!」

海舟が笑顔で答える。白いTシャツにハーフパンツで、ご機嫌に腕をぶんぶん振って歩いている。その後ろで界と篝丸がひそひそと話している。

「どや?海舟のあのカッコ」

「突然何を聞くのだ貴様ッ...!!」

声を顰めたまま怒鳴る篝丸に、界が楽しそうに目を細めながら言う。

「言うてやり?似合うてるって。おまえに言われたら海舟喜ぶで〜?」

「ム......そ、それは........」

頬を赤らめてたじたじになる篝丸に、界は篝丸の肩をぐいと引き寄せ、精一杯背伸びして囁く。

「だっておまえ、海舟のこと好きやもんな」

「なッ!?それを言うな戯け者が...!!」

にひひ、と笑う界に篝丸が掴みかかる。界はずっと前から篝丸の恋心に気付いており、恋の行方がどうなるか楽しみにしながら眺めているのだ。

「ねえ〜篝丸、この服どうだお?似合ってるお?」

突然海舟が振り返り、後ろ歩きのまま服を見せびらかして問いかける。

「ほら、今や今や」

界が篝丸の背中をパンッと叩いて合図する。篝丸は顔を真っ赤にしながら小さい声で呟いた。

「........その...よ、よく似合っておるぞ......」

「ほんと〜!?やった〜!」

何度も小さくジャンプをし、それから手を後ろに組んで目を細め、小首を傾げながら言った。

「篝丸にそう言ってもらえて嬉しいお」

「........!!!」

そう言って海舟はすぐに前を向き、勇斗と並んで歩き出す。

その表情と言葉に、篝丸はぶわっと耳まで顔を赤くさせる。興奮状態で鼻血が出そうになるが、慌てて力ずくで止める。

「ほらな、言うたやろ?」

「...今日はもう遊びどころではないわ.....」

くらくらして右手で顔を押さえる篝丸の肩を、界がぽんぽんと叩く。

「あ、永人」

勇斗が微笑んで手を上げる。歩いて行った先には、永人が携帯を触って待っていた。

「おう、やっと来たか」

永人はポケットに携帯を入れ、笑顔で言う。

「行こうぜ」

言われるままについて行く界達。一体どこに向かうのか、界は期待に胸を膨らませる。


向かった先はカラオケだった。

界達三人は、カラオケ店に入るのは初めてなので緊張と期待で心臓がドクドクと音を立てていた。

「最初俺入れるわ、てめえらなんか好きなもん注文してていいぜ」

マイクを握って言う永人。界と海舟はメニュー表を見て目を輝かせる。

「わあ〜おいしそうだお〜!あ、海舟たこ焼き食べたいお〜!」

「わいこの赤と白のパンみたいなの食べたいわ!マルゲリータってやつ!」

「すみません、コーラ二つにメロンソーダ三つ、あとたこ焼きとマルゲリータとポテトと...」

備え付けの電話を取って、勇斗が注文をし始める。その頃永人は曲を入れ、一人で歌っていた。篝丸は隣で真剣に歌声を聴き、目を閉じて頷いていた。

店員が室内に入ってきて、注文した商品をずらりとテーブルの上に並べた。飲み物、たこ焼き、ピザ、フライドポテトにオニオンリング。その他色々な商品が置かれ、界と海舟は一目散に食いついた。

