第9話 錯乱


【錯乱】




清洲城



信長が“京にはお前達だけで行きなさい”と同行を拒否した…

 

家臣達は予想していた事だが何とか上洛作戦に参加して貰おうと信長に頼み込む。



織田家 重臣


「どうしても、ダメですか…?」



一様に困り顔の家臣達を冷たく突き放す信長…



「お前達でやりなさい」



「しかし…朝廷との謁見もありますし信長様が居ないと格好が……」



「何時もの様に、影武者を使えば良いでしょ」



信長は、いわゆる公家集団の朝廷が生理的に嫌いで、挨拶はもちろん顔を見るのも嫌がっていた。



「いやぁ…しかし…あっあの、松永殿も絶賛のポルトガルの衣装は京でも話題になりますよ」



「またそれぇ…とにかく勝手にやりなさい、朝廷は気色悪いから嫌いなの!」



家臣達は、しつこ過ぎると信長の逆鱗に触れるとわきまえているので、それ以上は何も言えずに引き下がるしかなかった。



こうして、織田軍は信長の影武者を連れて足利義昭との合流を目指し出立する。






齋藤家領土


美濃国 河野島


予定通り進軍する織田軍に河野島付近で、忍(諜報員)から齋藤龍興の軍勢が待ち構えているとの報告が入る。



織田家重臣 丹羽長秀


「何だと! 齋藤龍興…あの外道、姑息なまねを…」



足利義昭の名で結んだ停戦協定を齋藤龍興が反故にしてイクサを仕掛けてきた。



織田家 武将


「今、齋藤の軍勢と戦えば京で三好との戦闘に支障が出ます」



丹羽長秀


「龍興め、将軍家との約束を反故にするとは…」



丹羽長秀が、齋藤軍と戦闘するか迷っていると更なる情報が知らされる…



織田家 忍


「六角家が三好家と同盟を結んだようです」



丹羽長秀


「何だと… 六角家と齋藤家は同盟国だが… これは、三好三人衆の仕業か…」



織田家 武将


「そうなると、京では三好六角連合軍が相手になります…」



丹羽長秀


「ここで消耗してる場合じゃ無いな」



織田家 武将


「撤退しますか…」



丹波長秀が上洛を阻止された怒りを齋藤龍興に向ける。



丹羽長秀


「いや…気に入らん!齋藤龍興だけは、ここで叩いておく」



織田家 武将


「分かりました」



こうして予定は大幅に変更して齋藤軍と一戦交える事になった織田軍。




慌ただしく動く兵士達に不安を感じた影武者は、織田軍武将に何が起きてるのかを尋ねる。



織田信長の影武者


「何かあったのですか?」



武将


「…予定が変わっただけだ」



影武者


「その…何が変わったかを聞いてるのですが…」



武将


「齋藤龍興の軍勢とイクサだ」



えぇーー!!!!!!!!!



なんでぇ~~!!!!!!!!



盛大に驚き抗議する影武者。



影武者


「そんな!イクサだなんて!!私は足利義昭様に同行して朝廷に謁見すると言われて来たのですよ!」



武将


「うるさい!!文句なら向こうに言え!こっちも迷惑だ」




この影武者は傾奇者で女装しているが女装と言ってもそこは影武者なので信長が着なくなった舶来の衣装で着飾り成りすましている…


イクサの時は、武術の達者な兵士に般若の面を被らせているが朝廷との謁見が有るため今回は実際の信長に似ている傾奇者を使っていた。




…… 話が違う!!朝廷との謁見だと言うから引き受けたのに…イクサだなんて…真っ先に狙われるのはあたしじゃない、冗談じゃ無い逃げてやる死んでたまるか ……



影武者は戦闘用の配置に替わる時に馬で移動する振りをして脱出するつもりだ。


…… そろそろ異動するはず…武将が来たら厄介だわ自分で歩けとか言われるかも…でもダメ、絶対に馬の異動を要求するのよ ……


影武者に都合良く武将達は軍義で影武者の存在を知らない足軽の兵士が来た。



「信長様、後方に異動して下さい」


影武者

「馬を用意して」



「籠を用意してますのでそちらに」


影武者は信長の真似をして眼を釣り上げ狂気の演出を顔でする…


影武者

「…馬だとおぅ~!言ってんだあーろー!!」


「しっ失礼しました!直ちに!」


信長が影武者だと聞かされて無い兵士は、慌てて信長が好みそうな毛艶の良い馬を連れて来た。


…… 快感!あたしの一言に侍が青くなって言いなり…だから影武者やめられな~い… でもイクサになるようじゃもう二度とごめんだわ ……



影武者の名前は太一だが、信長からアドニスと言うキリシタンの様な名前を付けられ以降そう名乗っている…馬の乗り方も信長仕込みだ。


アドニスは馬に股がると尾張の方角を定めて鞭を入れ走らせた。


影武者アドニス

「捕まってたまるかぁー!」


武将達に取り押さえられたく無いアドニスは叫びながら必死に逃げた。



信長だぁー! どけー!


死んでたまるかぁー!!





影武者の存在を知らない兵士達は信長が叫びながら逃げたと思いパニックを起こす。




信長様が逃げた!



