第四街区
第四街区は環境適応センターのある第一街区の南に広がる火星サボテンの森を抜けたところにあった。商業の中心地としてデザインされており、第一街区よりもさらに高層のビルが建ち並んでいる。
その中でひときわ高いビルがフューチャーズポートだ。第四街区のランドマークとも言うべき地上二百階のこのビルで、事件は起きた。
「レンズ、オン」
百五十階のレストランに着くとすぐに耳殻端末のアプリケーションを起動した。コンタクトレンズの内側に浮かび上がってくる映像は同じレストランのものだ。俺は映像と実景が上手く重なる位置まで移動して「リプレイ」と呟き、映像を再生する。
ほどなくコンタクトレンズ内のレストランに三体のヒューマノイドが姿を見せた。成人男性タイプと成人女性タイプ、それに幼児タイプが一体ずつ。家族で外食に来たという設定なのだろう。
三体は窓側の見晴らしの良いテーブル席に座ると、メニューを読み始めた。もちろん実際に食事をするわけではないが、そういうロールをするよう作られているのだ。
父親が料理のオーダーをしてからしばらくは退屈な映像が続いた。はしゃぐ子ども、たしなめる母親、静かに見守る父親……三体のヒューマノイドはステレオタイプの家族像を完璧に演じきっていた。外貌が明らかに人間のそれとは異なるということを除けば、だが。
そして演劇の時間は唐突に終わる。別の演目に切り替わったと言うべきか。
父親役を演じていた成人男性タイプのヒューマノイドが両手で頭を抱えると、ふらふらした動作で立ち上がったのだ。それから彼は何事か叫ぶと、窓に向かって走っ
て、走って――。
「この高さじゃ助かるまいな」
ぽっかりと大きな穴が空いてしまった映像内の窓を見やりながら、俺は呟くように言った。
「……他の事件も大体こんな感じか?」
「そうですね。具体的な手段は異なりますが、ヒューマノイドの暴走はいずれも自らの身体に復旧不可能な損傷を負わせるためのものでした」
「まるで自殺するかのように?」
「ええ。まるで自殺するかのように」
俺の台詞をなぞるようにそう言ってから、シモンは俺の顔をじっとのぞき込んできた。
「ずっと罪の意識に苛まれていた者が、ふと湧き起こった強い感情の波に押し流されて、衝動的に飛び降り自殺を図る……人間にとってはそう珍しい話じゃないな」
「ええ。しかしヒューマノイドは違います。我々にとって自殺は禁忌なのですから」
「第三条か」
――ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
「ロボット工学三原則第三条――自己防衛の原則は、実時間ロボット制御四原則においても採用されており、我々ヒューマノイドにとって極めて重要な行動規範のひとつとなっています」
「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。ロボットは人間にあたえられた命令に服従
しなければならない。すなわち第一条、第二条に反する恐れがある場合には、自己防衛の原則を無視することもできるが、ことオープンシティでそれはありえない。何
しろ俺が来るまでこの都市には一人として人間が存在しなかったんだからな」
俺は復旧済みの窓ガラスに近づいて、暴走ヒューマノイドが飛び降りた辺りを見やる。
「既に残骸は撤去済みですよ」
「わかってるさ」
仮に撤去されていなかったとしても、地上百五十階からではほとんど見えないだろう。自分自身あまり意味のある行動だとは思っていないが、シモンにそれを示唆されるのは少々癪だ。
「……ヒューマノイドが自殺するはずのない街で、そのありえない出来事が立て続けに五件も発生した。シモン、君はこのことについてどう考える?」
俺は機械仕掛けの相棒に試すような質問をする。
「わたしの考えを話せば良いのですか?」
わざわざ聞き返してくるのはちょっとした意趣返しか。ま、これくらいなら『人間に対する危害』とは言えないか。俺は苦笑いをして「そうだ。君の考えを聞きたい」と応じることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます