第44話 明院の書状

 明院からの書状は、太政大臣に材木を国庫から理由を付けて買い占めよ、という内容だった。


「新しい施設の建立なんて理由を付けて、容易に太政大臣ならこなせる内容ですね。しかし、これで何をする気なのでしょう?」


「材木の値段の操作だ。太政大臣が積極的に材木を買う動きを見せれば、商人は、高値でも他から仕入れるだろう? そこに、自分達が、割高で材木を売りつければ、商人達は言い値で買う。特に、自国の力のある太政大臣が、早急に欲しいと命令を出せば、仕入れざるを得なくなる」


「しかし、青虎の国庫にはそんな割高な材木を大量に買う余裕はありませんよ?」


「そう。だから、多少だけ買って、後は買うふりをすればいい。買うと口約束だけ交わして、後で要らなくなったと言えば、損は青虎の国の商人達にふりかかる。これは、武器商人もよくやる手口。戦争が起こると噂を流せば、武器が売れる。そうすることで、多額の利が手に入るんだ」


「そんなことを……」


「商人の被った損は、巡り巡って、この国の損になる。そうすることで、この国の財力をじわじわと削ってきたんだろう。太政大臣はアホなのか? そのことで自分が儲かったとして、今後の国の経済が立ちいかなくなれば、結局は自分の首も絞めることになるというのに」


視野が短期的過ぎて、意味が分からん。本当に、これで長期に渡って国の経済を担ってきたというのか? と、西寧はため息をつく。


「では、どうしましょうか?」


「放っておく。買占めさせろ。逆にこの情報を元に、損をさせてやる」


明院から太政大臣への使者は放たれ、西寧が盗み見た書状も、無事に太政大臣に届いた。


 予想通り、太政大臣から、新しい演舞場の建設という名目で、予算案が提出される。最近、安定して国の財源。それを使う良い機会だというのだ。


「いらんだろう? そんな新しい演舞場など。すでに演舞場ならいくつもある。歴史的に価値の上がってきた物もある。それを正しく修繕して使う方が、何倍も価値があがるだろう?」

西寧が反論をいえば、


「これだから、新参者は政治が分からなくて困る。一々説明するのも面倒なのですが、いいですか? 新しい施設を定期的に建てることで、仕事が産まれるのです。仕事が産まれれば、それは国民の利益になり、立派な演舞場を持つことで、その国の威光が国外にも示せるのです」

と、もっともらしく太政大臣が理由をつける。


「そんな短絡的な。世の中にいらん仕事を作り続けても、いつか破綻する。それよりも、時流を読み、先々に必要なことを見極めて仕事を作る方が、遥かに利があるだろうが。時流を読んで、人員をそちらへ緩やかに移行させて、必要なところに必要な経験のある人材を作り続けるのが、上部の仕事だ」


 無駄だと分かっていても、つい西寧は、異論を唱えてしまう。

 裏に明院の思惑があると分かってはいても、西寧が血のにじむような努力で増やした財源を、無駄なことに湯水のように使われるのは、やはり腹が立つ。


 ……たしかに……。太政大臣の息のかかった文官が、ポツリとつぶやく。

 ジロリと周囲に睨まれて、それ以上は何も言わないが、西寧は見逃さない。


「あれは、孝文こうぶんという男ですね。葉居のところに居た時に、見たことがあります。有能ですが、赤虎せきとらの国からの移民で出世は思うようにできず、薄給で大臣の秘書官のような仕事をしております」

西寧が、文官が気になっているの見てとって、壮羽が耳打ちする。


 会議は、賛成多数で新しい演舞場の建設を決定して終わった。

 茶番だ。ほとんどの文官が、太政大臣の息がかかっている。国庫を動かすようなことは、太政大臣の意向を無視しては決められなくなっている。


 だから、西寧は、自分に与えられた予算を元に、自分のやりたい事業を起こしているが、それでは、やはり大規模な動きをやるには、金が足りない。それなのに、国にとって利の少ない事業にばかり金が費やされてしまう。いらだちは抑えられない。

 

 だが、これで、一つ。太政大臣と明院に一泡ふかせてやれるだろう。

 西寧の仕掛けた罠に、太政大臣は気づかなかった。

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