【061】劇場版AI彼女 ~救出せよ!ハーレムヒロインズ!~

 目の前には湯気を立てる即席の鍋焼きうどん。ステンレスのマグカップに取り分けられたそれを口に運べば、海を泳いで冷えた体につゆの熱さがじいんと染み渡る。

 敵地に居ることを一瞬忘れ、ほうっと息を吐くオレの隣では、漆黒のレザースーツに身を包んだ猫耳女子のラムダが自身のマグカップを必死にふーふーしている。猫舌なら素直に猫缶か何か食ってればいいのに、それでも皆と同じメニューを食べたがるのがコイツの可愛いところだ。

 夜空には朧月おぼろづき、BGMは岸壁に打ち寄せる波濤。簡易コンロの小さな炎越しに、河童娘の流々子るるこが震える俺達を笑ってくる。


「やっぱ、人間も猫娘もヤワだっぺ。オメー達も河童ならよかったのに」


 全身黒ずくめのオレとラムダに対して、隠密行動する気があるのかと突っ込みたくなる緑色のウェットスーツ。とはいえ、オレ達の腕を引いて海を渡った功績にこの飯テロまで加われば、今夜のMVPはコイツに決まったようなものだが。


「パーティ全員が水遁すいとん型だったらバランス悪すぎんだろ」

「ボクは代わりに夜目よめが利くからいいんだにゃん」

の嫁だけに、ってか?」


 鍋代わりの甲羅(取り外し式)から直にうどんをすくいながら、自らの駄洒落でからからと笑う流々子。

 ちなみに、この文脈における嫁とは「長門は俺の嫁」とかのアレだ。どこで覚えたのか、この河童娘のネット知識はどれも絶妙に古臭い。まあ、令和にもなって土萠ほたるセーラーサターン漬けのオレも人のことは言えないけど。


「って、流々子。なにで食ってんだよお前」

ふな幽霊ゆうれいから貰った柄杓ひしゃくだっぺ!」

「意地でも箸は使わねーのな」

「日本酒だってますで飲んだりすんだから、問題ねえっぺ」


 デカい胸を張って言い切る河童娘の向かいでは、猫耳女子がうどんを犬食いならぬ猫食いして「熱いにゃ!」とか言っている。器がマグカップなので普段より幾分マシな絵面だが、こっちは突っ込むとキリがないので放っておこう。

 ちなみにオレが箸代わりにしているのは、現代忍者の七つ道具の一つ、防水マグライト型万年筆(スペツナズぼう手裏剣しゅりけん内蔵式)だ。初期型AI女子のコイツらと違ってオレは文明人だからな。麺を手掴みで食ったりはしない。


「んな話してたら飲みたくなんだろ」

「じゃあ、無事帰ったら皆で酒盛りだにゃ!」

「酒盛りはいいっけど、酔ったセイラのジャイアンリサイタルは勘弁だっぺ」


 流々子の毒舌に苦笑いするオレ。この三人だけでの食事は久しぶりだが、うどんの温かさと小気味いい掛け合いが、実戦を前に昂ぶる気持ちを程よく弛緩させてくれる。腹が減っては戦はできぬとはよく言ったものだ。

 昔のしのび干飯ほしいいやら兵糧丸ひょうろうがんやらで空腹を満たしたらしいが、QOLを旨とする現代忍者のミッションには、士気を高める携行食レーションと適度な笑いが欠かせない。


「うおォン。オレはまるで人間火力発電所だ!」


 カップに残ったつゆを一気に飲み干し、熱い喉でオレが叫ぶと、妖怪女子どもが揃ってジト目を向けてきた。


「もっと松重まつしげさんっぽい声色で言わなきゃにゃあ」

「るっせーな。オレは原作派なんだよ」

「それ以前に、皆で食ってる場で『孤独こどグル』パロディはヘンらろ」

「ぜんぜん孤独じゃないのにゃあ」


 その何気ない一言に、この輪の中に居るべき「もう一人」の顔を思い返し、オレはテンションを臨戦態勢へと引き戻す。

 そうだ、孤独に助けを待っているのはの方。内偵作戦の定時連絡が途絶えて三日。安否の知れないアイツを救い出し、敵を壊滅させて四人で帰還するのが、今夜のオレ達のミッションなのだ。

 そんなオレの顔色を察したのか、河童と黒猫もふいに真面目な顔になって食器を置いた。


「大丈夫。もう一人ぶんの材料はしっかり残してあるっぺ」

「四人で帰って祝勝会だにゃん」

「ああ、絶対アイツを救い出す。あんなのでもオレの恋人だからな」


 少しくすぐったいその言葉を口にすると、たちまち二人が噛みついてきた。


「聞き捨てならないにゃん! ご主人さまの本命彼女はこのラムダだにゃん!」

「最古参はオラだっぺ! ハダカのテクニックならラムダにもセイラにも負けてねえっぺ!」

「だからそれ相撲の話だろ!」


 数奇な縁(※主にAIアプリへの入力ミス)から始まった、男一人と女三人の奇妙なハーレム生活。僅かな間に数え切れないほどの混沌があったが、今ではきっと、この四人での時間が永遠に続いてほしいと全員が思っているに違いなかった。

