一 風前の灯火
白いシャツの袖を捲りあげた
「教育実習が終わった男の顔じゃないな。そんな不細工な顔して。またジンの悪い癖がでているぞ」
「……授業が本当に生徒に伝わっていたとは思えなくて」
「実習生にそこまで求めるものかね」
やれやれ、といった表情で
「ハイライトじゃ軽すぎるかな」
「いや、ありがとう」
二人は大学のゼミが一緒で共同研究を進めているうちに意気投合するようになった。教員を目指している二人はお互い、別の場所での教育実習を終えた。労いの場を、と晴がジンを誘ったまではよかった。しかし約三週間ぶりにあったジンの表情は最初こそ晴れやかだったが、すぐに曇りだすのだった。
金曜日を象徴するかのように店内では活気のある声が飛び交っていた。ほろよいから酩酊まで、客たちの愉快なテンションで満ちている。そのような空間で明らかにジンは不自然な様子である。
「とにかく、まずはお疲れさま。次はいよいよ採用試験だな」
「そうね。帰ったら勉強したいから、これ飲んだら帰ろう――」
喧噪が激しくなるほどジンの抱えた静けさには迫力が増した。
ジンは寝る前、習慣である日記をつけていた。『教育実習について』というタイトルをつけ、ペンを動かす。が、うまく言語化できない。
アルコールを飛ばすように頭を振ると逃げ道を探すように外へと出た。
りんりんと鳴きじゃくる鈴虫の合唱を後ろに公園のベンチに腰掛ける。
(
夜風が頬をなで、辺りの木々を揺らした不穏な音で世界が遮断された。やがて情緒が荒み、コントロールが効かなくなった。
――もっといい授業ができたはずだ。
――自分は本当に教員になれるのかな。
――こんなんじゃ合格なんてできない。
もっと勉強しなければ。
もっともっともっと――。
闇の中で抱えた不安は
自分の愚かさに目を向けていたジンを黄色い上弦の月が満遍なく照らしていた。
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