第3話

 朝がやってきた。やってきてしまった。

 そもそも朝早くから学校に行く準備やら何やらでバタバタするのは嫌いだし、まだ寝ていたいというのが本音である。

 そこに昨日のアレだ。今から死が待ち受けているのだから当然のように体が重い。


「何かの間違いで熱でも出てねえかな……」


 なんて言いながら体温計を手に取ってみるが、測るまでもなく熱がないのは分かっているため、そっと元の位置に戻す。


 そんな無駄な動作をする暇があったらさっさと準備でもしろという話ではあるのだが、こうでもしないとやってられないので仕方がないだろう。


「朝飯は……抜きでいいか」


 俺の朝食は基本適当なパンか抜きだ。

 わざわざ作るのは面倒だし、家に何もなければわざわざ買いに行くこともない。

 割とギリギリに起きることが多い俺は、今日も当然ギリギリの起床である。


「さて、死地に赴くとするか……」


 諸々の準備をものの十分で済ませ、俺は家を出た。






 駅のホームに入ると、非常に見覚えのある茶髪の美少女が待ち受けていた。

 今日に限っては死神みたいなものであるが。


「ひろくんおはよ!」

「ああ、おはよう……」

「もう、テンション低いよ! やっと隠さなくてよくなるのに」


 いや、そのことでテンションが下がってるんだが……まあ言っても分かってくれないだろうけど。


「そりゃ俺だって結衣と登校するのが嫌とかじゃないけどさ、物事には段階ってもんがあるとは思わんかね?」

「うーん、これくらいどうってことないと思うけどなぁ」


 俺の言葉に首を傾げる結衣。

 その動作一つとっても可愛いという感想が真っ先に浮かぶのだからすごいものだ。


 まあ今更どうしようもないし、ずっとローテンションなのもどうかと思うので、そろそろこの話はやめにするとしよう。


「そういえばさ、昨日の……」

「昨日の?」


 昨日の言葉の真意が気になっていた俺は、途中まで言いかけて気づく。

 これ、質問した時点で俺が本気にしているのがバレるのでは?

 だって互いに冗談ならわざわざ訊く必要がないのだ。そんな確認をする時点で本気にしていますと自己申告するようなものだ。


「いや、なんでもない」

「えー? 気になるじゃん」

「断じてなんでもない」

「むぅ……」


 俺が言うのをやめると、結衣は頬を膨らませて不満げな表情をしていた。

 そんな顔をされるとなんだか申し訳ないような気持ちになるが、俺の名誉のためにここはグッと堪える。


 そんなやり取りをしていると、電車の到着を告げるアナウンスが聞こえてきた。


「はあ、俺の死期が迫る……あれが三途の川を渡る舟か……」

「ほら、変なこと言ってないで行こ! この電車逃したら遅刻しちゃう」


 そう言って結衣は俺の手を引いていく。

 その様子が周囲の注目を集めていることに、当の本人は気づいていないようだった。






 電車を降りてから、周囲からの視線が明らかに増えていた。

 もう学校が近いため、結衣の事を知っている生徒が数多くいるのだ。

 視線の多くはただ気になっている、といったようなものなのだが、やはり妬みのような感情を含んだ視線もあるように感じる。


「ああ、死んでしまいそうだ……」

「大丈夫? 体調悪いの?」

「いや、何でもないから気にしないでくれ……」


 気遣いはありがたいけど原因はあなたです、なんて言えるはずもなく、俺はひたすらに居心地の悪い空間に耐えながら歩いた。


 しばらく歩くと学校に到着する。

 ひとまずこれで一息つける……というわけでもなく、むしろここからが鬼門であった。

 校内に入っても俺の隣を歩く結衣。さらに増えた視線に耐えながら歩けば、そのままとうとう教室までやってきてしまう。

 俺と結衣は同じクラスなのだ。


「みんなおはよー!」

「……」


 結衣が元気よく挨拶する隣で、俺は必死に気配を殺していた。

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