第22話 過去の記憶②

 父親の蒲田総一朗(かまたそういちろう)は働きもせずに昼間から酒を飲んでいるような男だった、臨時収入が入ればギャンブルに興じて、勝てば機嫌が良くなり寿司を食わせてくれた。母親はどんな女性だったか覚えていない、蒲田の物心が付く前に家を出たようだ。 


 そんなクズにも関わらずどういう訳か家には定期的に違う女が入れ替わるように訪れた、一DKのボロアパートの襖越しに女の喘ぎ声が聞こえることに慣れたのは中学生になって隣で行われている行為を理解してからだろう。


「あなたパパに似ていい男になったわねえ」

 総一朗が留守の時に訪れた香水臭い女にそう言われて童貞を捨てたのは蒲田が十四歳の時だ。

 酒は飲むが酒乱という訳ではないので蒲田にも暴力を振るったりすることは無かった、むしろ優しい父親だったと記憶している、しかし。


 こんな人間にはならない――。


 そう願っていた蒲田は真面目に勉強をしてまともな社会人になることを人生の目標としていた、実際学校の成績も悪くなかった。

 いつもの様に学校から帰ると襖が閉まっていたのでため息を付いた、真っ昼間から良くヤルな、と考えながらダイニングテーブルに参考書を広げて勉強を始める。

 

「これで最後にしてください……」

「だめだ、咲くらいの良い女は中々いないんだから」

「約束がちがうじゃない」

「だったらココに来なければ良い、その代わり蓮の事は分かってるよな?」 

 

 襖が開くと半裸の女はコチラを一瞥してから身なりを整えて逃げるように玄関の扉を開けて出ていった、今までに見た総一朗の女の中でも群を抜いて美しい女だった。


「見つかれば蓮に殺される」

 現実に戻されると蒲田はメモ帳に目を落としたが、そこには何も書かれていなかった。


「殺される?」

「なぜ私達があなたに近づいたのかわからない?」

 この半年間で蒲田の生活は百八十度変わった、それは目の前の愛美は勿論だが社長の二之宮高貴のおかげだろう。

 彼が自分の運命を変えてくれた恩人、生きる希望を与えてくれた人、一生懸命働いて社長に恩返しをして目の前にいる愛美を幸せにすると決意していた。


「殺される……」

 蒲田はもう一度つぶやくと愛美の言ったことを少しづつ理解していった、あの時レイプして自殺に追い込んだ娘の父親が、十年経って復讐にやってきたのだと。


「そんな、社長が、じゃあなんの為にこんな」

 こんなに自分に優しくしてくれたと言うのだ、殺すならすぐにでも殺すことが出来たはずだ。


「奪うために与えたのよ……」

  

 そう言った愛美の唇が震えていた、愛美との事も偽りだったのだろうか、信じたくない気持ちに現実に起きていることが追いついてこない、しかしよく考えてみればあまりにも自分に都合が良いことが続いていた。


「おじさんは伊東の家族を皆殺しにしたわ、本人だけを生かしたのは自分の味わった気持ちを伊東にも与えるためだと思う、きっとおじさんにとって死ぬより辛い事だったから」

 ニュースの詳細では男は心臓にナイフを一突き、絞殺した女性は強姦の痕があり幼児に至っては四肢と頭部がバラバラだったと言う。

 それをあの社長が、温厚そうに笑う彼の表情を思い出すと事件の当事者との関連がまったく想像できない。

 

「あなたを殺しに来るのは一之瀬蓮、おじさんの息子よ」

 蓮、蓮、どこかで聞いたことがある名前だが思い出せない。


「自分の状況が理解できた?」

 理解出来たのだろうか、まだ分からないことがある様な気がするが、何が分からないかが分からない。

「なんでこのタイミングで?」

 疑問に思ったことから聞いていくことにした。

「おじさんが伊東をこのタイミングで殺した理由はわからない、でもおじさんが殺されたなら蓮はあなたを生かしておく理由がないから確実に殺しにくるわ、十代のうちに必ず殺しにくる」

  

 十代のうちは何やっても大した罪にならねえからなーー。


 馬鹿笑いしていた伊東の顔を思い出した。


「じゃあ、愛美は、君はなんで俺を逃がすんだ?」

 話をまとめるならば愛美は社長側の人間という事になる。 

 彼女は組んでいた足を解いて蒲田の目を見つめてくる、気のせいだろうか泣いている様に見えた。



「あなたを愛してしまったから――」

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