第三十話

「おい、オッサン。日高さんに何手出そうとしてんだよ。今すぐ離れろ」


 僕は日高さんに手を出そうとしてたオッサンの腕を掴み、睨みつけながらオッサンを引き剝がす。


「えっ……こ、小好君⁉ な、ななな、何でここにいるんですかっ!」

「何でって、そら日高さんを助けに来たからに決まってるでしょ。それ以外の理由があるとでも?」


 小鹿のように怯える日高さんを少しでも落ち着かせるため、僕は心の状態と真逆である優しい笑みを向ける。

 流石に僕の優しい笑み一つで落ち着くわけもなく、不安気な表情で口を開いた。


「ない……と思います。けど、どうしてここが分かったんですか?」

「ちょっとある人物に聞いてな」

「ある人物?」


 日高さんは小声でそう呟き、難しい表情で首を傾げる。

 自分の仕事場を知る人物に心当たりがないらしい。

 そうなると、なぜ『ある人物』――『ミラ』が知ってたのか謎だ。

 とても気になるが、今は考えていられる状況ではない。


「なーに急に部外者が入ってきてカッコつけてんの? てか、この手離せやっ!」


 オッサンは僕の手を勢い良く払い、ダルそうにポキポキと首を鳴らす。

 続けて、鋭い視線をこちらに向け、腕を組んで喋り始めた。


「それでお前だれ? 日高の何なの?」

「僕は日高さんが暮らすアパートの管理人だ」

「は? 管理人?」

「ああ、そうだ」


 オッサンは僕の言葉を耳にした途端、右手で口許を隠して視線を逸らす。

 異様な行動に、僕を含め皆が変に思ってると、次の瞬間、オッサンは肩をプルプルと震わせ、自分の足を叩き腹を抱えて笑い出した。


「か、か、管理人ってマジかよっ! いやぁ~、クソ腹痛いわー」

「一体、何がそんなに面白い?」


 僕が真剣な表情で問うと、オッサンは人差し指で涙を拭う仕草を見せてこちらを向く。


「逆にどうして面白いと感じないんだ? 今の状況おかしすぎだろ。アパートの管理人が住人の仕事場に来るなんてさ! どう考えても普通じゃねぇーからっ!」

「これは僕の仕事内容の一つ。何もおかしくない。普通だ」

「え? もしかして、ガキのお世話をするのがお前の仕事なのぉ~? それはそれは大変ですねぇ~、か・ん・り・に・ん・さ~んっ!」


 オッサンは煽り口調で言葉を吐き、また腹を抱えて笑う。

 その姿は見てるだけ不快で、吐き気と怒りを覚える。

 今すぐにでも、あの顔面に一発拳をぶち込んでやりたいが、社会人としてここは冷静に大人の対応をする。


「僕が管理してるアパートにガキなんて一人もいねぇーけど」

「ふんっ、お前、眼科行ったほうがいいぞ? 真後ろにいるじゃんか。日高っていうガキがよ!」

「日高さんはガキじゃねぇー。どこからどう見ても……合法ロリだろうがっ!」

「は?」

「え?」

「「「「「「ん⁉」」」」」


 僕が言葉を発した後、なぜかオフィス内が変な空気に包まれる。

 目の前にいたオッサンはポカーンと口を開け、「どういうこと?」みたいな表情。

 日高さんは「何言ってるの?」という顔をして困惑中。


 他の社員さんもヒソヒソと「何って言った?」「え、聞き間違いじゃないよな?」「疲れてるのかな?」などと会話をしている。

 みんな揃い、いきなりどうしたのだろうか? 僕は何か変なことを言ったか?


 ううん、言ってない。事実を述べただけ。

 恐らく僕の迫力に圧倒的されたに違いない。

 見たか、この野郎が!


「オッサン、どうした? 怖くて声も出なくなったか?」

「お、おう。ある意味、怖いかもしれんな」

「そう怖がるなよ。日高さんに謝れば許してやるからさ」

「ちげぇーよっ! お前の思考に恐怖してんだよ!」

「は? 何言ってんの?」


 僕の思考のどこに恐怖する部分があったのだ。

 オッサンの言ってる意味が分からない。


「『何言ってんの?』は、俺様のセリフやから。何が合法ロリだっ!」

「合法ロリの何に恐怖してんだよ! どう見ても日高さんは合法ロリだろうがっ!」

「おま……お前、この空気でよく堂々とそんなこと言えるな。メンタル鬼か?」


 なんかオッサンの顔が引いてる気がする。やはり僕の圧に怯えてるようだ。

 このまま押し切ってやるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る