第16話 ダンジョントンネル

 グレンダさんの店から鉱山街道を走ると、すぐにダンジョントンネルの入り口に着いた。


 ダンジョントンネルの入り口は、山の麓にある崖にぽっかりと空いていた。石造りの神殿のように崖の一部が装飾されていて、入り口の左右に松明がかかげてある。


 そばには小さな番小屋があるが、番小屋の中からは気持ちよさそうな寝息が聞こえてくるだけだ。番人は既にお休みらしい。


 ダンジョントンネルの入り口から下へ階段が続いている。月明かりで階段が照らされているが、階段の先は真っ暗だ。


 正直、ちょっと怖い。


 松明を一本拝借して、階段を一歩一歩下って行く。階段は石造りで、幅は広い。板を敷けば、車が一台通れそうだ。


「ふう」


 下に到着すると俺は息を一つ吐くと、ゆっくりと周囲を観察した。


 階段を降りた先はダンジョントンネル……のハズだが、暗くて分からない。松明を持った右手を大きく伸ばすと壁が見えた。石造りのゲームに出てくるダンジョンの壁に似ている。右の壁に寄って手で触れてみるとヒンヤリした。

 拳で叩いてみる。固い。普通の石と同じだ。


 反対側の壁に向かって腕を伸ばすと、松明の灯りに左側の壁が浮かび上がった。左側の壁も同じ造りで、ダンジョンの通路の幅は目算で四メートルといったところだ。地面も天井も同じく石造りで、天井までの高さも四メートル程度。


 松明の灯りが届く距離までは、ダンジョンの壁や天井が見えるが、松明の灯りが届かないと真っ暗だ。

 俺の感覚は、まだ、この世界に染まっていない。現代日本人の感覚のままだ。明るい夜に慣れた身では、この暗い通路を進むのには、かなり勇気がいる。


「行こう!」


 俺はワザと声を出して、怖さを紛らわせた。

 ダンジョンの通路を歩く、道はひたすら真っ直ぐだ。ダンジョントンネルと呼ばれるのが分かる。


 ちょっと歩くと、右手の壁に変化が見られた。壁の一部が赤いレンガで塞がれているのだ。

 俺は赤いレンガを触ってみた。赤いレンガは、ザラリとした手触りで、あまり良いレンガではなさそうだ。ホームセンターで打っているアンティークっぽいレンガに似ている。


 俺は、冒険者ギルドのアンジェラさんが話してくれたことを思い出した。


「ああ! 通路を塞いでいるのか!」


 ダンジョントンネルは、元々ダンジョンだ。踏破されダンジョンコアを取り外してある。そして、ダンジョントンネルを利用する人が迷わないように横に入る通路は塞いであると、アンジェラさんが言っていた。

 このレンガの壁は、塞いだ場所なのだろう。


 どうやら俺は暗い環境に慣れて、少し冷静になったようだ。

 冷静に考えてみれば、ダンジョンが暗いのは、ダンジョンのエネルギー源であるダンジョンコアを取り外したからだろう。暗くて当たり前だ。


「よし! ペースを上げよう!」


 俺はジョギングする程度の速度で走り始めた。松明を右手に持ち、方向感を失わないように壁沿いを走る。革製のブーツを履いた俺の足音と、規則的な呼吸音がダンジョントンネルの壁に反射する。


 どのくらい走っただろうか?

 時計もスマホもないので、正確な時間はわからない。三十分か? 一時間か? それとも、もっと長い時間なのか?


 進む先にうっすらと明かりが見えた。上方向から柔らかい月の光が差している。

 反対側のダンジョンの出口だ!


「やった! 出口だ!」


 俺は笑顔になり、喜び勇んで走るペースを上げた。

 タッタッタッとリズミカルに俺の足音がダンジョントンネルに響く。


 だが、同時に、リズムの違う硬質な音もダンジョントンネルに響いているのに、俺は気が付いた。硬質な音は、後ろから聞こえてくる。


 俺は足を止めて振り返った。


「っ!」


 かなり遠くの方に、火が小さく見えた。火の数は三つ。それとは別の火が二つ、急速に近づいてくる。金槌でコンクリートを叩いたような硬質な音も、こちらへ近づいてくる。


 ――追っ手だ!


 俺は出口へ向かって走りながら、時々振り向いて後ろを見た。

 遠くに見える三つの火は、森の中で見えた追っ手だろう。多分、俺と同じく徒歩だ。

 手前の急速に近づく二つの火が分からない。火の位置は地面から高い。そして、リズミカルな音が、さっきより大きく聞こえてきた。


 俺は走るペースを早めた。


 追っ手は、俺との距離を急速に縮めている。ボンヤリと追っ手の姿が見えるようになった。


「馬かよ!」


 急速に近づいてくるのは、二頭の馬だった。馬の上には、男が乗って松明を手にしていた。金属製の兜が松明の灯りを反射して不気味に輝く。


 俺は強く舌打ちする。


「チイイ! 馬を乗り入れやがった!」


 出口までは、あと少しだ。


 一瞬、全力で走って、ダンジョンの外で隠れようかと考えたが、このアイデアはダメだ。


 俺がおっちゃんの孫娘ソフィアを探していたことは、奴隷商人ホレイショから連中の耳に入っているはずだ。俺がダンジョンの外で隠れていても、連中はパラスマウンテン鉱山に向かうだろう。


 連中が先にパラスマウンテン鉱山に着いてしまう。その時に、おっちゃんの孫娘ソフィアが、どうなるか……。最悪の場合、始末されてしまうかもしれない。


 それに、馬から逃げ切れるか?

 出口までは、逃げ切れるかどうか微妙な距離だ。


 では、戦闘してヤツらを殺すか?


 いや……、それもどうだろう……。

 俺は人を殺した経験がない。


 ステータスが上がっているので、それなりに勝負出来ると思うが、俺が殺すことを躊躇して隙を作れば、勝負はどうなるかわからない。


 それにアニスモーン伯爵の手の者を殺めれば、アニスモーン伯爵と明確に敵対することになる。

 今の俺はアニスモーン伯爵にとって、『グレアム伯爵家の生き残りを探す怪しい男』だが、追っ手を殺せば、『明確な敵対者』になってしまう。


 アニスモーン伯爵は、躍起になって俺を探させるかもしれない。そうなっては、この世界で行動がしづらくなる。


 追っ手を始末するのは、あまり良い選択ではなさそうだ。


 そうなると、魔法使いグレンダさんにもらった水のスクロールか?

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