「歌が上手いのだな、永人。感動したぞ」

歌い終えた永人に篝丸が笑顔で言う。その言葉に、永人は目を丸くして驚いた。

「え.....ふふふっ、そうかよ。サンキュ」

恥ずかしそうに頭を掻き、ふにゃりとした笑顔で笑って礼を言う。

「じゃあ次わい入れよかな!前勇斗に聞かせてもろた曲覚えとるから〜.....」

ピザを頬張りながら、デンモクで曲を探す界。すると、不意に顔を上げる。

「.....ん?なんか隣の部屋で歌っとるやつ、聞いたことある声な気するわ」

「え?そうかな。.....あれ、でも確かに...」

隣の部屋の歌声を聴く為、室内がしんと静まり返る。界は自分達の部屋から出て、隣の部屋のドアノブに手を伸ばす。

「あ、待って界。もし違う人だったら...」

勇斗の制止は間に合わず、界がガチャ、と扉を開ける。すると。

「ん...やあ、ご機嫌よう九尾君。奇遇だね」

「あれ?九尾くん。こんにちは」

そこにいたのはマイクを握った善ノ介と、座って歌を聴いていた知与だった。

「やっぱり善ノ介や〜〜!!知与ちゃんもおる!!」

ぱあっと顔を綻ばせて喜ぶ界。先程歌っていたのは善ノ介だったようだ。

「わいら隣の部屋におるで!せっかくやし来てや!」

界が笑顔で手招きをする。善ノ介と知与は顔を見合わせて、立ち上がり隣の部屋へ移動する。

「.....で、お二人さんはなんで二人っきりでカラオケ来てるん?どういう関係なんや?」

ドアを閉めた瞬間、界は真剣な顔になり二人に詰め寄る。勇斗達は食べ物を食べたり話したりしていて、界の言葉に気付かない。

「本屋で偶然崇田さんと会ったんだ。崇田さんが話しかけてきたからワタシも暫く話していてね。立ち話をしているのも良くないからと崇田さんが言うから近くにあったカラオケに来てみただけだよ」

顔がくっつきそうなくらい距離が近い界の肩に手を置いて、相変わらず冷静に言う善ノ介。

「いや。本屋さんで話しかけてきたのも天飛くんだし、立ち話もよくないからカラオケに行かないかい?って言ってきたのも天飛くんだよ」

善ノ介の横からひょこっと顔を出し、不思議そうに善ノ介を見上げる知与。

「なんで嘘ついたんおまえ...はっ!まさか照れ隠...」

「キミには関係無い事だよ。そして近いな、もう少し離れてくれないかい」

界が顔を更に近付け、興奮しながら言う。善ノ介はそんな界の言葉を遮り、界の頬をむにゅっと押す。

「知与と善ノ介も来たし、追加で飲み物頼むお〜!」

「ありがとう海舟、あたし達二人はオレンジジュースでいいよ」

意気揚々と拳を上げて喜ぶ海舟に、微笑みながら言う知与。

この二人は体育の授業で仲が深まり、いつの間にか親しい友達となっていたのだった。

「つーかさっきの善ノ介の歌、クソ上手かったじゃねえか。ちゃんと聴きてえからもう一回聴かせてくれよ」

永人がポテトとオニオンリングをコーラで流し込んで善ノ介に言う。

「だってさ、天飛くん」

知与がピザをつまみながら笑って善ノ介を見る。善ノ介はふう、と溜息をついて知与を見る。

「次は崇田さんが歌う番だって言ったろう...。でもまあ良い、特別だ。このワタシが特別に、もう一度、最高の歌声で歌ってあげよう」

いつもの自信満々な調子で言い、曲を入れてマイクを握る。


選曲は、善ノ介の普段の一面からは考えられない切ない大人の恋愛ソング。

善ノ介の歌声は、部屋にいる六人全てを魅了するものだった。温かで包み込むような、時に色気のある、柔らかな歌声。

隣に座っていた知与は、微笑みながら歌を聴いていた。

「うわ〜〜かっこええな〜!!」

「てめえやっぱりうめえなあ!感動したぜ...!今度コツとか色々教えてくれ!」

曲が終わると、部屋中に歓声が響く。

界と永人は、その歌声に瞳を潤ませながら善ノ介を褒めちぎる。

「どうもありがとう。もっと褒めてくれても良いんだよ。キミには今度直々にコツを教えてあげよう、白縫くん。さあ、約束通り次はキミの番だよ崇田さん。さっき約束したんだ、勿論歌ってくれるね?」

