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「こんなにたくさん買って頂いて……嬉しいんですが、良いのでしょうか」


 レナートの両手は、買い物した後の紙袋でふさがっている。

 中身は仕事で使う文房具の他、普段の服、生活雑貨などだ。なにせほぼ手ぶらで来たのだから仕方がないとは言え、騎士団長に持たせるのも気が引けて仕方がない。


「良い」


 簡潔な返事の後、いったん馬車に荷物を置きに戻ってきた二人。


「……何か食べるか」


 馬車止めから歩いて街へ戻る間、美味しそうな匂いが漂ってきた。


「はい! おなかすきました! ……って団長、戻らなくても良いのですか? ヤンさんは、大丈夫でしょうか」

「良い。大丈夫だ」

「……それならよかったです。何食べます?」


 キョロキョロ周りを見てみるけれど、お店が多すぎてよく分からない。

 

「食べたいものはあるか」

「んー。あ! 王都のおすすめってなんでしょう? 私、初めて来たので!」


 ふ、とレナートが笑う。


「私変なこと言いました? あ! 調子に乗りました!?」

「ああいや、かわ……んんん! いやその、はっきり言ってくれて助かる」


 あ、まただ。

 

「はあ。その『かわ』て何回か言いかけてますけど、なんです?」

「!」

「あ! まさか!」

「!!」

「悪口ですか!」

「!?」

「んもーーーーーー! どうせ、雑だし女っぽさの欠片もないですよっ!」


 レナートの目が、またまんまるになった。

 

「雑などと思ったことはないぞ。あと悪口じゃない」

「ほんとですか?」

「……頬が膨れている。顔がまんまるだ」


 あ、ごまかしたな! いいもんね!

 

「団長の目もまんまるですけどね!」

「!?」

「あははは!」

 

 今度は赤くなったぞ!


「んん……確か、この近くに鳥のうまい店があったな」

「鳥!」

「焼いて食べる」

「食べる! 食べます! 食べたことないです!」

「っははは」


 うわあ、大きな口で、笑ったよ!


「目がキラキラしている。すごい食い意地だな」

「あー! 今のは!」

「悪口だな」

「団長っ」

「?」

「鳥食べたら、し・た・ぎ、買いたいです」

「っっ……わざとだな?」

「バレました?」

「……バレたぞ」


 どうしよう、すごく楽しい……!

 ゴーレム男? 堅物? 全然そんなことない!

 私、人といてこんなに楽しいの、初めてだ……


 レナートのお薦めのお店は、小さな食堂だった。リマニのマスターのお店を思い出して、なんだか落ち着かない。

 スープ、鳥とパンを注文して、テーブルに向かい合わせに座る。

 レナートが、団長室とは違って穏やかな顔をしているのが、嬉しくて、こそばゆい。

 

「キーラは、変わっているな」

「あ、それも悪口ですか?」

「そうかもしれん」

「むっ」

「たいていの女性は、俺はつまらないと言って怒り出す」

「へえ? なぜです?」

「なぜだろう」


 レナートは、真剣に首をひねっている。


「貴族の女性のことは、私にもわからないです」

「……そう、だな」

「私は、楽しいですよ」

「っ」


 今度は目が……細くなった。


「……ありがとう」

「こちらこそです」

「はいよ、おまちー」


 どん! と店主がお皿をテーブルに置いたので、しばらく会話はおしまいにして。

 二人で食べることに集中した。

 鳥は、噛むと肉汁がじゅわっと出て、熱くて弾力があった。上にかかっている香草も好きな味。


「んー! おいしい! 私、港町だったから、ほとんど魚介類で」

「そうか。今度は豚を食べるか」

「ぶた! 聞いたことあります! ぶーぶーて鳴く?」

「! っっ……っっ」


 レナートの肩の震えが止まらない。

 

「はいはい、どうせ食い意地張ってますよ」

「くくく……なら、甘いのはどうだ」

「甘い? 甘いの? ってどんな?」


 レナートが、今度はぴしっと固まった。

 もしかして、良くないことだったのかな、と不安になる。


「ダメ……でした……?」

「ああいや。そうすると、お茶も飲まないか」

「飲まないです」

「ふむ……」

 

 最後のパンのかけらを口に入れて、レナートは考え込んでいる。


「団長室には、魔道コンロと茶器が置いてあるのだ。できれば、お茶を淹れてくれたらと思ったのだが」

「なるほど! お茶屋さんで、淹れ方を習うことはできますかね?」

「習う?」

「はい。私は両親がいないので、マスターや市場の人に習って色々なことを覚えました」

「それは良い考えだ。聞いてみよう」


 レナートって、なんでこんなに良くしてくれるのかな。

 

「他に習いたいことは、あるか? せっかくだ」

「それなのですが、あの、なんでも言ってよいですか?」

「なんでも言ってくれ」

「裁縫と、手当ての仕方、です」

「? なぜだ」

「裁縫は、ほら騎士服って、ボタンとか階級章とか、色々ついているでしょう? 万が一取れた時とかに、ぱぱっと直せたらいいなって。手当ても、訓練で怪我とかしたときに、出来た方が」


 少しでも役に立つためと思って話しているだけなのに、レナートの眉尻が下がる。

 

「キーラは、すごいな」

「へ?」

「そうやって、誰かのためにと行動ができる」

「そ……でしょうか」


 きゅ、急に褒められると、恥ずかしい!!


「手配しよう」


 向かいで微笑む濃い青色の目が、とても優しくて。


「ありがとう。とても助かる」

「……はい……」


 心臓が、ギュンギュンしてしまった――


 

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