【018】ニンジャ、戦い、そして鍋焼きうどん【残酷描写あり/暴力描写あり】

 スイは丘の上から村を見渡した。


 からす濡羽ぬれば色の美しい髪を長く伸ばし、うなじでくくった彼女は、まだ若いがこの村のおさを任されている、れっきとしたニンジャである。伝説の水妖『河童』の血を引くことを示す青緑の肌は、妖しい魅力を秘めていながら、スイはいたって真面目で正義感が強い女性だった。


 水の魔法を得意とするニンジャであり、村長むらおさである彼女は、この村をあらゆる脅威から守ることを任されていた。そして今、新たな脅威が迫っていた。


「難しい顔だねぇ、スイ」

「コクヨウ」


 スイは足元に擦り寄ってきたコクヨウを抱き上げた。コクヨウは昨年この村に住み着いた物を言う黒猫である。なぜ喋れるのか、どこから来たのか、など素性は何もわからないが、この村に居ついて村人に残飯をもらって暮らしている。


「またアワイのことを考えているのかい?」


 アワイと呼ばれる謎の集団は、恐ろしいほどの力と野心を持って最近になって台頭してきた。死者を自在に操るとか、地底の獣を呼び出すとか、そのような噂は聞いていた。近くの村がアワイの支配下になったのだとか。スイは村を守る責務を果たすにあたって、アワイの情報を集めたかった。それなのに偵察に出したニンジャたちが一人も村に帰ってこない。考え込んでしまうのも当たり前のことだった。


「……この嫌な予感が、当たらなければいいのだが」


 スイはポツリとこぼした。


 その瞬間、地面が激しく揺れ、スイとコクヨウはバランスを崩す。コクヨウはスイの腕をのがれ、毛を逆立てた。


「ああ、もう! 私の嫌な予感はいつも当たる!」


 遠く、村の方から土煙が上がっているのが見えた。土埃が晴れれば、目が光り、手足がねじ曲がった奇怪な生き物の大群が現れる。アワイの群れが村を襲いに来たのだ。


 スイは剣を抜き、足元のコクヨウを見やった。


「コクヨウ、私はこの村を守らなければならない。君はどこで生きようと自由だが、一緒にいてくれると嬉しい。覚悟はいいか?」


 黒猫はうなずいた。一人と一匹は、一緒に村へ向かって走った。


 村のはずれに着くと、アワイはすでに防御を破り、建物や人々を破壊していた。スイの仲間のニンジャたちも戦闘を繰り広げていたが、多勢に無勢の状態であった。


 スイはコクヨウとともに戦いに飛び込み、水魔法と剣の連撃を繰り出す。


「とうっ」


 スイの水魔法は強力だ。アワイが次々に倒れていく。


おさ!」


 苦しい戦いを強いられていたニンジャたちはスイの登場に沸き立った。


「遅かったじゃないですか!」

「すまない。偵察していたつもりが戻るのが遅くなった」

「まあいいってことよ。おら、お前ら! 長がきたら百人力だ! ちゃっちゃと片付けるぞ!」

「押忍!」


 ややむさ苦しいニンジャたちは懸命に戦った。元よりニンジャであるので、村人たちは生きているんだか、死んでいるんだかわからないアワイなどに負けるはずがなかった……のだが。


「なんて数だ、奴ら」


 仲間の誰かがこぼした。アワイの数は限りなく多く、戦いは何時間も続いた。勇敢なニンジャたちも疲弊してきた。


「お前らの目的はなんだ!」


 ヤケクソになったのか、アワイに向かって叫んだ者がいた。相手はアワイだ。言葉が通じているかもわからないのに。


 だが予想外のことが起きた。アワイの群れの中から、真っ白な、本当に真っ白な肌をした背が高く、黒いボロ布を羽織り、赤く光る剣を持ったが現れた。ギラギラと光る真紅の瞳から、彼もまたアワイであることは間違いなかったのだが、人間らしきモノが現れると思っていなかったニンジャたちは呆気に取られた。さらに驚くべきことに彼は言葉を発したのだ。


永遠えいえんの……」


 ニンジャたちは吸い寄せられるように、彼の瞳を見た。鮮血のような、それよりもまだ赤い色。だんだんと頭が痛みだし、フラフラと彼に吸い寄せられる者もいた。


 先頭にいたニンジャが一歩を踏み出した、その時。


「魅了魔法だバカやろう!」


 耳慣れぬ声が響き、ニンジャの頭を殴りつけた。


「な、何しやがる! てか誰だてめぇ!」

「俺はリュウだ!」

「だから誰だよ!」

「ある時は傭兵ようへい、またある時は流離さすらいの料理人だ!」


 赤い髪のリュウは、手斧を投げて奇妙なアワイを攻撃した。


「ぎゃ」


 斧はアワイの右手に当たり、アワイが悲鳴をあげた瞬間、ニンジャたちは我に返った。


「今だ! 一気に押し返せ!」


 謎の男リュウの掛け声のもと、ニンジャたちはアワイを村から追い出すことに成功したのだった。




✳︎✳︎✳︎




「通りすがりの貴方に働かせてしまって申し訳ない……」


 スイがそう話しかけた謎の男リュウは、なぜかニンジャたちに鍋焼きうどんを振る舞っていた。得意料理だそうだ。


「気にすんなよ、べっぴんさん。俺は流離の料理人だ。料理は本職だぜ」

「ありがとう……」

「浮かない顔だな」


 コクヨウにも同じことを言われたな、とスイは苦々しく思った。


「長として、責任を感じてな。私はあまり役に立たなかった」

「そんなことねえよ。あんたの活躍あってこそ奴らは村を出てったんだ」

「そうだろうか」

「そうさ。あとあんたの仕事はあれを立て直すことだぜ」


 リュウはアワイたちに破壊された村を指さした。


「いいかい、べっぴんさん。優れた長ってのは、戦ったり壊したり殺したりが強い奴じゃなくて、こういう時にみんなと一緒に頑張れる奴だ。まああんたは戦うのも強いがな。頑張ろうぜ、これからよ」

「できるだろうか」

「できるさ」


 鍋焼きうどんをずずっとすすってリュウは断言した。


「困難に駆けつけて喜ばれる長は、好かれてる長だ」

「……そうだといいな」

「あんたには仲間がいんだ。大丈夫だよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 リュウの真似をして、うどんをすすった。だし汁にはコクがあり、うどんはもちもちとしていた。


「うまいな」

「だろ」


 温かい物を食べると心まで温かくなる。スイが村の方を眺めていると、コクヨウがこちらに走ってくるのが見えた。


「スイー!」

「コクヨウ! こっちだ」


 きっと大丈夫。駆け寄ってきたコクヨウのモフモフした背中を撫でながら、スイは思うのだった。



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(本文の文字数:2,430字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」)

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