第15話
ある日、決定的な瞬間が訪れる。
他のスタッフは面白がってフリーター小林と真中と私を一緒に休憩にぶち込むことを増やした。
小林は一対一の会話ならなんとか保つが、現役の大学生二人。
おまけに片や女子高出身、片や男子校出身の私たちのサークルの話や大学の紅葉狩りでのロープウェイの乗車の話にも入れず、一人で自動販売機で買ったカップタイプ、おそらくカフェオレをマドラーでクルクルしながら私たちの季節外れの会話を聞いていた。
今の季節は夏。
私は大学四年になった頃から卒論に興味があり、それをコピーアンドペースト、通称コピペもなしに書き上げていることを自慢したかった。本当はちょっと拝借しているが、現地の人たちへの想いを押し留めながら、冷静に簡潔に書く。
論文、というものに興味が高校生の頃からあったのだ。
社会人になったらPowerPointなど、とにかくプレゼン資料を作り上げ、先輩方に緊張しながら資料を配る、自分を想像したりする。
一方真中は寒い地方の出身なため自身の通ってきた温泉の話をし始め、同じところにいったことがあるー、と私が笑顔で媚びる(もちろん演技だ)と。
満更でもなさと、この二人の共謀が楽しくなり。
上京した時に少ない資金で廻ったラーメン屋や、地元のラーメン屋との比較。果ては一周まわってやっぱり観光地の話へと話題は戻った。
意地悪しているとは思わない。三人休憩に入っているなか、一人はカフェオレに集中し、他二名は年も近く。
境遇もなんだか男子と女子で違うけれど出身高校の校風で似通うものがあり、話しが弾んでいる。
そう、今はそんな状態。
会話を楽しんでひとしきり笑った後真中が言う。
「へえー、そんなに海外旅行が楽なら旅行会社も案外楽しそう」
私は愛らしい笑みを浮かべながら心中で思う。
フッ、貴方が旅行会社?
笑顔だけは真中の将来の新たな選択肢を歓迎していた。だけれど心は。
あなたに、ツアーコンダクターが、ツアーガイドが、旅行代理店の事務員が、
務まると言うの?
わたしは
わたしは
その時だった
「話しは変わるけど、わたしむかし!ゴスロリにハマりかけてっ!」
小林が話し出した。
あんたの話なんて聞いてない。
聞いてないじゃない。耳に入れてない。聞こうとは思ってるだけど。複雑だが聞きたくもない話を聞く表情を真中と被る。
あの表情をしてしまう。世の大学生がフリーターになった自分を想像してしまった時の、失望の表情。真中も同じだ。
楽しい雰囲気が一変し、突然小林がロリータファッション、ゴシックロリータ(書店に勤め始めて詳しくなった)にハマりかけた自分自身の話を一方的に話し出したサムい形となる。
夏なのに。
おまけにあの池袋での名前も思い出したくない先輩と成人向け雑誌の屈辱と恐怖と、甘ったるいカフェオレを飲む小林への、これは、怒り。
この人は、私たちの苦労など何もわかっていない。今日の会話だって、自然とできるまで自分達がこの二十二年、どんな思いで生きて体験して緊張してきたか!
立ち上がってこの女の方を、はたき塞ぎたい、でも触りたくない、汚いとかじゃないっ、ただ。
黙って。
しかし。
小林は自然と自身が始めた会話を、口元に近づけたカフェオレごと飲み込んだ。熱いのだろうか、温いのだろうか。飲んで、飲んで、一気に飲み切った。
さっきのはなんだったんだ。
私が、真中を、あなどったのに、気づいた?
この女はそういうところがありそうだ。話が悪い方へ向かいそうな時、誰かが誰かを貶めようとした時、突拍子もない、荒唐無稽、自虐話で、場の空気をや人間関係を良好に保つ。
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