第5話
目的の踏み切り前に辿り着いた。
民家の明かりが遠退き、街灯だけの明かりがアスファルトの道と踏み切りを照らしていた。
「ここか」
「え、ええ。はい」
「うーむ……やはり、昼間に見るのと雰囲気が違うな」
カムイは踏み切りの端に置かれている花束の前に真っ直ぐと歩くと両手を合わせた。
ノリ子も慌てて、カムイと同じように手を合わせた。
「ここは事故も自殺も多いからな……」
どこかカムイの声に重さを感じた。
「この踏み切りが怖くなって……これからは遠回りしてバイトや大学に行こうと思います」
「そうか……大変だと思うけど、それが良いと思う。うん。メンタル的には良いかもな」
カムイはノリ子と小春が立っていた場所を全体的に見渡せるように、ノリ子が立っていた場所から5メートル離れた位置に立った。
腕を組み、額を右手の人差し指でトントンと叩く仕草をカムイはした。
これはカムイが考え事をするときの癖である。
ノリ子はその様子をただ見ていることしか出来なかった。
踏み切りへ辿り着くまでの間に言っていた会話がずいぶんと過去のモノになってしまったかのように、周囲は静かだった。
現場写真はカスミが押さえているから、必要ないとカムイは言った。
今はカムイの目を信じるしかない。
踏み切りに来てから10分が経った。
変化はない。
ノリ子の緊張も和らぎ、精神的にも肉体的にも疲れが現れ始めた。
「足、痛いな……」
バイトで立ち続けるのは平気だが、何もしないで立ち続けるのはノリ子的にはそっちの方がツラかった。
10分間、考え事をしながら立ち続けていたカムイは、しゃがみ込みチョークで自分の周りに丸く線を引いた。
何かのおまじないであることは理解したが、それが何に役立つモノかはこのときのノリ子にはわからなかった。
カムイは立ち上がると真っ直ぐ、ゆっくりと歩き出した。
目的の場所はノリ子が当日立っていた位置だった。
「ノリ子!」
水面に石を投げ入れていたかのように、静寂はカムイの言葉で破られた。
「は、はい!」
「さっき、ボクが立っていた位置に行って見てくれないか」
「わかりました!」
ノリ子はカムイが立っていた位置へと移動した。
しかし、ノリ子はカスミと違って知識も無く、カムイと違って霊能力があるわけではないので、カムイの指示がどういう意図のモノかわからず、ただ言われた通りにしたまでだ。
だが、何か違和感を感じた。
その違和感はすぐに気が付くモノではなかった。
カムイはとっくに気が付いていたのか、スカジャンのポケットから数珠を取り出した。
『何か』がいる。
そう思った瞬間、違和感の正体に気が付いた。
小春が立っていた位置。
そこには誰もいない。
しかし、そこには存在してはいけないモノがあった。
『影』だ。
誰もいない、何もないところで影だけがあった。
「な、なんで……?」
ノリ子はその不気味さに身体が震えた。
「ノリ子、その円の中から出るなよ」
自分が立っている場所がカムイが描いた円の中であることにカムイの言葉で気が付いた。
(これって結界だったの?)
魔法陣のような模様などは無く、ただの円だ。
あまりにも心許ないように見えるが、カスミが以前言っていた、結界に形はそれほど関係ないという言葉を思い出した。
影は少しずつノリ子の元へと進んできた。
その速さはナメクジを彷彿させるような気持ち悪さがあった。
「カムイさん……ど、どうしたら良いですか?」
「とにかく動くな。そこから出るな」
カムイは影に向かって数珠を持った左手を突き出していた。
影は近づいてくるに連れ、人が立ち上がるかのように、何かが浮かび上がってきた。
「か、カムイさん……」
ノリ子は逃げたい気持ちを精神力で何とか押さえつけている状態となっていた。
黒い影はノリ子の身体の半分もない大きさでその成長を止めた。
まるで子どもの大きさだ。
黒い影が砂になったかのように、サラサラと流れ落ちて行った。
その落ち方は戻る事のない砂時計のようだった。
黒かった影に色が現れてきた。
しかし、それは完全なモノではなかった。
最初に現れた色は赤だった。
その赤は身体のほとんどを占めていた。
鮮やかと思われる赤だが、ぼやけているせいでかろうじて人の形をしているのが認識できるモノだった。
顔と思われる部分がやはりぼやけながら現れてきた。
だが、それでもノリ子はそんな姿の正体が本能的にわかった。
「こは……」
「そいつの名前を呼ぶな!」
しかし、カムイの言葉は間に合わなかった。
「る……?」
ぼやけていた人型がハッキリとした姿に変わっていった。
それはノリ子が出会った、赤い着物の少女だった。
腕には少女と同じ姿をした人形が抱きかかえられていた。
『ノリ子ちゃん……遊ぼうよ……』
「小春ちゃん……」
『今日は何して遊ぶ?』
「お人形を使っておままごとがいいな……」
ノリ子は小春の言葉に返答していった。
それは子どもの会話そのものだった。
『今日はお医者さんがあるから、少ししか遊べないね』
「あ、そうか……お医者……さん……」
カムイは数珠を持った左手を小春に狙いを定め、真言を唱え始めた。
「ナウマク サンマンダアバア マアカロウシャアダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」
小春の動きが止まった。
『ノリ……子……ちゃん、あの人……だれ……?』
「あの人……?」
ノリ子の目には水の中で目を開けているかのようにカムイがぼやけて見えた。
「わからない……知らない人……」
『知ら……ない人……そうなんだ……じゃあ、良いよね……』
小春はカムイの方へと向くと抱えていた人形から手を離した。
落ちると思われた人形は宙でピタリと止まり、真っ直ぐとカムイを見つめていた。
「
小春が指を動かすごとに人形は合わせて動いた。
「人形を躍らせるなら音楽でも流してやったらどうだい?」
『黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い』
小春の口から歌が流れてきた。
(どこかの民謡か……? それとも子守唄なのか?)
カムイは小春に向かって走り出し、数珠を巻き付けた左拳を振り上げた。
「幽霊とはいえ、子どもは殴りたくない! 許せ!」
小春の顔目掛けて振り下ろされた腕は人形によって防がれた。
人形はバラバラに砕け散り、赤い着物がカムイの左手に絡みついた。
カムイは巻付いた布を急いで剥がすと火傷のような跡がつけられていた。
『黄ぶなや 黄ぶな 祟り鎮めよ 長患いの 良い子はおんもで遊びたい 悪い病は黄ぶなで治せ 良い神様がおっしゃるに 黄ぶなを食べれば 楽になる 泣かずに天寿を待てば良い 笑って浄土へ行けば良い』
小春はカムイに目もくれずに再び、ノリ子の元へと歩み出した。
「ノリ子! 結界から絶対に出るな! ノリ子!」
カムイの声はノリ子の耳に届いてはいなかった。
小春とノリ子が接触するまで後、1メートルも無い。
ノリ子の足が動き出し、小春が両手を広げ、ノリ子を迎え入れる体勢になったとき、小春の首に何かが巻き付いてきた。
『がぁッ!』
小春は足がよろめき、結界の前で膝をつき、悶え苦しんだ。
『ぐぁがッ!』
首に巻付いているのは数珠だった。
しかし、その数珠はカムイが持っていたモノよりも遥かに長い数珠だった。
「神代カムイが何を手こずっているんだ?」
暗闇の中から紺色のワンピースを着た女性が現れた。
長い黒髪に切れ長に黒い瞳を持つ女は一見、青年を思い起こさせる。
「
「散歩よ」
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