神の眼を持つ少女
十 七二
プロローグ『警察庁特別治安対策局特殊異能対策課の創設と再編によせて』
二十年前に警察庁肝入りで創設された、超能力を有する人間に対処し、研究、調査、監視を行う専門機関、「警察庁警備局公安課特殊異能対策室」は、来年度より一つの課として独立を果たすこととなった。
1947年に旧警察法が施行され、1954年の新警察法による中央集権化がなされた。これに際して、我々の前身である「長官官房付対特殊異能班」が設置。警視庁内部にも同様の組織が公安部に、現場の実働部隊、並びに、道府県警の陣頭指揮役として設立されて以来、我々はこの国に生まれる超能力者を追い続けてきた。
当時、超能力者の存在は半ば神話じみた様相を呈していた。同時に、明確に存在をしているということは、政府内部の上層ではよく知られた話であった。
第二次世界大戦に敗れ、新たな体制と未来を模索するに至った我が国は、超能力者に対する組織の編成も強いられることとなった。
難しい話ではない。単にそれまで重要視されることなく野放しにされてきた彼らの危険性を、GHQが指摘したからである。既に世界では強大な力を有する超能力者のもつ潜在的なリスクは大真面目に議論され、対策の模索と研究がなされていた。我が国もそれに追随すべきと、米国からの指摘という指令を受けたのである。
以来、我々が、他国と同様に、秘密的組織の側面を持って、超能力者の研究、調査、監視を行ってきた。彼らの生まれる確率は100万人に一人かそれ以下と極めて少ない。当時に確認された人数はたったの107名である。同時に調査を進めることで、そこに内在する危険性、及び、有用性も把握されることとなった。手を取り合える者たちとは協力をし、我が国の治安維持や発展に役立ててきた。
しかし、そんな我々の在り方は1990年代には限界を迎え始めていた。インターネットの普及に始まり、携帯電話の登場と広がりが、我々にとっての不幸な未来を予感させていた。21世紀において、秘密的組織はもはや意味を持たなくなるだろうという予測が立てられたのである。
これもまた、当時にしては夢物語だったが、現実はどうだろうか。現在、我々の世界では、誰もがスマートフォンを手にし、インターネットに接続し、大量の情報を簡単に手にできる。そしてこれからもその量、質、速度のすべてが加速度的に上昇していくことだろう。そうなったときに、超能力者を秘密裏に研究、調査、監視を行うことができるだろうか。
いや、現実はさらにはっきりとしている。実際に不可能になったのだ。
秘密組織は瓦解した、そう断言できるだろう。少なくとも、一般の中に超能力者が生まれ続け、その存在の把握を後追いでしかできない現状では、当然のことである。超能力者の発見は、現在、我々の手ではなく、一般人からの報告や、インターネット状にアップロードされる数々のメディアから発見されることが多い。我々が第一発見者となることは極めて難しいのが実情だ。
そもそも、インターネットや携帯電話の普及以前でさえ、完璧な把握を可能としていたわけではない。我々がその超能力者に最初に接近した人物になるということは、到底不可能なのである。
しかし、我々は幸運であった。少なくとも、今はそう結論付けよう。
我々の前身である、「警察庁警備局公安課特殊異能対策室」と、警視庁内部の組織であり、全国の警察内部に散らばる超能力者を把握するための人材である、「公安部特殊異能対策室」の面々。彼らがそう呼ばれるようにならなくてはならず、表舞台に姿を曝すきっかけとなってしまった一つの事件がある。
今なお記憶に色濃く残り、そして未解決のままである、21世紀を前にして起きた、「警視庁公安部特対特殊異能班」最後にして最大の事件――「渋谷区マンション倒壊事件」である。
1999年の12月7日から翌日の短い間にかけた起きた事件は、我々や超能力者という、それまで日向の陰に隠れていた者たちのベールを一夜にしてはぎとった。
犯人は判明している。以前より注目され、そして問題視もされていた、一人の人物である。当時未成年だったため、その名は少女Aとして現在の世の中では知られているだろう。
彼女の動向は比較的早い段階で掴まれていた。そして、潜在的な危険度も十分に議論され、我々の内部で共有されていたはずだった。しかし、現実はそれ以上に未知数であり、彼女という存在は強大だったのである。彼女が起こした一連の事件は、犠牲者を複数出し、何よりマンションを一棟倒壊させた。しかし、重要なのはそのスケールではないのである。
先ほども記述したようにベールがはがされたのだ。つまり、もはやすべてを秘密にしておくことは不可能になったと言っていい。しかし、同時に、これを幸運と呼んでいるのは、あの一件が存在したからこそ、ある意味で我々は世界に先駆けて超能力者の存在の事実を公表し、それゆえに、世界で最も先駆的な研究と調査を行うことができているという事実が存在しているという点である。
我々は一度敗北を喫したがゆえに、その傷を、後世に語り継ぐための教訓を流布する機会を得たのだ。だからこそ、我々は忘れてはならない。あの日、あの夜に起きた事件と、それに至るまでのすべての経緯を――――。
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