第5話 異世界生活の身支度
(これが俺の顔かよ! 一体どうなってやがる!?)
水面に映る俺の顔は黒髪黒目ではあるが、日本人の顔ではない。アメリカ映画にでも出て来そうな顔だ。
俺は確認するように自分の顔を触ってみるが、肌の質感も記憶と違うような気がする。
体を見回し自分の腕を掴んでみるとしっかりとした筋肉が付いていて、細マッチョと言った感じの体つきで、記憶の中にある俺の緩み切った体とは大違いだ。
もう一度、木のバケツの水面を覗き込む。
(ナイスイケメン! って感じだな……。ああ! それで女の人にやたら話し掛けられたのか?)
たぶんそうだろう。見ず知らずの女性に話し掛けられた上に、みんなやけにフレンドリーな態度だった。そんなことはこれまでの人生で一度も無かった。
異世界に生まれ変わって、それもイケメンに生まれ変わったからだとすれば納得だ。
(だけど……。良いのかな? 生まれ変わった……、異世界に転生したとはいえ自分の顔が違うんだぞ)
さっきまではイケメンに生まれ変わったことに喜びを感じていたが、罪悪感のような、何かズルをしてしまったような後悔に似た気持ちが込み上げて来た。
転生するにしても、何でイケメンに転生出来たのだろうか? ブ男や平凡な目立たない顔立ちの男に転生する可能性だってあっただろう。
(あ! おっちゃんが魔法陣に何かしてくれたのかな?)
あのダンボール箱に入っていた魔法陣。あれに転生の条件とかをおっちゃんが書き込んでいたのなら、イケメンに転生したのも肯ける。
おっちゃんと公園で酒を飲んだ時に、女にモテたいとか、イケメンに生まれたかったとか、酒の席だし言っていたかもしれない。
(ここはおっちゃんに感謝しておくべきだろうな。おっちゃんありがとう!)
井戸の横で手を合わせて、天国のおっちゃんに心の中でお礼を言う。
何か少し気持ちが落ち着いた気がする。
(そうだな。異世界に来たけれど俺は一人じゃない。きっと、おっちゃんが天国から見守ってくれているはずだ)
そう考えると何か心が暖かくなった気がした
天国のどこかのベンチにおっちゃんが座っていて、カップ酒を飲みながら俺のやることを見て、あーでもないこーでもないと勝手なことを言っている姿を想像した。
(ふふ。早く娘さんを見つけてやらなきゃな)
俺はすっかり気分が良くなって、何でも出来るような気がして来た。何とかやって行けそうな気がして来た。
それは錯覚や気休めの類なのかもしれないが、そう思える俺はきっと幸せなのだろう。
手と顔を洗って冒険者ギルドのカウンターに戻ると、薬草の査定が終わっていた。俺の薬草の買取を担当してくれたのは、最初に声をかけたおばちゃんスタッフだ。
「どれも採取の状態がとても良かったから買い取り額は、薬草一株五千クオート。五十株で二十五万クオートです。ギルドカードを出して下さい」
テキパキと説明してくれるが、イケメン効果は特に出ていないようだ。まあ、おばちゃんスタッフにイケメン効果は出なくても良い。
首から下げているオレンジ色のギルドカードを差し出す。
おばちゃんスタッフは俺のギルドカードを受け取ると、カウンター下に置いてあるスキルボードのような黒い板に俺のギルドカートを載せた。
おばちゃんスタッフが何か呟くとギルドカードが発光した。
「ギルドの登録料二万クオートを差し引いて二十三万クオートがギルドカードに入ってます。現金を引き出しますか?」
言っていることが良く分からないが、クオートと言うのは通貨単位だろう。
わからないのは、『二十三万クオートがギルドカードに入ってます』だ。どういうことだ?
俺が黙って考え込んでいると、おばちゃんスタッフが色々話してくれた。
「ギルドに登録をすると報酬をギルドが預かってくれます。このギルドカードをカウンターに出せば、現金を引き出せます」
どうやら銀行のような業務も冒険者ギルドはやっているようだ。大金を持ち歩くのは不安だし、おっちゃんの娘さんを探して他の町に行く時にも便利だな。
「あなたは新人でしょう? なら装備を揃えるのに全額下ろして行った方が良いですよ。お金が余ったら、またギルドカードに戻せば良いんですから」
俺はおばちゃんスタッフのアドバイスに従って、薬草を売った代金二十三万クオートを引き出すことにした。コインの入った小さな布袋を持って、俺は冒険者ギルドを後にした。
通りに出て壁際に立つ。他人に見られないように手早く布袋を開くと小さな金貨が二枚と大きめの銀貨が三枚入っていた。
(鑑定!)
