津田くんは元の世界に帰りたい 〜【急募】魔王国に潜入中の俺が鬼人族に成りすましている人間だとバレない方法~
桜枕
第1話 生まれ変わった日
「転生者、
突然だが、俺はこの血生臭い世界に転生した一般人だ。
そんな俺が人間として死んだ話を聞いてくれ。
俺が転生させられた異世界は何百年も前から人族と同盟を組んだ多種族と、魔族に従属する種族が争い合っている。
その昔、初代勇者と呼ばれる特別な人間と各種族の猛者たちが魔王城に奇襲を試みた。
結果的に強襲は大成功。
まさか上空から人間が降ってくるとは魔族側も予想外だったのだろう。
しかし、魔王の暗殺には失敗した。
戦場は敵国のド真ん中。
デーモンだの、ヴァンパイアだの、アンデットだの。とにかく強敵がうじゃうじゃいる中に突っ込んだのだから生還は絶望的だった。
魔王城最奥での戦いは熾烈を極めた。
死にゆく仲間たちの亡骸を越えて、命が続く限り剣を振るい続けた勇者と、絶対的な力で彼らを追い詰める魔王。
命が失われる直前、初代勇者は最後の力を振り絞って魔王に一矢報いた。
弱体化した魔王は後の勇者たちによって討たれ、世界には平和が訪れた。
というのが、この世界に語り継がれている伝説だ。
子供たちはこの話を聞き、立派な戦士として、あるいは優秀な軍師として、戦場で手腕を振るう。
かくいう俺もその一人だ。
ただ、魔王が討伐されたからといって平和が続いたわけではない。
魔王の死は更なる悲劇の幕開けだったのだ。
新たな魔王が出現して、活気づいた魔物たちが人里に進軍を再開。多種族同盟軍は大打撃を受けた。
そこから更に年月が経ち、多種族同盟の精鋭たちは二代目の魔王も撃破した。
が、最近になってまたしても新たな魔王が出現した。
まるで雑草の如く。
まだまだ争いは終わらない。
だからこそ、情報が必要なのだ。
同族を守るために、魔族を葬るために。
「――というわけで、きみにはスパイとして魔王軍に紛れ、情報を同盟軍に流して欲しい。これは固有スキルを持つきみにしかできない任務だ。勇者よ、英断を!」
俺の前にはハゲ頭が三つ横並びになっている。
場所は人族を筆頭とする多種族同盟軍総本部の一室。
窓から差し込む光を反射して煌々としているハゲ頭を見つめる俺の気持ちを察してほしい。
「嫌です。まだ死にたくないんで」
さっき彼らは俺のことを勇者と言っていたが、断じて俺は勇者ではない。
ただの成り損ないだ。
ここでの勇者とはジョブを指す【勇者】ではなく、勇ましい者という意味。要するに生贄だ。
俺は親がいない孤児で、今世の名前すら知らない。だから前世の名前を名乗っているわけで、転生した初っ端から人生ハードモードを強いられている。
俺がどこで、どんな生活をして、どんな末路を辿ろうとも、悲しむ人も弔う人もいない。だから俺に白羽の矢が立ったのだろう。
そんなことを考えながら、テーブルに置かれたグラスに目を落とす。
俺が人族のスパイだってことが魔族にバレたら即刻殺されるんだろうな。
で、俺へのメリットはなんだ?
「そなたには元の世界への切符を用意しよう。女神様には一度会っているのだろう?」
あの綺麗な神さまね。
現実の世界で死亡した俺をこの世界に転生させた張本人だ。
俺はこの世の者とは思えないほど美しい女神に一度だけ会ったことがある。
目を奪われる美貌と一緒に彼女の言葉も思い出した。
『異世界への転生は片道切符。ですが、この世界に貢献すれば、切符はあなたの手に現れるでしょう』
今、まさにこのタイミングこそが切符を手に入れるチャンスということですか。
「そんなに簡単に用意できるのか? 女神の力を人間が扱えるとでも?」
「女神様は常に我々を見守ってくださいます。そなたが愚痴を漏らしたことも全て承知されています」
「それに、あなたが元の世界に戻るためにはこうするしかないでしょう」
「もう【勇者】にはなれないのだから」
ハゲの三連コンボを食らい、俺はたじろいだ。
「さぁ、我ら多種族同盟軍のために」
「今こそ女神様に与えられたスキルを有効活用するのです」
「【勇者】でなくても世界を救えるのだ、と迷える者たちに導きを」
こんな世界なら転生したくなった。
両親もいない、名前もない、【勇者】にもなれない、仲間にも恵まれない。
こんなことなら元の世界で平凡な日々を過ごしていたかった。
転校ばかりで友達ができなかったとしても、ここよりはずっとましだ。
やるしかない。
このくそったれな世界から逃げ出す手段がこれしかないのなら――
「分かった。内側から魔王国をぶっ壊して、元の世界に帰してもらう」
にやりと。
多種族同盟軍のお偉いさんたちが笑ったような気がした。
「きみの勇気に最大限の敬意を表する」
その日、俺の名前は人族の生存者リストから消えて、慰霊碑の末席に加えられた。
こうして俺――多種族同盟軍に所属する転生者、
そして、生まれ変わった。
はぐれ鬼人族の、ツダとして。
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