第8話 テレビ・ドラマ化

 今、東京の或るスタジオではリハーサルが行われていた。

 その秋から始まるテレビドラマに向けた関係者による台本の読み合わせである。部屋にはテレビ局のプロデューサー、ディレクター、それと出演者達がいた。


 このドラマは毎週で、計七回ほどゴールデンタイムで放映される予定だった。その日の本読みでは脚本家も出席して見守っている。ドラマのタイトルは「栄光への道のり」というタイトルで、ベストセラー作家の北川綾乃の作品であり、彼女は初主役の慎吾をイメージして書いたともっぱらの噂である。


 その綾乃もこのリハーサルをスタジオの片隅で興味深げな顔をして見ていた。

 この作品は、スターを夢見る青年が下積みを経て一歩一歩その階段を登っていくという波瀾万丈に富んだストーリーで、まさに慎吾の生き方そのものだった。


 これで三度目の本読みに終わりかけたとき、慎吾は準主役級の上川拓也に言った。

「拓也君、今は本読みだけど、本番ではもう少し感情を込めてくれないかな」

「ええ、分かっていますよ、それくらい……」


 この二人はドラマでは、お互いに激しいライバル意識を持って展開するというバトルがある、二人の関係こそがこのドラマのハイライトでもあるのだ。しかし、慎吾と拓也の関係はドラマだけでは無いようである。


「でも、いくら本読みとは言っても、もう少し感情を込めてくれないと、俺の気分が乗ってこないんだよな」

「僕は、しっかりと台詞を頭と身体で覚えさせて、本番で全てを出し切るタイプなんでね、今はまだ本読みの段階なんですよね、慎吾さん」

「なにぃ!」


 珍しくいつも冷静な慎吾は感情を露わにした、思わず共演者達も驚いて二人を見つめる。これを見ていたディレクターが間に入った。


「まあまあ、そのくらいで……限られた時間でこうやって関係者が本読みをやっているんだ、いい加減にしてくれ、慎吾君もそのくらいで、まずはこの決められた時間内でいかに皆がスムーズに終わらせるかのテストなんだ、いいね」

「分かりました、すみませんでした、皆さん」


 慎吾にしては珍しく熱くなっていた。このドラマが慎吾が初めての主演となれば、気が入るのも分かるというものだ。周りの出演者もそれぞれの立場で二人を冷静に見ていた。慎吾の恋人役の蒼井なぎさはハラハラしながら見守っている。


 脇役のベテラン俳優の沢田啓次が手を叩いて言った。


「番組ではこういうバトルが大事なんですよ、今のドラマは馴れ合いのナアナアになっている、こういった熱い情熱がドラマ造りには大切なんだ、ガッツ! でいきましょう」 


 いつも飄々ひょうひょうとしている彼が言うと、その場が和む。

「はい、じゃあ、慎吾君、そこのくだりから行ってくれ」

「はい、ディレクター」


 再び本読みが始まり、六回ほどでようやくその日は終わった。原作者の綾乃はこれを見ていて、ほくそ笑んでいた。


(そうそう、こういう熱い意気込みこそ、この本が言いたい所なのよね、もっとガチンコでぶつかって、良い作品に仕上げてね、あなた達……)

慎吾のファンである綾乃はご機嫌である。


 その後、音響、照明が入り本番さながらにカメラ・リハーサルが入念に行われた。 全ての環境が整えられて、撮影は本番を迎えた。慎吾は自分の集大成とばかりに撮影に臨み素晴らしい演技をした。もう一方の準主役級の上川拓也も、目を見張るような演技をしてディレクターを唸らせた。


 その後、そのドラマは夜のゴールデンタイムで第一回が放送され反響を呼んだが、皮肉にも主役の慎吾よりも、上川拓也を絶賛するファンも少なくなかった。放映されたその日にネット上では直ぐに噂が広がっていった。


「今度の(栄光の道のり)では慎吾よりも準主役級の上川拓也のほうが上手いね」

「そうそう拓也のほうが慎吾を食ってるじゃん」

「そうかな、俺は慎吾だと思うけど」

「そりゃ、慎吾ファンの綾乃姉さんの作品だし、慎吾の見せ場はこれからだよ」


「あたしもそう思う、来週が楽しみ」

「瞬間の視聴率がトップだってね」

「うん、凄い反響みたい」

そのテレビドラマを、暗い部屋でじっと見つめている一人の女がいた。


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