第10話 ほろ苦い
俺は人族としては死者も同然。
お偉いさん方からは人目につくことも、人と会話することも禁じられているが、そんなことを律儀に守っていては買い物なんて出来ない。
俺はクシャ爺のために黒い食べ物と飲み物を買い漁らないといけないのだ。
早速、テグスン国の首都を離れるために移動を開始する。
空は赤みを帯びて明るみ始め、闇の眷属たちの時間が終わった。
人気の無い裏通りに入り、フードを脱いで深呼吸。
「すっかり昼夜逆転の生活に慣れちゃったな。眠いや」
いつもなら就寝の時間だ。
これから活動を開始する人間に会わないように、簡易転移魔法の宿った指輪を朝陽に照らす。
指輪の向こう側には一件の建物――俺が拾われた孤児院がある。
生まれたときから天涯孤独だった俺を育ててくれたことには感謝しているが、苦い思い出しかないのも事実だ。
俺を無能だと言って働き詰めにして、15歳で追い出したシスターたち。
勇者だの、騎士だの、魔法使いだの。孤児だったとしても才能を開花させて、俺を馬鹿にした挙げ句、出て行った同年代の子供たち。
もちろん良い子もいたが、そういう子は貴族様と養子縁組をして孤児院を出て行ってしまう。
あいつらが今どこで何をしているのか分からない。
もしかすると、すでにこの世にいない可能性だってある。
――だからもう気にしていない。
そう自分に言い聞かせて転移魔法を発動させた。
◇◆◇◆◇◆
首都から離れ、小さな町へ移動した俺はフードを被ったまま入店して、手当たり次第に商品をカゴに入れた。
そして会計をして、次の店へ。
最後の買い物を終えて、指輪に込められた簡易転移魔法を発動させる。
地面に描かれる魔方陣の中に大量の購入品を入れてつぶやいた。
「座標、クシャリカーナ」
眩い光の後に続いたのは、凍えるような風が頬を撫でる感覚だった。
「今日はやけに遅かったではナイか」
俺は巨大な風呂敷と一緒に老龍クシャリカーナの背中にいた。
「次にいつ戻――潜入するか分からないからな。買い溜めだ。人族の主婦がよくやってるんだ」
「ほほウ。貴様も人の生態ヲ真似るようになっタカ」
そんなわけあるかい。
「それにジジイどもの話が長かった」
「あぁ、多種族同盟軍の剣聖どもカ」
剣聖――剣の道を極めた者だけが辿り着ける究極の境地。
それがあの場にいたっていうのか。
となると、剣聖ってのは帯剣していた白髪のジジイか。
「なぁ、師匠。あんたは人族の女神について何か知ってるのか?」
「知らヌ」
「じゃあ、初代魔王様に癒えない傷を負わせた勇者については?」
「それならば知っているゾ。奇襲後、仲間を逃がすタメに一人で魔王宮に残った勇ましき人間ダ。その勇気に敬意を表し、奴の
興奮しているのか、どんどん声が聞き取りにくくなる。
「死体はどこにある? 魂は……魂はどうなった!?」
「冥界ノ更に下。何人タリとも辿り着けヌ、深淵よ。魂はきっと天上界だろうナ」
天上界なんて場所が存在するのか。
それが俺の住んでいた世界の別名でいいんだよな!?
「……その勇者が逃がした仲間ってのは?」
「さぁ、知らぬな」
クシャ爺の興奮が冷めた。嘘を吐いている時の悪い癖だ。
「そっか。そういった昔話をされただけだ。あ、目標は達したぞ。人族の勇者は必ず
「ご苦労であった。高みの見物と参ろうではナイか」
「俺はどうすればいい?」
「そのまま魔宮殿に潜んでいロ。お前は何もせずに書類の鬼と化セ」
いつも通りで構わないってことか。
「時にツダよ。お前は女に興味はないノか? 管理局のメスには手を出さなかったソうだが」
「ないわけじゃない。でも、異種族ってのはちょっと……。せめて、もっとヒト寄りがいいなとは思う」
「では、貴様も魔王の婿に立候補するカ? 我は止めはせんゾ」
「遠慮しておくよ。魔王様が欲しているのは強い男だろ。俺なんかザコだし」
「……ちと、虐メ過ぎたカ」
「なんだって?」
風に流されて聞き逃したクシャ爺の呟きを聞き返したら、はぐらかされた。
「まぁよい。貴様は何もするナ。賽は投げられタのだ。ツダの手によってな」
あー、ヤダヤダ。
これで万が一にも勇者が
…………どっちに?
魔王軍の化け物どもに「余計な提案をしやがって!」って殺されるの?
それとも鬼人族として多種族同盟軍に囚われて、「この闇の眷属が!」って殺されるの?
どっちも嫌だな。
せめて、多種族同盟軍に捕まったときは、さっきのジジイ三人衆(一人はババア)は助けてくれよ。
これで死んだら元も子もないんだからさ。
そんなことを考えている間にクシャ爺の住処である魔王国の北東部の小屋に着いた。
揺れもなく着地し、人の姿になって首をコキコキ鳴らす黒髪のじいさんドラゴンの家に荷物を搬入して俺の仕事は終わりだ。
「ツダ」
渡されたコーヒー(カフェオレ)を一口啜る。
クシャ爺もコーヒー(ブラック)の香りを嗅いでいた。
「これで我の寿命がまた延びる」
「カフェインの過剰摂取には注意しろよ」
「カカカ。このぶっ飛ぶ感じがたまらんのだわい」
ダメだ、このドラゴン。
「シチューを食っていけ」
「まだ時間もあるし。じゃあ、遠慮なく。あと、ちょっと寝たい」
「完成まで寝ていろ。起こしてやる」
こいつは
それなのに、人族が俺にかけてくれなかった言葉をたくさん与えてくれる。
ちなみにだけど――と声をかけると、クシャ爺は俺の質問を最後まで聞かずに「ビーフだ」と短く答えた。
「俺、ホワイトシチューの方が好きなんだけど」
「そんな軟弱者に育てた覚えはない」
なんだよ、それ。
シチューに勝ち負けはねぇぞ。
俺は初めてホワイトシチューを見た時のクシャ爺の苦い顔を思い出しながら、眠りに就いた。
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