第14話 特別検査官
「ビショップさん!」
落ちてきた天井の下敷きになったであろうビショップに向かって、ユタカは叫んだ。
だが、そこからは何の返答も帰ってこない。
「あ、あっ、、あぁ、、、」
フィーナはその様子を見て、ただただ怯えている。
そこに、感情のない冷たい声が響いた。
「その者は、不信心な輩だったのでしょう。きっと、神の怒りに触れたのですね」
大精霊は何事でも無いように言う。ユタカは頭上を見上げたが、声の主は見当たらない。
「なんてことを、、」
ユタカが悔しそうにしていると、瓦礫の隙間から、黒いモヤのようなものが漏れ出した。
そのモヤはユタカの近くに集まり始め、人の形をとっていく。そして、次第にはっきりとした姿となった。
「あー、あー」
いつのまにか、ビショップの姿となったモヤが声を出すテストでもするかのような声を出した。
「ビショップさん!大丈夫ですか?」
「あぁ。まさかいきなりこんなことをしてくるとはなぁ」
そう言って、ビショップは肩こりをほぐすように首をぐるぐると回した。
「その者は、闇の眷属のようですね」
頭上の声から、先程までの神々しさが薄れているようにユタカには感じられた。
ユタカの怒りを感じたのか、ビショップは大精霊に言い返した。
「うるせえよ、まったくひどい野郎だ。だがはっきりしたな。俺らは、大精霊さんに話を聞かないといけないみたいだ」
「そのようですね」
ユタカとビショップは二人して、何もないはずの中空を見上げた。
「・・・」
その先にいるのかもしれない、何者かは沈黙している。
「とにかく姿を現してもらわないとな」
「そんなこと出来るのでしょうか?」
「ああ、それなら・・・」
ビショップがそう言いかけたとき、バタン、と聖堂の扉が開かれた。
聖堂の入り口で、外の光を受けて立つ二人の姿が見えた。
上背のある高齢の白髪男と、小柄なツインテールの少女のペアだ。二人とも白いスーツを身に着けていた。
「盛り上がってるね!」
「お静かになさってください。ここは聖なる場所のようです」
興奮する少女をなだめるように、男は言った。
「いいじゃん、別に」
男に指摘されて、少女はむくれていた。
二人の登場にあっけにとられたユタカがビショップをみると、今までにない緊張した表情で二人を見ていた。
そして、二人が目前に来たところで、ビショップは深く腰を折って挨拶をした。
「わざわざご足労くださいまして、ありがとうございます。ほら、お前も!」
そうビショップに小突かれたユタカは同じように二人に頭を下げた。
「おつかれさまです、ビショップさん、キサラギさん」
男性が挨拶を返した。
「詳細を伺いたいところですが、この様子だと、、」
男性はビショップが下敷きになった瓦礫と、怯えて震えているフィーナを見てから言った。
「まずは先方から話を伺う必要がありそうですね」
「だね!」
少女は男性に相槌を打った。
男は手にしていた本を開き、唱えごとを始めた。
すると、男を中心に広がる青白い光で聖堂の中が満たされていく。そして、光が部屋の一点に収束した。
「・・・!」
光がおさまると、羽衣を身にまとった女性が姿を現した。
「大精霊様、初めてお目にかかります」
男が声をかけると、その場に現れた女性は軽蔑の眼差しを向けた。
「・・・」
「我々は異世界証券取引所の特別検査官で、私はゴードンと申します。そしてこちらは」
「イエレンです!」
紹介された少女は軽い調子で答えた。
「お姿が見えませんでしたので、強制的にお呼びしました」
「不躾な方々ですね。まあ良いでしょう。それで、どのようなご用件ですか?」
大精霊は無表情のまま、気を取り直して答えた。
「ビショップさんへの仕打ちはさておき、もうお分かりだと思いますが、検査で指摘事項になりそうなインシデントが見つかったため、お話を伺いに参りました」
自分はさておかれたビショップは悲しそうな目をしていた。
「それは、どのようなお話ですか?」
