第44話 様相、ここで把握〈佐久間凛花〉

「‥‥えっと? 凛花さん?」


 沙衣さんは、助けを求めるようにレイヤと私を交互に見てる。


 誤魔化そうとしたって無駄よ。


 私がどこまで知ってるのか計りかねて戸惑っているの?



「凛花? どういうことだよ? 何がわかってるの?」


 レイヤも青ざめた顔で立ち上がった。



「そう! 私は憑依によって何もかも知ったのよ!! 沙衣さんはトシエさんを封印したことで恨まれているんでしょう? だから、もう隠し立ては不要よ? 沙衣さんから全て話して下さい」



 本当は疑問の方が多いし、ほんの一部知っただけだと思うけれど、はったりは必要ね。


 これで、沙衣さんはレイヤに向けてためらうことなく自ら話してくれるはずよ。私の知り得なかったことも含めて‥‥‥



「何もかも? 憑依で? そんなこと起きるんだ?‥‥こうなったらしょうがないよな? これで話す名目が出来たってことで。俺が誓いを破ったわけじゃないし、もう知っちまったんなら、話しても何も変わらないってことだろうし‥‥」


 誰に言うでもなく、下を向いてぼそぼそした後、レイヤと私を、チラッ‥チラッと、交互に見た。


「‥‥だけど、このことはあんたら夫婦だって誰かに話すことは許されないぜ? これは茉莉児シンさんと隣の二見の奥さんと俺、二見さんの実家の神谷家の2人、計5人だけの秘密だし。むやみに他で話したら、あの陰陽師パパに何されても知らねーからな」



 沙衣さんはふて腐れたように、すぐ後ろのローテーブルに座って脚を組んだ。


「‥‥あの陰陽師パパって?」


 レイヤが話に引かれて、ソファの端に座り直した。


 私もさっきまで沙衣さんが座っていた反対側の隅に腰掛けた。


 目の前のテーブルにはお行儀の悪い沙衣さん。ソファの向こう端にはレイヤ。



 私は知ったかのボロが出ないように、なるべく黙って聞いている方が良さそう。


 質問はレイヤがしてくれるはず。



「‥‥‥それは隣の二見さんの奥さんの父親のこと。神谷家のじいちゃん。敵に回すなよ? ここのローカルの有力者だぜ? 自分の土地建物入居者ばかりじゃなくって入居霊まで管理してんだからな? あの一族ヤバい」


「‥‥ちょっとわかんない、かな‥‥‥俺」



 レイヤが私をチラリと見たのが分かったけれど、気づかない振りをした。


 だって私に聞かれても何のことやらだし、困る。



「要するに、ここの一帯も昔は二見さんの実家、神谷家の土地だったってことさ。この家には俺の義理の母親の霊だけじゃない、昔からここに住み着いてる霊もいる。佐久間さん、あの箱開けた時、見たんだろ? 赤い糸巻かれた紙で出来た二体の形代をさ」


「‥‥‥あ!」


 レイヤは慌ててスマホで撮った写真を呼び出した。


「‥‥‥確かに‥‥‥ほら、凛花見て」


 桐箱はレイヤ一人で片付けてくれたから、私は箱の中身を初めて見た。これが形代‥‥‥



「奥さ‥‥凛花さんがどこまで知ったのか知んないけど、さすがに全部ではないだろ? 今のことだって知るはずはない! 憑依で知ったって言うのならトシエが知らないことまで知れるわけないし。あん? 白い方の幽霊についてはなんも言わないの?」


「‥‥‥白いって?‥‥それは‥‥‥えっ?」



 まさかもう一人いるってこと?!



「フッ‥‥やっぱりな。ふざけやがって。あんた、本当はほんの一部しか知らないよな? で、俺についてトシエを通じて何か知ったのなら、それは個人情報だ。口が裂けても誰にも言うな! 旦那のこいつにもな!」



 あらら、非常に頬を染めている。それが言いたくて私を牽制していたの? ちょっとニヤけてしまいそうだけど我慢!