ざわっ… ざわっ…



死にたくないと叫んでた!



ざわざわっ…



捕まるって何だ!



逃げたぞ!



ざわざわ…ざわっ…



勝てないのか!


負けるぞ!



負ける?‼


殺される!



皆殺しになる!!!!!



うわぁー!! あぁー!!!





アドニスは戦闘に巻き込まれず上手く逃げたが、パニック兵士の錯乱は次々と他の兵士に伝染する。




一人の兵士が武器を捨てた…


ガシャガシャ

うわぁー!!!


影武者が走り去った方角に、逃げ出した。


その隣の兵士も武器を捨てる…


ガシャガシャ

逃げろぉー!!!


その叫びに周りの兵士達も、全力で走れるよう武器を捨て逃げ出した!


うわぁー!!!


逃げろぉー!


この騒ぎに武将達が驚き、慌てて事態の鎮静化を図る…


持ち場に戻れ!!


厳罰に処すぞぉー!


戻れぇー!!!!



だが、恐怖に支配された兵士達に武将の声は届かない。兵士の錯乱はもう、歯止めが効かなかった…




織田家 武将

「ダメです! どうやら影武者が死にたくないなどと叫んで逃げたのが原因です」


丹羽長秀

「あの、傾奇者がぁ!」


丹羽長秀は一瞬、怒りにまかせてアドニスの首を跳ねてやろうかと思ったが信長の傾奇者仲間には迂闊に手を出せないと考え怒りを押さえ込んだ。


織田家 武将

「兵士達に影武者の存在を明かせば士気に関わると思っていましたが…」


外部を欺くための影武者だが、信長が居ると居ないでは兵士達の士気が大きく変わるので影武者の事を知らせずにいた。


丹羽長秀

「裏目に出たな…しかし、諸悪は齋藤の裏切りだ」


織田家 武将

「こうなると、齋藤龍興の討伐が優先事項ですね」


丹羽長秀

「そうなるな…その為に、今は撤退だ」





齋藤龍興本陣


伝令

「織田軍が急遽、退却を始めました!」


齋藤龍興

「何だと!」


齋藤家 武将

「直ぐに追撃します」


齋藤龍興

「待て…どうも不自然だな… 追撃はしても深追いはするな!」


齋藤家 武将

「なるほど…こちらの動きを知って罠を仕掛けてる可能性がありますね…」


齋藤龍興

「そうだ、用心に越したことはない…」


戦ってもいないのに追撃に出た齋藤軍は織田軍に追いつくも、兵士達の逃げっぷりに驚く。



齋藤軍 兵士

「何だ、あいつら…増水した川に飛び込んで溺れてる…」


前日の雨で氾濫した川はまともに渡れる状態ではなかった。


齋藤家 武将

「どういう訳だ…」


影武者の逃走劇でパニックに陥った織田軍を呆然と眺める…


齋藤軍は状況を把握出来ない…傍若無人な織田軍兵士がまるで集団自殺の様に川に飛び込んで大半が溺れてる…


パニックの兵士達は氾濫した川で多くが溺れ死んだ、良くも悪くも影響力が大きい信長の存在が原因で起きた惨事である。






尾張国 某所



…… はぁはぁはぁ

やっと 着いた 助かった ……



アドニスが必死で逃げ帰ったのは、信長の庇護を受けられる尾張の魍魎の屋形だ…勢いよく中に飛び込んで信長を呼ぶ…


姉様ぁー!

姉様ぁー!!

助けてぇー!



魍魎の屋形で傾奇者が信長に会いたい時は、とにかく叫ぶ…

すると忍が用件を精査して信長に報告するという段取りになっている。



〝アドニスどうしたの素敵な衣装ねぇ〟


〝あら~本当、姉様みたい〟


〝あんた顔色悪いわよ〟



命がらがら逃げて来たアドニスに日常会話で話しかける傾奇者仲間。




〝早く姉様を呼んでぇー!殺される!〟


〝やだ~ あたし そんなことしないわよ〟


〝バカ あんたじゃないわよ お城の侍達によ〟


〝ばっバカぁ~!ちょっと みんな聞いて バカにバカって言われたのよぉ~!〟


〝それが何よ 二人ともバカ何だから それでいいのよ〟




死の淵から一転、アドニスとゆかいな仲間達の楽しい宴が始まる…


その頃、清洲城で信長が忍からアドニス逃走の知らせを聞く…



信長

「齋藤龍興と六角義賢の状況を詳しく調べて…あと、丹羽にアドニスには手出し無用と伝えなさい」


「わかりました」





信長が魍魎の屋形に現れる頃には、アドニスもだいぶ落ち着いていたが…信長の顔を見て涙ぐむアドニス。


アドニス

「姉様ぁ~!!」


信長

「もう大丈夫よ。丹羽にも貴方に手を出さない様に行っといたから…」


アドニス

「ごめんなさい…でも、もう影武者は怖くて出来ません」


信長

「あらそう……でも…今回の事で、貴方には二度と頼まないと思うわよ」


アドニス

「えっ…なっ…なによ……この、振ったつもりが、振られてた…みたいな感じ…」


ゆかいな仲間達であった。







河野島の戦いWikipedia参照


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