第156話 常夏の島で初戦闘




オオヤシガニ

常夏の島に生息し、ココヤーシの実に似た糞で獲物をおびき寄せて捕獲する雑食性の魔物。

六本の足と二本のハサミを携えて、迫りくる姿は見る者に恐怖を与える。




 こちらに迫りくる魔物の正体はイッテツさんが発見した糞の主だった。体長は三メートル近く、構える両のハサミは俺の体と同じくらいと言っていいほど大きい。これならプレイヤーなど軽く千切ることができそうだ。またその体はとても堅そうで俺の鉄の剣でも砕けるかどうか分からない。


「すみません。俺がこんなものを見つけたせいで」


 どうやらあれはただ催したから糞を出したわけではなく、獲物をおびき寄せるために意図して設置したものだったらしい。俺たちはそれにまんまとハマってしまったと。迂闊だった。

 イッテツさんも目の前の魔物を鑑定したらしく、俺たちに謝罪の言葉を口にした。


「気にしないでください。俺だって、あれを見たときココナッツだと思いましたもん」

「そうそう。イッテツ以外の誰かが見つけたとしても同じような結果になってたわよ。謝るよりもあれを倒す方法を考えましょ」


 俺たちはこの無人島にきたばかり。各自一つはアイテムを持ち込んでいるのだが、それは全て武器ではない。俺は錬金の釜、リーナは包丁、イッテツさんは簡易鍛冶セット、ミミちゃんは熊のぬいぐるみ。そしてユーコさんは装備ではないとは言っていたがそれ以上は秘密にして教えてくれない。

 本来は食べ物を確保した後、イッテツさんに石の武器でも作ってもらってから魔物と戦うつもりだった。しかし、こうなっては仕方ない。どうにか目の前の魔物を武器なしで倒さなければ。

 まぁ、実のところ俺にはある解決策が浮かんでいるんだけどね。


「あ、それなら俺に考えがあるので任せてくれませんか?」

「ハイト君はテイマーよね? 武器なし従魔なしで戦闘は厳しいんじゃない?」

「いえ、そうでもないですよ。そもそも俺とリーナは魔法を覚えてますし。あと俺には奥の手があるので」

「そうそう。魔法なら武器なしでも戦えるからね! 今日は私が大活躍するチャンスだ!!」


 妻はすでに魔法陣を展開している。色からして闇魔法だろう。


「なるほど。それなら問題ないわね。私もメインではないけど、魔法使いにはなってるから協力できるわ」


 そう言うとユーコさんも魔法陣を展開する。色は黄色? 見たことないな。

 まぁ、いいか。ひとまず俺も魔法を使おう。


 俺が覚えている唯一の魔法は火属性。意識すると地面に赤の魔法陣が展開される。


「じゃあ、わたしが、まもる」


 俺たちを守ると宣言して、ミミちゃんが一歩前に出る。あの華奢な少女にタンクは無理だと思った俺はユーコさんへ視線を送るが、問題ないという言葉が返ってきた。

 妻の方を見ると、彼女もまたミミちゃんへ心配そうな視線を向けている。


「くーちゃん、れっつごー」


 ミミちゃんが小さく呟くと――――手に持っていた熊のぬいぐるみが輝き始めた。


「えっ!? 何?」


 妻が驚きの声を上げるが、目の前の出来事は止まらない。光を纏ったぬいぐるみはズン、ズンと大きくなっていき、すぐに俺の身長を超えた。そしてオオヤシガニと同程度まで巨大化すると光が収まる。


「すごい……ミミちゃんのぬいぐるみってそういう使い方をするんだ」

「へへ。くーちゃん、つよいから。安心して、まほう使って」


 妻が熊のぬいぐるみについて言及すると、ミミちゃんは嬉しそうに反応する。


「こういうことだから、私たちは魔法に集中しましょう?」


 それから俺たちは一切の攻撃を受けることなく魔法発動までの時間を過ごした。

 オオヤシガニは当然攻撃してきたが、巨大ぬいぐるみが全て受け止めてくれたのである。


「くらえっ、火魔法ファイヤーボール!」

「闇魔法、ダークバレット!!」

「散りなさい、雷魔法、ダブルスパーク」


 三者三様の魔法を披露。それぞれがオオヤシガニに向かって放たれる。

 オオヤシガニはそれに気づき、回避しようとするが熊のぬいぐるみが羽交い締めにして逃がさない。

 結果、俺たちの魔法は魔物とぬいぐるみを呑み込む。


「あ、レベルあがった」


 熊のぬいぐるみが縮み始める。そして解放されたオオヤシガニの体は砂浜へ倒れ込む。それとほぼ同時にミミちゃんからレベルが上がったと聞かされる。

 ――――レベルアップのアナウンスは戦闘終了後にしか流れない。つまり俺たちの勝ちだ。


「ごめんね、ミミちゃん! 魔法で熊さん攻撃しちゃった」


 戦闘が終わってすぐ妻がミミちゃんの方へと駆け寄った。


「ううん。大丈夫。くーちゃん、いたみ、感じないから」


 俺もファイヤーボールを当ててしまったことを謝罪しようと思い近づいたが、意外なことにミミちゃんは気にしていないようだった。


「そうなの?」

「うん。気に、しなくていい」

「そっか。わかったよ!」


 妻とミミちゃんが放している間にサクッとユーコさんがオオヤシガニを解体する。俺は素材に興味があったので、何が手に入ったのか聞きに行こうとしたところで――――。


「うぅわああああああ! 俺だけ役立たずだぁ!!!」


 イッテツさんの悲しい叫びが砂浜に響いた。



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