【004】河童の膏薬【残酷描写あり/暴力描写あり】

 黒猫のサンバが何やら水かきのある腕のようなものを咥えて帰ってきた日、外は雨が降っていた。グロテスクなお土産に私は悲鳴を上げ、母は夕飯の鍋焼きうどんを盛大にひっくり返し、父がそれをかぶって大変なことになったりしたけども、小一時間ほどすれば何でも落ち着くものだ。そこで私たちはようやく、サンバのお土産を検分する段階に入った。

 それは汚れた池のような緑色で、じっとりと湿っていてぬめりけがあり、鼻を近づけるとキュウリのような匂いがした。私と母は額を突き合わせて考えた結果、「これは河童の腕ではないか」という結論に達した。ちなみに鍋焼きうどんを被って大変なことになった父は、さっきまでは床の上でのたうち回って暴れていたが、今はとても静かだ。

「ほんとに河童の腕なら、取り戻しに来たところを捕まえればいいのよ」

 母は平気な顔である。

「捕まえてどうするの?」

「河童ってのは、何でも治せる膏薬を持っているものよ」

 ならば父のために救急車を呼ぶまでもあるまい。どちらにせよ永遠の眠りを漂い始めた父の前では、人間の医術など無力である。

 その夜、私と母は交代で河童の腕を見張ることにした。むろん、腕を取り返しに来た河童を捕まえるためだ。サンバは部屋の隅で丸くなって眠ってしまった。

 さて真夜中になると、はたして天井裏からカタリと音がする。

「河童!」

 母は一声叫んで立ち上がると、持っていた槍で天井板を突いた。けたたましい悲鳴が上がり、天井裏からポタリポタリと血が滴る。畳が汚れるので、私は洗面所からバケツを持ってきて床に置いた。

 やがて沈黙が訪れた。

「ねぇママ。もしかして死んだんじゃない? 河童」

「構うもんですか。どいつもこいつも膏薬を塗ってやればいいのよ。持ってるはずだから」

「なるほどね」

 私は天枕から天井裏に潜り込み、まだ痙攣している侵入者を引きずり下ろした。

 が、どう見ても河童ではない。頭に皿がないし、手指に水かきもない。黒い装束を着て頭巾をかぶり、懐を探ると膏薬ではなく手裏剣が出てきた。

「いやぁね、これニンジャよ」

 覆面を剥いで、母がため息をつく。

「外来種ね」

 私もがっかりである。

 たぶん、今時の河童は腕など直接取り戻しに来ないのだろう。代わりにもっと回りくどい手を使うらしい。その証拠に翌日も雨、翌々日もその次の日もその次の次の日も雨が続き、町は水浸しになってしまった。困った町長が占い師を頼った結果、「これは河童の祟りである」ということがわかった。

「あんたが持ってきたお土産のせいで大変なことになっちゃった」

 なんやかんやあって例の河童の腕と共に町はずれの池に沈む役目を負わされた私は、白装束を着てサンバに文句を言った。黒猫は我関せず、という顔で欠伸をする。

「なぁに、今度こそ膏薬を見つけてくればいいのよ。池の底で二、三匹やっちゃえばビビッて差し出してくるわよ」

 母はあくまでも呑気で、ニコニコしながら私に槍の穂先を貸してくれた。私は白装束の下にそれを隠したまま、岩に括りつけられて池に沈んだ。


 河童の膏薬を手に入れて我が家が元の団欒を取り戻すのに、それから二時間ほどかかった。



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(本文の文字数:1,273字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」)

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