第37話 共同脱出〈二見早苗〉

 ──これは間違ってるよ。お父さん。



 お父さんが、無謀な私を閉じ込めるために、施した守護結界だけど。


 ごめんなさい。大好きなお父さん。命を削ってまでのその親心を無駄にさせること、お許し下さい。



 お父さんにとっては子どものままでも、私はもう立派な大人。


 ここに籠っているわけにはいかないのよ。



 出来る限りのこともしないまま、自分だけは安全圏に籠り、沙衣くんにもしものことがあれば、私だってもう生きてられるわけない。



 私は後悔する生き方はしたくないのよ。人に意見は求めど、選択権はいつも自分が持ちたい。それで結果悔やむとしても、責任は自分で取ればいいだけよ。



 ──最善を考えるのよ、早苗! 私にだって、多少の知識は蓄積されてる。なんたってお父さんの娘なんだからね!



 この闇のベール。解除の方法は不明だわ。


 えっと、他に知ってることは? 本来、これは封印呪術ではなくて守護呪術。外側からは強固でも、内側からはそうでもないってマニュアルで読んだことがある。ま、そうでなきゃ守護には不都合だわよね。


 そうね‥‥夜の帳を降ろし闇を施す神は、神聖な炎はお好きではなんじゃないかな?


 幸いにも私のこの炎は、呪文を込めて点火された穢れ無きみなもと浄火じょうかであり、根基こんき灯火ともしび


 私がくぐり抜ける穴くらいなら、一時的に開けられるんじゃないかしら?


 通り抜けは1、2秒あればいい。私、スレンダーだし、動きも機敏。穴もそれほど大きくする必要も無い。



 祈りを込めてろうそくを手に取った。


 ──お願い! 私を通して。


 試しに恐る恐る黒いベールの壁を、ジリジリとあぶってみた。



 開いた! 小さな穴が一瞬開いてすぐに元に修復された。



「やっふー!! これイケるわっ! もう~、私ったらすごいっ!! これ乗り気ったら、ご褒美に夜明けのカップラーメンといっちゃうわよ~。さっきシンさんの部屋にたっくさんあったの見ちゃったしー」



 自画自賛してモチベを上げた。


 いつだってポジティブ、明るいのが私の取り柄。『早苗は喋り過ぎだ! 一人で3人分うるさいっ』って身内からは注意されてるけどね。



 私の独り言が、この黒いドームの内側で、思いの外響いたようね。



「う‥‥‥ん‥ん‥ん‥‥‥俺の‥‥‥備蓄食料が‥‥狙‥‥‥ったく‥‥誰だ‥‥‥むにゃ‥‥‥‥」



 シンさんのまぶたが動いた! と思ったら‥‥‥あ、また寝た。


 でももう、目覚めは近いのね。


 起きそうならさっさと起きてくださいな。事情もわからず一人こんなとこで目覚めたらパニクりそうだし、出来れば出る前に説明しておきたいわ。


 とにかく、私急いでるの。ごめんあそばせ。



 ‥‥‥ボコッ



「うっ‥‥‥」


「シンさん、起きて!」


「‥‥‥あれっ、ふっ‥‥二見さん! ここ‥‥‥どこよ? 俺‥‥‥?」


「ここは魔法円の中よ。気分はどう? 大丈夫?」


「‥‥いつの間に。あ‥‥俺、助かったんだ? うっ‥‥起き上がろうとしたら、脇腹にズキッと来た。無意識の内にどこかにぶつけたようだな‥‥」


「へ、へ~‥‥そう。で、でも、きっと大したことはないんじゃない? よかったわ、こんなに早く意識が回復して。ここにいればほぼ100%安全よ」



 シンさんの背中を支えて脇にてキリッと頷いた私を見て、ホッとしたみたい。床に脚を投げ出して座ったまま、両手で顔を覆った。


 私は簡単に状況を説明した。



「‥‥と、言うことで私はすぐにここを出るわ。ここにいれば安全だから、あなたはここにいればいい」


「待ってくれよ! 俺も行く。こんなとこで一人にされても、それはそれで嫌だ。なあ、いきなり出るのもリスクじゃね? 出る前に外側の様子を探っちゃどう? 小さな穴を開けてさ」


「‥‥それもそうね。出た途端にやられたら、意味ないし。ナイスアイデアね」




 そして、小さな穴を開けて私の目に飛び込んで来たものは───



「沙衣くんっ!」



 御札らしきものを握って床に倒れている。



 ああ‥‥‥これってどういう状況? 今はなんとも言えないけれど。


 幽霊は沙衣くんの回りにはいなかったということは‥‥? まさかもう‥‥


 悪い想像ばかりしてしまう。ううん、まだわからないわ!



 私の心臓が早打ちするけど、落ち着かなきゃダメ。



「こっち側も穴を開けて見てみましょう」


「だな‥‥」



 ──私、二度見してしまったわ。



 一体どうなってるの?! これって沙衣くんが? どうやって?


 召喚の三角魔法陣の中にトシエさんと白無垢さんが入ってる!!



 ただ、静かに佇んでいる白無垢さん。綿帽子で下半分しか見えないその横顔。さっきは子どもみたいに不機嫌に怒っていたけれど、今はどことなく機嫌よさげ? 口許には笑みが浮かんでいるような?