【小金貨】【小金貨】
【大銀貨】【大銀貨】【大銀貨】
スキル鑑定を発動すると鑑定結果が出た。
どうやらこの金貨は『小金貨』と言う物で、銀貨は『大銀貨』と言う物らしい。
小金貨を手に持ってみると十円玉位の大きさだが厚みがあってズシリと重い。表面には美しいリーフ――木の葉をモチーフにした絵柄が刻まれている。
これが二枚入っていると言うことは、小金貨一枚が十万クオートか。
袋に小金貨を戻し、今度は大銀貨を持ってみる。
こちらは五百円玉と同じ位の大きさと厚さだ。小金貨程の重さはない。小金貨と同じリーフの絵柄が刻まれている。
こっちは三枚入っている。つまり大銀貨一枚は、一万クオートだな。
銀貨を袋に戻し、袋ごとシャツの下に隠し落ちないように手を添える。
スリや強盗の類がいるかもしれないので、この異世界に慣れるまでは用心しよう。
はたから見ると腹痛でも起こしたように見えるだろうが、全財産を盗まれるよりはマシだ。
冒険者ギルド近くの武器屋、防具屋、服屋、雑貨屋を何軒か鑑定しながら見て回った。
手持ちのお金には限りがあるので、二十万ギルドで装備や着替え、生活に必要な物を揃えて、残り三万ギルドは食事など当座の生活費に充てることにしよう。
冒険者ギルドで面接してくれたアンジェラさんのアドバイスに従って、装備や服は中古で揃えることにした。
まず装備品はこの二つ。
両方とも中古で見た目の程度も悪くなかった。
ハードレザーの革鎧 五万クオート
鉄のショートソード 七万クオート
革鎧はもっと安い中古品もあったが、傷も多くすぐ壊れてしまいそうだった。店員さんとも相談して新人冒険者に相応しいクラスで程度の良い中古品を選んだ。
こげ茶色の革鎧で、シャツを着るように頭を通して装備する。脇に合わせ目があり、革ひもで胴回りのサイズは調整できるようになっていた。
胸、腹、背中をしっかりガード出来るので、装備すると安心感が増す。
革は二足歩行の豚型モンスター『オーク』の皮をなめした物だ。軽い革なので新人には特にお勧めらしい。
正直、鎧が軽いのはありがたい。あまり重い鎧だと移動だけで疲れてしまいそうだ。
武器は鉄のショートソードにした。
店員には三万クオートの銅のショートソードを勧められたが、イメージ的に銅製の剣では頼りなく感じたのでパスした。
それに俺はモンスターを攻撃したことなどない。格闘技経験もないし、殴り合いのケンカもしたことがない。
生活する為とはいえこれからモンスターを倒す――もっと直接的に言えば、『メシの為に生き物を殺せるのか?』と問われると正直自信がない。
だから少しでも有利に戦闘が出来るように、ワンランク上の鉄のショートソードをチョイスした。
ショートソードと言っても、傘よりもちょっと長く手に持てばズシリと重い。武骨な造りで、美術品でなく、バリバリの実用品だ。
これを振り回すのかと思うと大変な重労働に感じる。
ショートソードの刃はコンビニで売っていた包丁レベルで、それほど鋭いと言う感じではない。店員さん曰く、剣自体の重さを使ってモンスターに叩きつけるのだそうだ。
メインテナンス用の油と、剣を装備するベルトをサービスして貰えた。腰に鉄のショートソードぶら下げると強くなった気分がするから不思議だ。
そして残り予算八万クオート内で服や靴等、身の回りの物を揃える。合計六万五千クオートかかったので、予算から一万五千クオート節約出来た。
残金は四万五千クオート。まだ手持ちの金に余裕がある。
買ったのは、どれも中古品だ。
革のショートブーツ 三万クオート
服上下2セット 二万クオート
背負い袋 一万クオート
タオル等の雑貨 五千クオート
革のショートブーツは、編み上げの頑丈そうな物を選んだ。
靴の中古と言うのは正直抵抗があったけれど、良く乾かしてあって手触りが良かった。
店員さんによると中古品で三万クオートは高い方で、かなり良い物らしい。
転移した廃屋からここまで裸足で歩いて来て痛感したことだが、靴は大事! 履物は超重要!
裸足で歩き続けて、足全体がだるく疲れた感じだし、土ふまずが張っていて痛い。あちこち擦り傷が出来て血がにじんで不衛生なことこの上ない。
だから靴には予算を掛けて、サイズの合うしっかりした物を選んだ。
そして服は靴とは逆に値段優先で選んだ。
高くて豪華なデザインの服を着てもしょうがないからね。
今の季節は夏の終わりらしいので、秋冬でも使える厚手の綿シャツと綿ズボンを各二着買った。
剣を振り回す時に邪魔になるといけないので、シャツは七分袖――肘からちょっと先で袖が切れているタイプにした。
シャツもズボンも茶色と黒の汚れが目立たなそうな物にした。
革のベルトが付いた丈夫な布製の大きな背負い袋を雑貨屋で買って、服やタオルを背負い袋にぶち込み買い物を終えた。
背負い袋が慣れない。スキル収納に、沢山荷物を仕舞えるようになって欲しい。
遅めの昼飯は、冒険者ギルド隣の定食屋で千クオート。残金は四万四千クオート。
まだ貨幣価値や相場が掴めてないので、定食千クオートが、高いか安いかはわからない。店員のおばちゃんオススメの定食は、何かの肉のステーキ定食だった。
牛ではない。豚ではない。鳥でもない。
何だかわからない赤身肉だが、この肉が何なのか考えたら負けだ。同じ人間が食べている物だから、食べられることは間違いがない。
とにかく栄養補給と言い聞かせて、無心で口に運ぶ。
(意外とうまいな……)
塩コショウが効いた濃い目の味付けは、満足出来るレベルだった。
硬めのパンを野菜スープにつけて柔らかくして、肉と一緒に口にぶち込む。付け合わせのイモはジャガイモみたいな味だった。
腹が減っていたこともあって、一気に平らげてしまった。
食事を終えて、冷静に考える。
今の時間は、感覚的には午後三時位だろう。夏なら日が落ちるまで、まだまだ時間がある。
これから一働き出来るだろうか?
(冒険者ギルドに戻ろう。短時間で出来る仕ことを探してみよう)
俺は再び冒険者ギルドへ向かった。
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