第14話
結局あのままゲームは終了し、俺と結衣はリビングに戻っていた。
「お前寝なくていいのか?」
「うーん、そろそろ寝ようかなぁ」
特に何をするでもなく寛いでいたのだが思いの外時間が経っており、そろそろ日付が変わろうかという頃合いであった。
俺は結衣が何時に寝るのか知らないが、朝から俺の家に来られるような時間に起きるのだからそんなに遅くないことは予想できる。
「歯磨きどうすんだ?」
「ちゃんと持ってきてるよ」
「ならよし」
結衣はバッグから歯ブラシを取り出し、洗面所の方へと向かっていった。
「俺もたまには早く寝るかね……」
俺の夏休みの就寝時間はだいたい午前二時ぐらいである。
零時に寝るのは世間一般的に見れば決して早くないが、俺にとっては十分早寝の部類である。
俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
寝る前に、返信を後回しにしていたメッセージを片付けていく。
智輝からもメッセージが来ていたが、面倒なので無視した。
「ひろくん、おやすみー」
「おう、おやすみ」
歯磨きを終えた結衣が二階へ上がっていくのを見送り、それから洗面所へ向かう。
おやすみ、なんて挨拶をするのはかなり久しぶりのことだった。
歯磨きを終えて自室に戻った俺は、ベッドに寝転がったままスマホを弄っていた。
夏休みに外出せずゲームしているような人間がベッドに入ったところで、何もせずすぐに寝るなんてことはまずないのだ。
時間にして数十分程度。特に何をするでもなく、ただSNSを眺めたりネットニュースを流し読みしていると、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。
「……結衣? どうかしたか?」
「あっ、いや……まだ起きてたんだね」
「まあな。てかお前も起きてんじゃねえか」
「な、なんだか眠れなくて……」
相手が俺とはいえ、やはり男の家に泊まるのは落ち着かないのか。
結衣は視線を泳がせながら、ぎこちない様子で答える。
「やっぱ泊まらない方がよかったんじゃね?」
「そっ、そんなことないよ!」
「……まあ、結衣がいいなら別にいいけどさ。さっさと寝ろよ?」
「うん、おやすみ……」
最後までぎこちない様子のまま、結衣は部屋に戻っていった。
……俺が寝てたらどうするつもりだったんだ?
それからまた数十分後、流石にそろそろ寝ようかと思っていた時のことだった。
「……おい」
「あっ、あはは……」
今度は音を立てず、結衣がドアを開いていた。
もう結構遅い時間だが、そんなに眠れないのか……。
「今度はどうした?」
「いやぁ……なんでもありません」
こんな時間に俺の部屋に来ておいてなんでもないは無理があると思う。
……もしや、寝ている俺に悪戯を仕掛けるつもりだったとかそういうことなのか?
「俺はもう寝るけど……変な悪戯とかすんなよ?」
「う、うん。おやすみ……」
一応念を押しておいたが……起きたら顔に何か書かれてたりしないか確認しよう。
部屋に戻っていく結衣を見送り、俺も眠りについた。
「……暑い」
いつもよりもかなり暑い。
俺はベッドから起き上がろうとして、違和感に気がついた。
何かに阻まれ身動きが取れない。
「……嘘だろおい」
目を開ければ、違和感の正体はすぐに判明した。
結衣が俺に横から抱きついたまま眠っているのだ。
「何が狙いかと思えば……冗談じゃ済まんぞこんなの」
落書きなんかより圧倒的に恐ろしい悪戯である。
横を見れば結衣の寝顔が目と鼻の先にある。
正直に言って心臓に悪い。少し痛い程にバクバクと音を立てているのがわかる。
一方でそんな俺の苦労も知らぬ様子の結衣。
安心しきったかのような顔で、すぅすぅと寝息を立てている。
「流石にこれはまずい。とりあえず抜けよう」
「んぅ……ひろくん……」
正直なところ、いろいろ当たっている関係で精神衛生上かなり問題がある。
俺が結衣の腕をどかしてベッドから移動しようとすると、結衣が俺の腕を掴んできた。
その腕をなるだけ優しく振りほどこうとすると、掴む力が強まる。
「……おい、お前起きてるだろ」
「えへへ……ばれちゃったか」
俺の言葉に対して、悪戯っぽい笑みを浮かべる結衣。心なしかいつもより表情がふにゃっとしている。
「流石にこれはダメだろ……」
「寂しかったから……ごめんね?」
「お前今まで一人で寝てただろうが」
「そうだけど……」
「俺がヘタレだからどうにもなってないけど、そうじゃなかったら大変なことになってるところだぞ。そもそも常識的におかしいし」
ただでさえ最近は結衣のことを異性として見てしまっている節があるというのに。
そのうえでこんなことをされたらたまったものではない。
故に、今回ばかりは結衣の上目遣いに屈するわけにはいかないのだ。
「次やったら泊めないからな」
「……はい」
とりあえず、俺のベッドに潜り込まないことを約束させた。
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