第14話 呼び出し
魔王の唯一の婿候補になった俺の名前は魔王国内に轟き、魔宮殿での注目度は更に増すことになった。
そう聞くと良さそうに聞こえるが、俺が武官ではなく文官であることや、契約悪魔を連れ歩いていないことを馬鹿にする輩がいるのも事実だ。
魔族の中では悪魔を使役したり、対等な契約を交わすことで一人前と認められるらしい。
鬼人族は悪魔と契約なんてしないし、前例もない。
それなのに、「魔王様の婿候補ともあろうお方が悪魔の一人も従えていないとは……」と各所からうるさいのだ。
突然、悪魔と契約をしろ! なんて言われてもピンとこない。
多種族同盟軍の中にも契約者はいなかったし、魔王国でも契約方法なんて聞いたことがない。
面倒をみてくれているクシャ爺でさえ、教えてくれていないのだから俺には不要と思われていたのだろう。
そんなことを考えながら書類業務を進めていたある日、魔王に呼び出された。
「楽にして構わないわ。ここには余とあなたしかいないのだから。それに防音魔法も完備しているわ」
初めて訪れる魔王の部屋。
七つあるとされる居室の一室――ダイヤの部屋へと通された俺はその内装に圧倒された。
さすがにダイヤモンドだらけというわけではなかったが、代わりに壁全面が鏡になっていた。扉、天井、床までも全て鏡張りだ。
つまり、死角がない。
360°どの角度からも見られている。まるで丸裸にされている気分だ。
だが、それは魔王も同じこと。
奴は丸腰。
服装は薄紫のゴシックなドレスで武器を隠し持っている様子はない。
俺が間抜け面を晒して部屋を見回していると、魔王がクスッと笑った。
あの魔王が、だ。
いつも他者を見下すような冷ややかな目を向けている彼女が笑ったのだ。
俺の中で激震がはしった。
「鏡を見るのは初めて?」
な、なんだ、その清純無垢な声と話し方は!?
ますます混乱する俺のことなんか無視して魔王は壁を見ながら自分の角に触れた。
まるで前髪を直す女子のような手つきだ。
「そういうわけではないのですが。ここまでの部屋は初めてで」
「だよね。余もやり過ぎかなって思うよ。でも、これだと隠し事ができないでしょ?」
にんまりと笑う魔王。
なんだ、この威圧感は……。
あの傲岸不遜の魔王と、こっちの魔王。どっちが本心だ?
どっちが演じている方だ?
んー? と可愛らしく小首を傾げながら、指をあごに当てていた魔王がとんっと足音を鳴らす。
「なっ!?」
次の瞬間には彼女の碧色の瞳が目の前にあって、俺を見つめていた。
「あなた、本当に鬼人族?」
――正体がバレた!?
ここで殺すべきか。
ボーンちゃんが言うことを聞いてくれれば、ワンチャンあるか。
それとも呪具のネックレスで。
「余の知ってる鬼人族と違うんだよね。余、鬼人族好きじゃないんだけど、ツダからはいい匂いがする」
更に顔を近づけて、すんすんと小さな鼻を動かす魔王。
彼女の碧色の瞳の中には、動揺しまくっている俺が写っていた。
どうする。
嘘をついても看破される。
正直に話したら、正体がバレて殺される。
――迂闊過ぎたっ!!
俺の馬鹿野郎!
何をのこのこ呼び出されてるんだよ!
「お、俺は……」
嘘は見抜かれる。
それなら、嘘に本心を混ぜるしかない。
「俺は一族からはぐれたので。それに、ダークドラゴン族に育てられたようなものなので」
ふーん、と魔王が天井の鏡を見る。
そして思い出したように、にっこりと微笑んだ。
「クシャリカーナの子だよね。ずっと、一緒なの?」
「そうですね」
「鬼人族に戻りたいと思う?」
「特に思いません。でも魔王様のご命令とあれば、居住区には行きます」
「やっぱり余の考えが読めるとしか思えないんだよね。本当に鬼人族?」
同じ質問を繰り返す魔王に苦笑いで応える。
「辺境伯って言葉、知ってる?」
「おおまかにですが、国境の警備を任せる役職ですか」
「そうそう。それ、作りたいんだよね。この国おっきいじゃない。余、管理できないんだよね」
とんでもない爆弾発言。
とても傲岸不遜の魔王とは思えない弱気な言葉に目を
「これナイショにして。知られると魔王のくせにって叱られちゃうんだ」
両手を合わせてウインクする魔王には傲慢の欠片も感じられない。
「辺境伯の称号を鬼人族に与えると?」
ビンゴ! と言うように魔王はパチンッと指を鳴らし、「鬼人族っていうかツダに」と付け足した。
それは悪手だ、なんて指摘はしない。
俺としては好都合だ。
魔王が管理できない地方の管理権を委ねられるなら、俺は時間をかけて独立国家を作る。
魔王国は仲良しこよしの集まりじゃないから、連中を焚きつけるのは簡単だろう。
「俺なんかでよければ」
仰々しく跪き、魔王の手を取って甲に口づけすれば、ぴくっと手首に力が入ったのが分かった。
「じゃあ、そのために言うこと聞いてね」
あ、これマズったかも……。
途端に魔王の雰囲気がどす黒く染まり、存在感が何倍にも膨れ上がったように感じた。
「ツダに二つの命令を下す。今すぐに取り掛かりなさい」
あぁ……さっきまでの清純な彼女は何処へ。
「一つは悪魔と契約なさい。どんな悪魔でも構わない。ただ、上位であればあるほど良い」
「鬼人族でも悪魔と契約できるのでしょうか」
「もちろん。奴らが好まないだけよ。その気になれば人族だって契約できる」
そうだった。
俺は行ったことないけど、悪魔付きと呼ばれる奇人の集まる国があるとかなんとか。
「分かりました」
めっちゃ怖いけどやるしかねぇ。
これも元の世界に帰るためだ。
「二つ目は――」
魔王の存在が小さくなるような感覚。
「二人きりのときは余を名前で呼べ」
なに、この可愛い生き物。
確かにこの人の名前知らないけどさ。
「恐れ多くも、魔王様のお名前を存じ上げません」
静かに盗み見れば、魔王はぷくっと頬を膨らませ、不満を爆発させる寸前のようだった。
「……余、魔王なんだけど」
「魔王だからこそですよ。みんな名前を呼んでいません」
魔王はへの字にしていた口を結び、少し怒った様子で告げる。
「レイラルーシス・ジ・ブラッドローズ。今すぐにこの名を記憶に刻みなさい」
よっしゃ!
魔王の名前ゲット!!
二度と忘れるかよ!
俺たちが倒すべき敵大将の名前なんだからよ!
「では、レイラルーシス様とお呼びします」
「レイラで構わないわ。敬語も不要よ」
これで二つの命令は聞いた。
さっさと帰って、フルーレ辺りに悪魔との契約について聞こう。
でも、その前に帰郷したい。
俺はご遺族に会えないけれど、この情報を伝えた上で勇者イグニスタンのことを謝罪したい。
「じゃあな、レイラ。また呼んでくれ」
俺は命令に従って名前を呼び、踵を返す。
そして、半分ほど開けた扉の隙間に体を滑らせて退室した。
「あと、絶対に浮気は――」
バタンッ!
それは三つだ。
俺は二つの命令を聞き入れた。それ以外は知らん。
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