恋は唐突

「ならないよ、誓う」


 恋はニッコリと涙と一緒にその言葉を受け止めて笑う。


「人に優しくすることが、人に「好き」を振りまくことが、怖くなって、それで他の人が傷ついたり、いろんなものが壊れたり!だからわたしは、わたしを隠して...」


「大丈夫、これからは顔を見せて。髪の毛なんかで隠さないで。悠里は大丈夫だから」


 そういうと恋は文具店の袋から買ったボールペンを取り出した。


「私が急に距離を詰めちゃったから怖かったよね。ごめんなさい。ほら、よく頑張った印にはなまるをあげる」


 恋は悠理の髪を掻き分け、おでこにぐるぐると優しくなにかを書く。

 びっくりして手で押さえると、手にはインクが移りはなまるが象られた。


「これ」


「プレゼント、あ、痛かった?」

「あ、いや」

「だよね。悠里が選んだんだもの」


 よくわからないことを言い切ってしまう恋に悠里は呆れとはまた別のため息を出す。


「ふ、ふふ...あはは、先輩、これじゃあ顔、出せないじゃないですか」


 悠里はそうやって、初めて顔を見せながら、恋に微笑んだ。


「っ!やっぱり笑った顔、かわいい。すごい、もっと好きになっちゃう」

「いいですよ。わたしまだ自分の気持ちはよくわからないですけど、好意は受け止めます」


 恋はその言葉に笑う。今までみたことがない笑顔だった。弾けたような笑顔だった。

 今までの悠里の笑顔を誘発するようなにっこりとした笑顔ではなく、擬音で言うならぱぁ〜っとした笑顔


 それがどんどん悠里に接近して


「っ!」

「もうひとつ、プレゼント。私が「好き」を振りまくのは私が好きな人だけ、これは特別よ?」


 唇が触れた。


 柔らかくて、暖かくて、また柔らかくて、綺麗で…


 今までに感じたことないその感覚にびっくりして目をパチクリさせることしかできない。


 悠里は生まれてからこの瞬間、いやこれからしばらくですら女の子同士でキスをすると言うことは想像もしたことがなかった。


 好きと言ってくれることとそういうことは別だと思っていた。

 きっと多分悠里はこの人を、甘く見ていた。


「えっと、あの・・・」


 言葉をもごもごと籠らせると籠らせるほどにさっきの唇の感触が上唇下唇といったりきたりする。


 不思議な柔らかく暖かい感触に言葉が出てこない。

 何か喋ろうと口をパクパクとさせるたびにその感触を思い出す。

 その時まで知らなかった感覚。初めてが女の子なんて悠里はやはり想像もしたことがなかった


「本当に、意味わからないです。何もかも唐突で」


「恋は唐突なものよ。私も好きも唐突なものなの」


 恋は唇に人差し指を一本立て、いじらしくこちらを見つめる


「…あ、はは、あはは!おっかし」


 悠里は笑った。久しぶりにこんな風に笑った気がする。自然と出る笑いの中でもこんなお腹の奥から出てくる笑いって久しぶりですごい心地よかった。

 夕夏ちゃんの時とは違う、全てを吐き出した笑い


 そういう気分にさせてくれた先輩に悠里はお礼を言いたい気分になった


〈プシュー〉


 悠里が少し照れてシューとなってしまったのかと思ったら電車が到着した。


 手を繋いで電車に乗る。他愛もない会話をして笑う。

 人の目を気にせず笑ったことは久しぶりで、心のつっかえが取れたスーッとした感覚に浸っていた。


 ちなみに恋はボールペンの書き味について語っていた。理解は出来なかったけどなんか面白かった。

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