言葉は丁寧だが、お互いに威圧しあっているかのようにユタカは感じた。
「異世界債の発行にあたり架空取引があった、ということになります」
「架空取引?申し訳ございませんが、私にも理解できるようにご説明願います」
「はい。端的に申し上げますと、あなたがこの世界に魔王を生み出し、勇者もあなたが手配し、世界の危機をでっち上げたということです」
ユタカは驚いていたが、それは思っていたものとは別の驚きだった。
黒幕が大精霊だということは想像がついていたが、魔王も勇者も大精霊が呼び出して、その戦い自体がでっち上げだったと、この男は言っているのだ。
大精霊もそう思っているのか、あるいは別の理由があるのか、馬鹿にしたように笑った。
「いきなり何を言うかと思えば。そのような茶番を演出して、どのような利があるのです?」
「異世界債です」
ゴードンはきっぱりと言った。
「それは、わざわざこの世界を傷つけてまで、やるようなことでしょうか?」
「それはあなたが一番分かっていることでしょうし、この世界の方がいらっしゃる前で言うことではないでしょう」
そう言って、ゴードンはフィーナを見た。
だが、もう恐怖がおさまったのか、フィーナはしっかりとした表情で答えた。
「どのようなお話でも結構です。真実を、教えてください」
フィーナの答えを聞いて、ゴードンは頷いた。
そして、ゴードンは話し始めた。
「この世界は、終焉に向かっています」
覚悟していたのか、フィーナの表情が硬くなった。
「具体的に申し上げますと、資源や環境を維持する力が弱まり、星自体が死に向かっています。この先、エネルギー問題や食糧問題がこの世界を見舞い、そう遠くない未来に生き物が住めない地となるでしょう」
ユタカがふと見ると、大精霊は無表情なままだった。
「だからそうなる前に、他から調達することにしたのですね」
「異世界証券取引所は、そのような時の為に存在しているとは言えますが、無償の互助組織ではありません。対価が必要になります」
どの世界も精一杯で生きていることは、異世界召喚されたユタカは誰よりも実感していた。
「しかし、この世界に他と取引できるようなものは殆ど残されていないでしょう。だから、通常の取引はできない」
ゴードンは確認するように大精霊の表情を見たが変化はない。
許可を得たと考えたのか、ゴードンは続ける。
「ですが、例外もございます。例えば突如魔王が現れるような緊急事態に、債券を発行して資源やエネルギーを調達できる制度です。債券を発行して資源を融通してもらい、後に返済するわけです。その制度を使うために、この危機をでっち上げた」
ユタカには少しだけ、大精霊の表情が歪んだように見えた。
「もしかすると、魔王との戦いでこの世界の人の数を減らし、環境負荷を下げるという目的もあったのかもしれません。いずれにせよ、そういう目的で、この戦いは生み出されたのです」
「・・・私は」
大精霊が言葉を放つ。
「この世界、そして子らを守るためには、どのような事でもする覚悟があります」
大精霊の目が怪しく光る。
「私は認めない、この世界が滅びゆく運命にあるなど」
もはや、大精霊の神々しさはかけらも感じられなくなっている。
「私も無からは何も生み出せない。種が、必要なのです。それさえあれば、増やすことはできる。他の世界に迷惑をかけたかもしれませんが、必ず返せる。それで、良いじゃないですか。この戦いで、この世界も代償を払った。十分でしょう」
「いえ、それは間違いです。なぜなら」
息をついてから、ゴードンは言った。
「法を破ったからです。法は約束です。法を承諾して取引所に参加している以上は、法を守る義務があります。あなたやあなたの世界がどれだけ素晴らしかろうと、それを破った。つまりそれは」
ゴードンの目つきが鋭くなった。
「犯罪です」
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