と、流れるようにマイクを差し出される知与。

突然の事に頭が回らない。緊張で汗が吹き出て、頬が赤くなっている。

「え、いやっ、確かに約束したけど...」

動揺しながら辺りを見回す知与。

すると。

「いけいけ〜知与ちゃ〜ん!かましたれ〜!」

「楽しみにしてるお〜知与〜!」

盛り上がって気分が高まった界と海舟に声援を送られる。知与は赤らんだ顔のまま、深呼吸をしてマイクを受け取り立ち上がる。

「じゃっ、じゃあ、歌います...」

そう言って曲を入れた。


入れた曲はロックだった。

普段委員長として真面目に、気高く、淑やかに生活する彼女からは想像も出来ない選曲、そして力強く芯のある歌声。

狭い一部屋が、まるでライブ会場のようだった。

歌い終わると、その場は怖い程静まり返った。

「あ...どっ、どうだった...?」

照れ臭そうな笑顔ではにかみ、思わず両手でマイクを握る知与。

そのギャップに、界達は圧倒され言葉も出なかった。が、やがて驚愕の表情は笑顔に変わり、部屋中に響く程の声援が送られた。

「知与ちゃんかっこええ〜!!ほんまドキッとしたわ〜!!」

「知与すごいお〜!もっと聴きたいお!」

「知与!あんたもうめえな!ロックかっけえ!」

「あ、ありがとう。あはは、よかったぁ」

安堵したような表情を浮かべ、ふにゃふにゃと席にへたり込む。

「崇田さん」

と、隣の善ノ介が名前を呼ぶ。

「ん?」

知与が顔を覗き込むと、善ノ介はぺろりと唇を舐めてほんの少し顔を背ける。

「とても良いね。最高のワタシとほぼ同じくらい良かったんじゃないかな。正直驚いた、圧倒させられた。もっと自信を持っても良いと思うよ、このワタシみたいにね」

と、眼鏡のブリッジをトントンと中指で叩きながら言った。目を合わせず、別の方向を向きながら。

「.....あは、ありがとう天飛くん」

知与は一瞬驚いたような顔になってからすぐに笑顔になり、緊張が解れたような言い方で礼を言う。

「ほなじゃんじゃん曲入れるで〜!わいはアレ歌おかな!」

「篝丸〜!この曲!一緒に歌おうお!」

「う、えッ!?我が、海舟と.....!?」

界がデンモクを片手に、意気揚々と声を上げた。その傍らで、海舟が篝丸に一緒に歌う事を提案していた。篝丸は、ぽっと頬を赤らめていた。

その賑やかな様子を見て、勇斗達は笑った。

それから5時間、界達はカラオケを楽しんだ。


空が、鮮やかな茜色に色づき始めた。

「あ〜楽しかった!ほんまええ日になったわ!」

界が背伸びをしながら満足そうに言う。5時間ずっと食べて歌っての繰り返しだったので、楽しかったが多少の疲労感はある。だがそれもまた心地良い。

「じゃああたし達こっちだから。今日はありがとう、またね」

「また学校でな〜お二人さん!気いつけてや〜!」

知与が笑顔で手を振ると、界は両手を大きくいっぱいに振って、ぴょんぴょんと跳ねながら別れる。善ノ介はこちらを見ずに左手を数回振って、そしてゆっくりと下ろした。

「俺らも解散にするか。あー喉痛え」

永人が喉を摩りながら言う。永人は今回一番沢山歌ったので、他のメンバーよりも喉に負担をかけていた。心なしか声が少し枯れ、しゃがれている。

「そうだな、そうしようか。今日はありがとう永人」

勇斗が言って微笑む。それを見た永人が、くしゃっとした嬉しそうな笑顔で笑う。

「おう、また遊ぼうぜ!帰り気をつけろよ」

そう言って互いに手を振り合い、別れた。

「あーほんと楽しかったなぁ」

「篝丸と一曲一緒に歌えてよかったお!」

「うッ、そ、そうか.....」

「にひひっ、よかったやん篝丸」

妖怪の界達が、初めて人間の友達と遊んだ日。

それは生涯忘れる事も出来ず、忘れたくもない、大切な思い出になった。

一方。

「天飛くん、今日は歌褒めてくれてありがとうね」

「こちらこそありがとう、そしてどういたしまして」

知与と善ノ介が並んで歩く。

夕陽が傾いて、空が赤くなっている。

「.....ねえ、なんであたしから話しかけたって嘘ついたの?」

善ノ介を見上げて不思議そうに言う知与。

善ノ介は何も答えずに、知与も何も聞かずに、ただ二人で黙って歩いていた。

ひぐらしの鳴く声が聞こえる。赤い空にカラスが二羽、一緒になって飛んでいる。

日が沈んで影が出来、互いの表情が見えなくなる。

と。

「...言えると思うかい」

不意に善ノ介が口を開いた。

それから別れるまで、互いに何も言わなかった。

カラスが二羽、じゃれ合いながら飛んで行った。

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