 某音柱おとばしらよろしく、しのびなら嫁の三人くらい居て一人前。そして、その生き様にならうなら、パートナーの命は何より優先されるものなのだ。

 だから必ず救い出す。オレの、オレ達の全てを懸けて。



 ◆  ◆  ◆



 無数のトラップをかいくぐり、警備の未確認飛行物体U F O型ドローンをことごとく撃ち落として、断崖絶壁の要塞に突入したオレ達三人。その前に立ち塞がったのは、モアイ像の顔に手足を生やしたような、身の丈二メートル程の不気味な巨像だった。

 AI搭載型の自律ゴーレムか。『ぬ~べ~』にこんなの居たな、と思いながら、巨腕の攻撃をかわしてオレは飛び退く。背後で河童娘の声がした。


「ここは任せて、先に行くろ!」

「流々子!」

「大丈夫、伊達に相撲は極めてねぇっぺ!」


 見れば、流々子はモアイの突っ張りを軽々受け止めたかと思うと、左右の腕を交互に伸ばして張り手の連打を打ち込んでいる。見る見るうちに敵の巨体は土俵際。本人が言う通り、ここは任せてよさそうだ。


「よし、行くぞ、ラムダ!」

「にゃん!」


 黒猫娘の暗視能力で赤外線トラップを避けながら、オレ達は暗闇の通路を駆ける。けたたましい警報音が耳をつんざいた直後、空間が捻じ曲がるような衝撃とともに、オレとラムダは見えない力で後方に吹き飛ばされた。


「うっ!?」


 即座に体勢を立て直し、現れた敵影めがけて棒手裏剣を射出する。サイケデリックなフードを纏った敵の寸前で、それはスプーン曲げのようにぐにゃりと捻じ曲がって床に落ちた。同時に飛びかかったラムダが再び見えない壁に押し戻される。あれは念力、超能力兵士か――!


(物理攻撃が通じないなら――)


 ラムダを庇う形で前に出て、オレは胸の前でいんを組み、即座に気力チャクラを練り上げる。


火遁かとん忍法! ともえ火垂ほたる!」


 渦を巻いて解き放たれる火焔の奔流が、瞬きよりはやく敵を飲み込んだ。

 黒焦げになって倒れる敵を横目に、ラムダが呆れたように肩をすくめる。


「ご主人さまのほたるちゃん萌えもよっぽどだにゃ」

「まあ、この技はどっちかって言うとマーズだけどな……」


 再び駆け出すオレ達。ラムダの体術とオレの炎で群がる敵兵をなぎ倒し、包囲網を突破して要塞の深奥へとひた走る。


「でも、ご主人さまを一番愛してるのはラムダだにゃん」

「どーだか。お前、こないだも敵に釣られそうになってたじゃねーか」

「あ、あれはノーカンだにゃん! マタタビに抗えなかっただけで――」


 っと、赤面する猫娘をイジっている場合でもなさそうだ。通路を駆け抜けて辿り着いた先、広大な実験場らしき空間が本物の火の手に包まれている。その中で、鳴り続ける警報音とまばゆいサーチライトに囲まれ、無数の敵兵を相手に孤軍奮闘している人影が見えた。

 漆黒のしのび装束しょうぞくが忍者刀を一閃するたび、やいばに映る敵影が一つまた一つと倒れていく。炎と血煙の中、オレ達を振り返ったその影は――


っ!」


 その姿を認めるやいなや、ラムダが敵達の存在も気にせず彼に飛びついていた。直後、追いついてきた流々子も、彼の安全を知って歓喜の声を上げる。


!」


 そう、救出作戦なんて銘打ってみたが、コイツがそんじょそこらの敵に後れを取るはずがない。独力で敵と渡り合っているであろうことは、オレ達全員が信じていた。

 乱戦に合流したオレ達三人に、一騎当千の忍者マスターがさらりと言ってくる。


「おう、流々子、ラムダ、サタ子。遅かったな」

「だから、サタ子はやめろって言ってんだろーが」


 女性陣のチームワークもなかなかのものだと自負しているが、やっぱりハーレムのあるじのコイツが入ると一段と空気が引き締まる。

 肌を刺す戦意オーラに敵達がおののくのが見て取れた。四人揃えばオレ達は無敵。多勢に無勢でも負ける気がしない。


「譜面が完成した! 勝ちに行くぞ!」

「彼氏さ、また音柱の台詞パクってるっぺ」

「猫ふんじゃったの譜面なら御免だにゃ」


 お決まりの軽口の応酬にふっと口元を吊り上げながら、オレも本領発揮とばかりに、自慢の得物えもの、マイク付き大鎌デスサイズを振りかざす。


「地獄のライブの始まりだ! オレの歌を聴きやがれぇ!」


 主が土星サターンの綴りを知らなかったせいでハーレムに召喚されてしまったオレ、悪魔系デスメタル女子のSEIRAは、トレードマークの舌ピアスを見せつけ、AI仕込みの音響攻撃デスボイスを戦場に響かせるのだった。



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(本文の文字数:3,495字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」)

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