第8話 産まれついての強者

 赤髪の男はアサヒに対する認識を改めた。ただそこにいただけの雑魚ではない。自分と対等に戦い得るだけの実力を持った敵だと。


 彼には絶対的に戦闘経験が足りていなかった。ステップの中でも抜きんでた戦闘能力を持つ彼は、大抵の攻撃は何もしていなくとも防げるし、大抵の敵はただ炎を飛ばすだけで勝ててしまった。

 なので彼は、産まれてこの方戦いと呼べるようなものを一度もしたことがなかったのだ。その経験値の低さが、判断の遅さに繋がる。


「それにしても意外だな。なんでお前みたいなやつがこ────」


 目の前の敵が殺気を放っているというのに、彼は構えることすらせずペラペラと会話を続けていた。アサヒはその無駄話を待つこともなく、彼の顎に回し蹴りを叩き込む。


 男の体は宙に浮き、遠心力で四肢が千切れ飛びそうになるほど回転しながら、壁に激突した。


「ガハッ……⁉ て……め……」


 ここまでされても、男は状況を掴めていない。彼にとって攻撃を受けることは何も悪いことではない。なにせ効かないのだから、防ぐ必要も回避する必要もないのだから、攻撃に対して構えるという発想がそもそもない。


 初めて会心の一撃を食らい、脳みそが揺れ、視界が点滅していることもどこか非現実のことのように捉えていた。


 ダメージを受けることがほとんど初めてなのだから、当然敗北の二文字が頭に浮かんだこともない。戦えば勝利するのは確実。地に伏したことなど一度もなかった。それが今初めて、窮地に陥っている。


「動きが鈍すぎる。殺し合いをしている自覚はあるか?」

「テメェ……不意打ちで、良い気になってんじゃねぇぞ……‼」

「不意打ち? 攻撃をするのに事前申告が必要なのか?」


 男はぼやける視界の中、壁に手をつきながらゆっくりと起き上がる。そんなのんびりとした動きをアサヒが見逃すはずもなく、今度は両手で頭部を抑え、顔面を押し潰すような膝蹴りを繰り出した。


「がふっ……⁉」


 鼻が折れ、歯が欠け、ぼたぼたと血が流れ落ちる。それでもアサヒは攻撃の手を緩めることなく、後頭部を殴りつけて床に叩きつける。


「や……ろ……!」


 男は闇雲に腕を薙ぎ払い、アサヒを後退させる。距離を取らせた後はすぐに炎弾を生み出し、威力よりも速度重視で撃ちまくる。


「これなら隔壁を破るには至らない……が」


 シェルターを破壊するほどの威力ではないが、無傷でも済むほど貧弱でもない。全て回避することもできたが、アサヒの目的はシェルターを守ることにある。

 流れ弾がシェルターに傷をつけるのを防ぐため、アサヒは全弾、先程と同じように拳で相殺して打ち消した。


「テメェ……どういうことだ‼ その力はなんだ‼」

「何も特別なものじゃない。驚くようなことでもない。俺はむしろお前に驚いているぞ。それだけの才能がありながら、技術が稚拙すぎる。攻撃も単調、反応できているはずなのに防御行動を一切取らない。産まれつき強かったのは不幸だな」


 ここにきてようやく、男は実力差を理解した。敵の方が強いということを、重傷を負って、攻撃を全て防がれてからようやく悟った。

 自分の実力と相手の実力を理解し、その上で勝利するための方法を検討する。マヒルやレイジたちは接敵する前からできていたことだ。それが敗北を知らないが故、この男にはできていなかった。


「お前程度なら、俺がいなくてもこのシェルターは落ちなかっただろう。ここの兵士たちは強い。お前が勝てる相手じゃない」

「な……んだと……! ふざけるな! 俺が……俺が、あの雑魚共に劣ってるってのか⁉」

「戦士としては数段劣ってる。それに気づきもしないようではなおさらな。……余計な時間を使っている場合じゃないな。俺の正体を知った以上は、生きて帰すわけにはいかない」


 アサヒが手の平を広げると、そこには小さな光の玉が浮き上がる。指先でつまめるほどの大きさしかないその光は、男の炎を遥かに凌ぐ輝きを放っていた。


「お前……それは……⁉ どういうことだ⁉」


 アサヒの能力を見た途端、男の態度は豹変する。


 ステップが持つ能力には個人差があり、全く同じ能力を持つ者はまずいない。そのため、ステップにとって能力とは名刺代わりみたいなものであり、顔や名前は知らずとも、能力を見れば素性がわかるということは往々にしてある。


 男には、アサヒの能力に心当たりがあった。話に聞いただけではあったが、実物をその目で見ればすぐにピンときた。


「太陽を生み出す能力……実在すら怪しんでいたところだったが……まさかこんなところで引き籠ってるなんてな‼」

「……やっぱり俺のことを知ってるのか」

「お笑いだぜ……こんな馬鹿みてぇな話はねぇ! お前の力がありゃ、この星まるごと救うことだってできるだろうによぉ! それをせずに雑魚共と馴れ合いしてるとはな!」


 戦闘中、ずっと表情一つ変えていなかったアサヒが、初めて眉を動かす。


「お前の話は聞いてるぜ。太陽を生み出す力を持っていながら、それを破壊にしか使わねぇイカレ野郎だってな! 故郷の連中を皆殺しにした挙句、あちこちの集落を焼き尽くして回り、五年前に姿を消したと聞いていたが……‼」

「……酷い言い草だな。だが、間違ってはいないか」

「信じられねぇ……お前の力を欲しがる連中は大勢いた。そいつら全員返り討ちにして、やってることがこれとはな……テメェみたいなクズは、俺がブッ殺してやる‼」


 男は両手を広げ、持てる全ての力を使い、最大火力の炎を生み出そうとする。アサヒに届き得る攻撃となれば、もうそれぐらいしかない。後先のことは考えず、全力を出して敵を倒そうとする判断は間違いではない。

 しかし、熱を高めている間、アサヒが指を咥えて見ていてくれるわけもない。アサヒは既に光の玉をその手に宿し、いつでも攻撃ができる体勢に入っているのだ。


「食ら────」


 男が炎を放とうとするよりも早く、アサヒは瞬時に距離を詰め、手にしていた光の玉を男の口の中に押し込んだ。


「ガッ……て、てめ……何を……⁉」

「欲しそうにしてたからくれてやった。腹を下さないように気をつけろ」


 男は慌てて自分の口の中に手を突っ込むが、アサヒが放った光は既に喉の奥へと転がり込んでしまった。


「ふざけ……」


 能力者本人が死ねば、その能力は解除される。その法則が頭に浮かんだ男は、すぐにアサヒへと手を伸ばす。

 だが今さら間に合うはずもない。体内に侵入した光が急速に膨張し始めて、閃光を放ちつつ、小規模ながら強力な爆発を引き起こす。どれだけ頑丈な皮膚を持っていようとも、体内に太陽を生成されては抵抗しようもない。


 男はその顔に悲痛な絶叫を貼り付けながら、断末魔すらあげる暇もなく、肉片一つ残さず消滅した。

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