浪人生が女神の旦那でいいですか?

コーキ

プロローグ

 諏訪すわヒロユキ、二十歳。  現在某大学の地理学部二年生…… の予定だったが、今年の春で二浪が確定した暇人だ。


 今は誰もいない一戸建ての実家で一人暮らしをし、親の脛をかじりながら大学受験失敗の傷を療養中である。


 本来は一昨年の高校卒業と同時に、教師である両親の転勤に伴って他県に引っ越しをする予定だった。 だが志望した大学がこの県にある理由で、俺だけこの家に残ったのだ。


 地理工学を勉強したくて来年こそは…… と考えているが、親に受験を許されたのは今年まで。 さすがに二浪ともなると親にも色々迷惑をかけてるし、ご近所さんの目も冷たい。 次の受験までアルバイトでもしなければならない所だが、今はそんな気にもなれなかった。 


「…… ふう 」


 一緒に通う筈だった数人の友達は一昨年の受験で合格し、勉強にサークルに彼女にと毎日が忙しいらしい。 彼女なんて生まれてこの方…… そこはそっとしておいてほしい。


 友達も顔を合わせる機会が減れば疎遠になり、最近相手にしてくれるのはオカルト研究会に入ったという阿部一人だけ。 なんとも寂しい生活を送っているが、受験に失敗した俺が悪い。


「あれの続きでもやるかなぁ…… 」


 一応、生活費節約のために炊事洗濯掃除はやっている。 その合間に、ここ一カ月の暇つぶしとして始めたのが、直径1メートルにもなる魔法陣の複写だ。 例のオカルト研の阿部が辞書のような怪しい本を俺に手渡し、その中に描かれた魔法陣のレプリカを作ってくれというのが始まりだった。


 六芒星を基本とした魔法陣なのだが、いくつもの大小の魔法陣が複雑に組み合わさっていて簡単には描けない。 パソコンで読み込んだ原図を一度CADに起こし、それを元に定規やコンパスを使って模造紙に出来るだけ正確に描いていく。 阿部にはいつでもいいと言われていたが、あまり待たせるのもなんだか気が引ける。 準備は面倒くさいが、気合を入れて残りの作業をすることにした。


 お気に入りのドリップコーヒーを淹れて、テーブルの上に描きかけの魔法陣を広げる。 鉛筆で下書きをして数種類のペンで清書をし、その下書きを跡の残らないようにきれいに消す。


 そんな作業を何百回も繰り返し、気付けばもうすぐ日付が変わる頃。 ちょうど秒針が十二時を指したと同時に魔法陣の最後の一線を描き上げた。


「ふう、これであいつも満足するだろ 」


 拭った額の汗が手の甲を伝って魔方陣の上に落ちた。


「あ、やべ…… 」


 せっかく綺麗に仕上げたのに汗染みなんて冗談じゃない。 慌ててティッシュを掴み拭き取ろうとしたその瞬間、魔法陣が薄紫色に淡く光り始めた。


「…… お、おい、なんだよこれ 」


 その光は炎のように渦巻き、うねりながら魔法陣から溢れる。


 ー 私を呼び出したのお前か? ー


 頭の中に直接響く透き通るような女性の声。 風を巻き、天井を吹き飛ばしそうな勢いで強くなっていく薄紫の光。 俺の視線は、その光放つ魔法陣に釘付けになっていた。

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