第8話 伊東 陽一郎

「潮時かもな……」

 伊東陽一郎は小声で呟いた。

「何が?」

 蒲田は枝豆をつまみながらビールを飲んでいる、立呑屋で隣との間隔が狭いのであまり大きな声では話せない。

「悪さだよ」

「急にどーしたんだよ」

「お前、刑事にマークされてるぞ」

 スマートフォンを取り出すと蒲田に見えるように差し出した。

「ドラレコに映ってたコイツ、どうみても刑事だろ?」

 画面にはスマートフォンでなにやら電話しながらコチラを伺う背の高い男が映っている。

「お前の家をでた後につけられたんだよ」

「え?」

「えじゃねえよ、そう言えばなんで今日家に鍵かけてたんだ、DVD取りに行ったのに入れなかったじゃねえかよ」

「鍵? カギなんかかけた事ねえよ」

 あっという間に枝豆を食い尽くして、うまそうにビールを飲んでいる。コイツはバカだから自分が鍵をかけたかどうかも忘れちまうんだろう。

 そろそろ縁を切った方がいいかも知れないと伊東は考えていた、頭がぶっとんでいる蒲田は伊東が入れ知恵するとどんな犯罪にも手を染めた。

 破滅思考でもあるのだろうか、どこか投げやりな生き方は一緒にいると楽しかったがそれも十代までだ。

 蒲田に初めて会ったのは日雇いの仕事で同じ現場になった時だ、十七歳で現場仕事をしているやつは自分以外に今まで会ったことがない、まわりはくたびれた中年の親父ばかりだったので良い話し相手が見つかったと思った。


 俺は殺人犯の息子だ――。


 酔った時の蒲田の口癖だが本当かどうかはわからない、興味もなかったが本当ならコイツが投げやりな人生を送っているのも頷ける。


「こないだの女子高生で最後だ」

 蒲田が何か言いかけたが無視した、伊東はジョッキをカウンターに置くと、店を後にした――。

 

 最後にふさわしい最高の女だった、あの日、パチンコに負けた後ファミレスで蒲田と飯を食っていた。

 隣に座った二人組の女を見て蒲田が固まっている、確かに二人とも良い女だ。

「どうする、やるか?」

 蒲田に問いかけた。

「ああ」

「どっちにする」

「左だ」

 制服を着た方をご指名だ、伊東もそれに頷いた。

 先に会計を済ませると車に乗って待機した、三十分程で二人は店から出てくる、別れの挨拶を交わすと二手に分かれた。

「よし、一緒の方角じゃないな」

 伊東が言うと蒲田は無言で頷く、今日はやけにテンションが低い。

 ミニスカートから細い足が伸びた女子高生をゆっくりと車で後をつけた、少し進んでは止めてを繰り返し、ひと気がない場所で一気に距離を詰める。

「まいったな、こんな明るい道じゃ無理だろ」

「行ける所まで行こう」

 今日の蒲田は溜まってるようだ。

 しばらくするとコンビニが見えて来た、女はそのコンビニに吸い込まれていく。

「今日は厳しいかあ」

「ちょっと行ってくる」

 蒲田はワンボックスの後部座席を降りるとコンビニに走った、直接ナンパする作戦に切り替えたようだ。

 顔の良い蒲田はナンパして車に連れ込んだ後に強姦する方が得意だった、伊東には少し難しいだろう。

 コンビニから女が出てくる、失敗したかと思ったら少し遅れて蒲田が出てきた。女が少し暗い道に歩いていくと蒲田が声をかけた。

 何を話しているかは分からないが女は拒絶するような仕草だった、すると蒲田はいきなり女を羽交締めにする。

「あのバカ!」

 伊東は急いで車を出すと蒲田の横に車を付けて自動のスライドドアを開けた。

「ン――――――――――――!」

 暴れる女を羽交締めにしたま後部座席に乗り込んできた蒲田に、薬品を染み込ませたタオルを手渡した。

 素早い動きでタオルを女の口にあてるとやっと大人しくなった。

「お前っ、強引すぎるだろ、誰かに見られてねえだろうな」

「ああ、悪かった」

 制服のスカートから伸びる生足をみて興奮する。

「まあ良くやったよ」


 そこからはいつもの様に蒲田の自宅に女を連れ込んで覚醒剤を打つ、先輩にたまに流してもらう覚醒剤は貴重なので自分達には使わない。

 先輩にも「自分には使うなよ、人生終わるぞ」と釘を刺されている、女にコイツを打てば初めは嫌がっていた奴らも大抵自分で腰を振り始める

 しかしこの日攫った女は最後まで虚な目をしていた、薬が効きすぎたのかも知れない、たっぷり三発中出ししてやると、いつもの様に脅してから道端に捨てた。


 あれが最後――。

 

 何事も引き際が肝心だ。

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