11.呪い

 当時14歳だった芳川家のお嬢様は、18歳と年頃も近く清廉な顔つきの書生と当然のように恋に落ちた。

 書生はやがて中央の大学に進学し芳川家を出たが、書生は手ずから作った寄木細工よせぎざいくの箱を渡し、立派になって迎えに来るという約束とお嬢様と交わした。

 しかし、その後すぐに起きた世界恐慌に芳川家も無事では済まず、裕福だった家は衰退し、お嬢様は売られるように商家へ嫁ぐことになった。

 蝶よ花よと育てられたお嬢様は、慣れない商家の暮らしに苦労に苦労を重ねた後、5人の子供を産んで戦争中に空襲で亡くなった。

 死ぬまで傍に置いて、文字通り片時も離さなかったその箱を、お嬢様の娘である柏木秋子の祖母が相続し、毎年命日には仏壇に置いて線香と経を捧げていのだと秋子あきこは話した。

「私は母を早くに亡くしたもので、祖母が母替わりだったんですよ」

 秋子は寄木細工の箱を愛し気に見つめた。

「祖母は亡くなる前に、自分が死んだらこの箱を棺桶に入れて一緒に燃やすよう言ってたんですが、生前の祖母が一番大事にしていたのがこの箱だったから、つい傍に置いておきたくて――祖母の願いを無視したせいで祖母が怒っているんじゃないかって思って、ご相談させていただいたんです」

 8年前に祖母が亡くなってから、悪夢を見るようになったのだと、秋子は付け加えた。

 起きたら内容は覚えていない。しかし、それが悪夢であったことはわかるのだ。

 初めは月に一度見ればいい方で、祖母の葬式やら後片付けやらで疲れているのだと思った。しかし、3年ほど前に突然その頻度が増えたのだと言う。

「思い当たるきっかけは?」

 御門みかどは静かに尋ねたが、秋子はゆっくり首を横に振るだけだった。

「この箱は祖母が大事にしていたので、傍に置いていると、なんとなく祖母が近くにいるような気がして、いつも話しかけていたんです。――おはよう、とかそんな程度ですけど」

 しかし、半年ほど前から、なんとなく箱が怖いと思うようになったのだと秋子が言うと、御門の目に緊張が走ったのを亨は気付いていた。

「それで、俺達に相談してきた……と」

 御門の言葉に秋子は頷いた。

 その時、玄関のインターホンが鳴り、「ちょっと失礼します」と、秋子がリビングから出ていくと、御門はとおるにもたれかかり「こりゃ面倒だ」と、呟いた。

 亨は頷いて、目の前の箱を見つめてため息をついた。

付喪神ツクモガミかと思いきや――呪いだったとは」


 帰りの車の中で、御門は忌々し気に手に抱えた箱を見つめていた。

「居眠りして落とさないでくださいよ」

 ハンドルを握ったまま亨が言うと、御門は「なんで俺が持たなきゃダメなんだよ」とブツブツと文句を言っている。

「仕方ないでしょ。どっちかが呪いを抑えてないと無事に帰れるかすらわかんないんですから。御門さんが運転を代わってくれるなら喜んで持ちますよ。――ないでしょ?免許」

 亨がジト目で御門を睨むと、御門は唇を尖らせて助手席のシートにもたれた。

「あるし――一応……」

 拗ねたように小声で呟くが、亨には聞こえていない。

 

「調査が必要な為、持ち帰らせていただきます。一週間から十日で結果と共にお返しできると思います」

 亨が言うと秋子は安心したように笑顔を見せ、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 気休めにと亨は秋子に魔除けの護符を渡し、箱が戻るまでは肌身離さず持っているよう言い含めた。

「厄介ですよね」

 亨は珍しく助手席で眠っていない御門に話しかけた。

「ああ――呪いは俺の領分じゃねぇ。頼んだよ、とーるちゃん」

 御門は箱をポンポンと叩くと、ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべていた。


 車は自宅のマンションに到着すると、地下の駐車場へとゆっくり進めた。

 指定の場所に止めると、すぐに専用のエレベーターがある。

 二人は専用キーでエレベーターに乗り込むと、無言で箱を見つめた。

 暴れる様子はない。禍々しい気配も感じない。しかし、その箱からは確実に呪いの気配が感じられた。

「エレベーター……落ちねぇだろうな」

「結界と魔除けが施されたエレベーターですよ。呪いなんかよりも故障で落ちる方が確率高いですから」

 御門の呟きに、亨は冷静に答えた。

 ここからが大変なんだが――

 亨は秋子との会話を思い出した。

 

 呪いの事は伏せて、明らかに霊障が出ている事を伝え、一番早いのはこの箱を処分する事だと言うと、それまで物静かで穏やかだった秋子が豹変したかのように怒りだした。

「これは祖母との思い出の箱なんです!処分なんてとんでもない。私から祖母との思い出まで奪う気なんですか!」

 随分とこの箱に執着を見せていた割に、持ち帰る事には抵抗しなかったなと、亨は引っかかっていた。

 原因が呪いにある事は間違いないだろう。しかし、誰が誰を何のために呪っているのか――そして、誰がいつどうやってこの箱に呪いを込めたのか――。

 エレベーターがフロアに到着すると、両手が塞がっている御門のために、亨は鍵を取り出すとドアを開けた。

 玄関ではミケさんがどうやって察知したのか、二人の帰りを待っていた。「ただいま、ミケさん」と亨は擦り寄るミケさんの頭を撫でて言った。

 

「俺の隣でいいかな」

 玄関で靴を脱ぎ捨てながら御門が言うと、亨は頷いて御門の寝室の隣にある使っていない部屋へ入って行った。

 御門の寝室よりふた周りほど小さいその部屋は、家具も装飾もない殺風景というよりは、ただ何も無いだけの部屋だった。

「ここに結界を張ります」

「また札使うの?」

「経費として計上しますよ」

 そう言うと、亨はジャケットのポケットから呪符を取り出した。


「左が青龍は万兵まんぴょうを避け

 右が白虎は不祥を避け

 さきが朱雀は口舌こうぜつを避け

 後が玄武は万鬼を避くる

 前後を扶翼す、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう乾坤元亨利貞げんこんげんこうりてい


 亨がうたうような節で口ずさみながら、札を貼る。

「御門さん、真ん中にそれを」

 御門が箱を指定された場所に置くと、両手を組み合わせる外縛印を結ぶ。

 御門の目には、部屋の中に霊力で編まれた結界が広がるのが見える。

「相変わらず上手いねぇ。とーるちゃんは」

 御門は部屋の入り口で待っていたミケさんを抱き上げると、満足気に唇の端を上げて見せた。

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