保健室のヘディラマー

「悠里、大丈夫?」


 わたし片桐悠里はやってしまいました。体育の授業中、ハードルにつまずき盛大に前に倒れてしまったのです。

 身長は他の女の子よりも高い方なのに低いハードルにつまずいた。


「大丈夫、ありがとう」

「いいよー」


 友達の島崎 夕夏(しまざき ゆか)ちゃんはいつも笑ってくれる。高校二年生になってもわたしはまだ夕夏ちゃんしか友達がいない。

 でも別にいい。人との距離を縮めるのは怖いから


「失礼しまーす。あれ?先生いないのかな」


 扉を開けたら保健室はガラガラで弟のよく読む少年漫画でもあるような美人の養護教諭の先生はいなかった。うちの高校の養護教諭はいかにもベテランって感じの気のいいオバちゃんだけどそれらしきオバちゃんもいない。

 というか誰もいない。


「どうかしたー?」


 すると奥から声がする。女の人の声だ


「すいません、怪我したんで絆創膏貰いたいんですけど」


「あー、先生には伝えとくから救急箱から適当に色々取っていいよ」


「はーい」


 夕夏ちゃんは普通に奥の人と会話してる。ってあれ?先生に伝える?


「あの奥の人先生じゃないの?」

「あー保健室初めて?」

「うん」

「いつもいるんだよ。先輩が」


 先生以外の人がいるなんて初めて聞いた。

 一年この高校に通ったけどよく考えたら来たことがなかった。

 保健室の奥には生徒のカウンセリング用の個室があるのは知ってはいたから、そこにいる誰かの声に驚きはしないものの身構える。


「じゃあ借りますね」


 全く気にしない夕夏ちゃんだったがわたしはとても緊張した。保健室にいつもいるような人がまともかと言われればそうじゃない。まともな人であってもわたしは話したくない

 家族と夕夏ちゃん以外とはほとんど喋ることのないわたしには目の前に出てこられでもしたら怖くて仕方がない。女の人とはいえほんと無理


「んー…」

「ほら、膝出して」


 夕夏ちゃんは保健室の椅子に座るようポンポンと叩く。わたしはそれに合わせて座った。

 座って足を差し出すと夕夏ちゃんは消毒液をかける。じんじんとした痛みが染み出すような痛みに変わって少し声が出る。


「あ、あのさ。奥の人」


 ただそんなことよりも人見知りで人とあまり関わりたくないわたしは、少しだけど奥の人の方が気になってしまう。


「先輩のこと?」

「なんで保健室にいるの?」

「なんだっけかな。頭がかなりいいから勉強も自分のペースで出来るように特例だとか。いわゆる天才ってやつらしいよ」

「へ、へぇ」


 変な人じゃなさそうで安心した。話したこともないけどなんとなく変な人じゃない気もしていた。


「それに【保健室のヘディラマー】ってあだ名が付くくらいの美人だって」

「ヘディ?なに?」

「まぁあたしもよく知らないけど絵に描いたようなってのを通り越したレベルの才色兼備らしいよ」


 夕夏ちゃんはガーゼで汚れと擦り傷から滲む血を拭いて絆創膏を貼りながらそう言う


「あたしも見たことないから本当に美人か知らないけど」

「へ、へぇ」


 聞いたものの別にそこまでの興味もなかった。

 だから聞いておいて悪いけど適当に相槌を打ってごまかす。


「よし!」


 パンと傷口を叩く


「痛っ!」

「へへっ」


 目を閉じて猫のように笑う夕夏ちゃん。陸上部で程よく日焼けした肌とツヤツヤの短い黒髪を見ると夕夏ちゃんもそのヘディなんとかさんには負けないと思う。


「ありがと」

「ハードル今度教えてあげるよ」

「うん、ありがと」


 未だに慣れてない笑顔で夕夏ちゃんに答える


「それじゃ先輩、さよなら」

「さ、さよなら」


「んーバイバーイ」


 そうやって2人で保健室を出る。

 次の授業に遅れないようにすぐ着替えようとわたしは急いで更衣室に向かった。

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