 一方で、トシエさんは見えない障壁を叩きながらわんわん泣いていている。



「シンさん、見た? 沙衣くんが身を捨てて閉じ込めてくれたのかしら‥‥‥」


「‥‥ヤバい、やるじゃん。‥‥アイツ、転がってっけど生きてんだろうな?」


「私たち、すぐにここを出るべきね! もし、生気全てを奪われてしまったとしても、多少のロスはあるだろうけど取り戻せる可能性があるわ! そこに奪った霊がいるんだもの。奪われたものは取り返す。沙衣くんを絶対に助けるわ! そして2体とも一気に封印する!」


「‥‥でもさ、あっちのろうそく、角2本消えたままだぜ? さっきは出て来たのに、またおとなしく入ってるなんて‥‥おかしくね?」


「いいのよ! こういうものは現れた結果が全てよ。理由を深く考えてたら進まないの。でも、私たちのろうそくは持って出た方がいいわね。灯し直さなければ」


「待てよ!‥‥ワナかもしれないぜ?」



 襲われたシンさんが慎重なのも無理はないわ。でも、倒れてる沙衣くんを目にしてためらってる時間はないの。



「シンさんはここに残ってもいいのよ?」


「ちっ‥‥‥ここまで来て何でだよ?」



 シンさんは眉間をしかめた。





 私の源の浄火で穴を開け、シンさんを先に出して、閉じ行く小さな穴から急いでシンさんの根基の灯火を手渡す。


 私は再び穴を開け、ろうそくをシンさんに手渡してから、さっと穴を抜けた。


 


 私たちの安全地帯である魔法円は闇のベールで覆われていて、私たちが逃げ込める場所は無くなった。


 だから、この2体の幽霊が入るこの障壁が再び破られる事態は、決して許されない。



 あんな目にあったのだから、さすがにシンさんだって、トシエさんの言葉にはもう惑わされないわよね?


 いくら美女が泣き叫んだって無視してちょうだい。


 さっきからトシエさんを気にしてちらちら視線を惑わすシンさんの背中をバシッと叩いた。



 転がっていた沙衣くんのろうそくに私の灯火を移し、それを召喚魔法陣のろうそくの角に灯し直す。シンさんも同様に。


 これで召喚魔法陣の結界強化は元に戻された。



 ひとまず、こっちはこれで大丈夫。



 私たちはろうそくを灯し直すと、次は倒れるように横たわっていた沙衣くんに急いで向かう。二人で注意しながら仰向けに寝かせ直した。



 シンさんが耳を近づけ、呼吸と心音を確かめる。


「よし! 大丈夫だ」



 ──よかったぁ‥‥


 でも、まだ安心は出来ない。意識を取り戻すまでは。



 沙衣くんの、普段はうざい前髪で隠れがちになっていた顔が露になってる。


 やっだ。女の子みたい。


 だから、気にして前髪で隠していたのかしら?



 薄暗いこの部屋で、揺らめくろうそくに照らされたその顔はスリーピングビューティーを思わせる。


 そう言えば、小さい頃も可愛らしい顔してたっけ‥‥‥




「‥‥寝てるだけだよな? まさか、意識は夢の世界へ行ったままなんてこともあり得るんだよな、隣の小僧。とりあえずどうなってるか起こしてみっか」


「そうね。でも、私が言うのもアレだけど、乱暴に扱わな───へっ?」



 私が言い切る前にシンさんは実行していた。



「‥‥‥‥あ、あの」


 それって人工呼吸してるの?



「‥‥?」


 シンさんは一旦やめて疑問を込めた目で私を見上げて、また続けた。



「ねぇ‥‥起こすってそういうのとは全然違うんじゃない? 呼吸が止まっているわけじゃ無いから、そうではないのでは?」


 私の助言を頑なに無視するシンさん。


 ううん、もしかしたらあれこれ勘違いしてて、お姫様を起こす王子様のつもりの可能性? 



「おっ‥‥気がついたかも! 動いたっ」


「‥‥‥んんっ‥‥‥オッ‥‥オエッ‥‥‥くっせ‥‥‥」



 沙衣くんは、眉間を寄せて、呻いた。



「小僧、起きろっ!」


「沙衣くん‥‥大丈夫? いろんな意味で‥‥‥」



「‥‥‥あ? 俺‥‥‥‥? 二見さんに、シンさん‥‥」



 シンさんが口許を袖で拭いながら、私に笑顔を向けた。真意は不明ながら、この行為には全く悪気は無かったらしい。


 しかも、沙衣くんはこんなんで本当に目覚めてるし。



 未知の世界では結果が全てよ。だからこれでオッケー。



『王子様と目覚めのキス』の法則は、後世で解明されるかもね。


 私の推測では、嗅覚に強く訴えることが重要に思えたわ。



 ──以上のことは沙衣くんには黙っておこうと思う。

 



「沙衣くん? 私に絶対に従ってって事前に言ったでしょ! 次からは無謀は許しません!」


「‥‥スッ、スミマセン‥‥‥」



 シンさんが、横から私の肩をポンと叩いた。




 目に見える景色が歪んだ。安堵と共に溢れてきた涙で───







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