第5話 これからもよろしく、センセー
「な、なるほど……確かにこれは本気で勉強を頑張らないとまずそうだな」
「やっぱそうよな、うちもそう思ってた」
水瀬さんから勉強を教えて欲しいと頼まれた翌日、実力を確認するために今回の定期テストで出題されそうな問題だけを5教科からピックアップした自作のテストを解かせてみたわけだが中々酷い結果だった。今のままでは間違いなく赤点を取る未来は避けられないだろう。5教科の中でも特に数IIBと化学基礎の結果が悪かったため、水瀬さんは理系科目が苦手に違いない。
「暗記だけでどうにかなる世界史Bとか古文は後回しにして、まずは理系科目を中心に勉強していこう」
「オッケー、その辺は剣城に任せるよ。よろしく、センセー」
テストまで残り3週間しかない上に昼休みしか教える時間が無いため、手際よくスピーディーに教えなければならない。今回は退学にならない事が目的なため、全教科で赤点の回避が目標だ。
「じゃあ、数IIの間違えた問題から解説していくから教科書の式と証明のページを開いてくれ」
「はーい」
「よし、じゃあ解説していくぞ。この問題は……」
俺はルーズリーフに問題の計算式や公式を書いて1つ1つ丁寧に解説していく。そして一通り解説し終わったところで教科書に載っている類似の問題を解かせる。そしてまたその問題の解説をして次の問題を解かせるという流れを何度か繰り返した。
「……もうこんな時間か。とりあえず今日はここまでにしよう」
「剣城、マジでありがとう。めっちゃ分かりやすかったし、もうなんか定期テストも大丈夫そうな気がしてきた」
水瀬さんが嬉しそうな表情でそんな事を言ってきたのを聞いて、俺は思わずツッコミを入れる。
「いやいや、今日やったところはまだ基礎中の基礎だからな」
「えっ、そうなの? 最初はさっぱり分からなかったからてっきり結構難しい応用問題だと思ってたんだけど」
俺の言葉を聞いた水瀬さんはめちゃくちゃ驚いたような顔になった。そんな水瀬さんの様子があまりにも面白かった俺はつい笑い出してしまう。
「あっ、なんで笑ってんだよ」
「だってあれを応用問題とか言い出したから面白くてさ」
「あんだけ難しかったら普通そう思うだろ」
そう言って睨みつけてくる水瀬さんだったが正直全く怖くなかった。水瀬さんは結構小柄なため小動物が威嚇しているようにしか見えなかったのだ。
「って、後3分で昼休み終わるじゃん」
「やばい、遅刻したら内申に響くから早く戻らないと」
「うちもこれ以上目をつけられたらやばいし、遅刻だけは絶対やだ」
俺達は机の上に広げていた荷物をまとめると、大急ぎで教室に戻り始めた。結局ギリギリで滑り込む事に成功したため、俺の内申点は大丈夫そうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水瀬さんと勉強を始めてからあっという間に3週間が経過し、テストの前日になっていた。
「うん、最初の頃に比べてだいぶ正解するようになってきたな。まるで別人だよ」
「でしょ。センセーのおかげでうちもだいぶ問題解けるようになったし、本当感謝だわ」
学年トップの俺から見ればまだまだではあるが3週間前とは比べ物にならないくらい成長したため、この調子でいけば赤点の回避は問題なくできるだろう。ちなみに水瀬さんとはこの3週間で結構仲良くなったため、今では”センセー”とあだ名で呼ばれるようになっている。
「それにしてもこの3週間は本当にあっという間だったな」
「本当それ。センセーと勉強するのは結構楽しかったし、時間経つのがマジで早かった」
「そこまで言ってくれるとちょっと照れるな」
俺も水瀬さんに勉強を教えたこの3週間はかなり楽しく、いつの間にか学校に行く楽しみにまでなっていた。明日からはテストが始まり午前中で下校となるため、昼休みに勉強するのは今日が最後だ。だから俺は今かなり名残惜しい気分になっている。
「センセーのおかげで退学にならずに済みそうだし、めっちゃ感謝してる。ありがとう」
「大丈夫だとは思うけど最後まで絶対油断はするなよ。本番は何が起こるか分からないんだからな」
「分かってるって、センセーは心配性だな」
笑顔でそう話す水瀬さんを見て俺はもっと一緒にいたいと思うようになっていた。俺は水瀬さんの事を好きになったのかもしれない。
「……もし良かったらさ、今回のテストが終わってからもこうやって一緒に勉強しない?」
俺は勇気を振り絞って水瀬さんにそんな事を提案してみた。すると水瀬さんは一瞬驚いたような顔をしつつも、すぐに嬉しそうな顔になって口を開く。
「実はうちも全く同じ事を頼もうと思ってた、1人で勉強とかできそうにないし。これからもよろしく、センセー」
「ああ、よろしく」
水瀬さんの言葉を聞いた俺はめちゃくちゃ嬉しくなり、普段よりもやや高めのテンションでそう答えた。多分今の俺は顔がニヤけているに違いない。そんな俺達のやり取りを遠くからじっと見つめている青い瞳の視線に、俺はこの時気付いていなかった。
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