「そー、そうね。どうやら知ったのは全てではないみたい。私の思い込みだったわ。私に取り憑いたのは沙衣さんの継母の幽霊で、あなたを恨んでいるということを知ったの。それだけよ。気持ちと記憶を一時共有したから」



「えっ? 何? わかんない。俺だけ仲間外れ?」


 レイヤが口を尖らせてる。



 個人の尊厳は大切よ、レイヤ。ご希望通り、沙衣さんの幼少時の思い出は伏せておくわ。同情すべき境遇も、‥‥‥実は義母に食いつくマザコンってこともね。



 では、今からは遠慮なく質問させて頂くわ。



「話して下さい。あの箱がここの床下に秘されていた訳は?」 


「そりゃ、白無垢さんの力の方が強いからじゃね? 白い方は大昔から、ここにいた地縛霊なわけで。ここに置いとくのが一番落ち着くらしいから。多分トシエの霊がここに留まっていたのは白無垢さんが利用すんのにちょうど良かったから引き留められたんだと思ってる。個人的にはね。だからさ、この現象の源は結局は白無垢さんだろ? 大本は俺んちじゃなくてこの場所だ。白無垢さんが命を絶った柳の木が生えていたここ! トシエなんてオマケだってば。‥‥質問はそれだけ?」


「この家の土地に柳の木が? 白無垢さんて誰ですか──────」




 ──彼が私たちに話したことは信じがたいことだったけれど、今の事実とは合致していた。



「‥‥ということで、俺たちは隣の二見さんの協力が必至だ。そこで、凛花さん。すぐに呼んで来てくんね? もう、夜10時半過ぎちまってるし、女性が行った方がいいだろ?」


「ええ、構わないわ。いらっしゃるかしら?」


「さあな? 幸運にかけようぜ。さ、行こう。また取り憑かれちゃアレだし俺、下まで送ってくわ」


「ええ」



 沙衣さんと私が立ち上がると、レイヤも慌てて立ち上がった。


「待てよ! 河原崎さん! そのまま逃げ帰る気じゃないんですかっ?」


「ふぁっ? 何でそう思う? なら、佐‥‥久間さんも来いよ。塩と破魔矢も持ってくれ。途中で出ないとも限らないし。あ、俺のことは奥さんと同じで『沙衣』でいい。こっちも『レイヤさん』って言わせて貰う」


 そうね、私だけが下の名前で呼び合ったら、二見さんには親密に聞こえてしまうもの。おしゃべりだと噂の奥さんにおかしな誤解されたら大変よね。



 私たちは緊張しながら、なぜか忍び足になりながら階段を下りて、玄関まで何事もなく到着。


 家の中を移動するだけでこんなに緊張するなんて、変な話ね。



 私はサンダルに履き替え下りた三和土たたきから、上がりかまちに立つ二人に小さく頷いた。


「じゃ、凛花、頼むな。沙衣くんはここから出ないで下さい。隙を突いて逃げても連れ戻すからな!」


 レイヤは沙衣さんを牽制した。


「‥‥信用ねーな。勝手に言ってろ!」


「じゃ、行ってきます」


 私はカギを開けてドアを押した。



 ガチャガチャ‥‥



「‥‥あれ?」


 ガチャガチャガチャ


「‥‥‥え?」


 私は振り向きレイヤの顔を見る。



 レイヤが靴を引っかけて三和土に下り、ドアを押した。


「開かない?! 何でだよ?」



 レイヤが玄関ドアにドンと体当たりして大きな音が響いた。



 開かない‥‥‥



「どういうことだよ‥‥?」


 レイヤの目が困惑で揺れている。


 やっぱりこれも心霊現象なの? 私たち、閉じ込められたってこと‥‥?



「‥‥お‥‥‥お前ら‥‥すぐに2階に戻れ‥‥早くっ!!」



 沙衣さんが、廊下の奥の薄暗い向こうを向いたまま、階段に戻るように手で合図した。






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