第27話 用意万端〈二見早苗〉
「クローネちゃーん、ママが帰ったわよ! またすぐ行くけど」
ああ、猫の手も借りたいくらい急いでるの。クローネはお迎えに来ないわね。
ま、いいか。どこかに潜り込んで寝ているのかしら?
私は自宅玄関に入ると、まず靴箱上の飾り棚の上に張ってある御札をバッグに入れた。
これさえあれば。
えっと、他に封印の儀式に必要なものは‥‥
茉莉児さんの家の玄関は幽霊にとおせんぼされて通れなかったから、靴を履いて帰れなかった。
私は足の裏が汚れたストッキングのままスリッパを履き、せかせか階段を上る。
木の箱が要るわ。中二階の物置部屋に桐箱がいくつもあったわね。
マスクメロンとか、お素麺とか、カステラが入っていた空き箱。
ああいうのってただ捨てちゃうのももったいなくってついつい保管していたけど、とっておいて正解ね。
天井の低い物置部屋の片隅に積み上げてある箱から、ちょうど良さそうな大きさの箱を探す。
ああ、これがいいわ。カステラが入っていた桐箱。
えっと、箱の中に敷く白い布は‥‥‥
キッチンへ行ってコップに水を注ぎながら辺りを見回す。
一口飲んだところで、いいもの発見!
出窓に掛かったシルクのカフェカーテン!
掛かったままのカーテンの角をキッチンバサミで四角く切り取った。
ちょっと切り口がギザギザで汚いけど後で直そう。ならハサミも必要ね。小さなハサミも。
集めたアイテムを手近にあった空き段ボール箱にポイポイ投げ込んでんでゆく。
キッチンに向かい、冷蔵庫からとっておきの生酒のビンを取り出す。
お父さんの実験によれば、『除霊封印には日本酒の生酒が一番効く!』‥‥だったよね? う~ん‥‥お父さんが余った生酒を飲みたかっただけかも知れないけど。
実家への手土産に買っておいてよかったわ~。
小さな丸い白いおさら4枚とお猪口。ろうそくにお線香。マッチも!
重要アイテムの刃物は沙衣くんが持って来てくれるからいいとして‥‥‥
そう言えば、塩は瀬戸内海産の天日干しの粗塩がいいんだけど、沙衣くんにはそこまで言ってはいなかったわね。そんな余裕がなくって。
沙衣くん、ヒマラヤ岩塩とか、味つきの精製加工塩持って来てたりして。邪気祓いがイマイチらしいのよ、アレ。ここは国産で、混じり物は無い方がいい。ま、だとしても効かないこともないわよね? おんなじ塩だし。
一応私も粗塩持ってこっと。ほんと、色々要るのよね。今度は忘れ物しないようにしなくちゃ。ああ、忙しいこと。
いくらかの半紙と白い封筒。筆ペン。赤い木綿糸。そうそう、封印の糊付けはご飯粒でだったわね。冷蔵庫の中の残りご飯を摘まんでラップに包んでっと。
使用するものはなるべく自然素材に近いものがいいらしいのよ。
おかしいわね。クローネがいないわ。
さっきから階段を駆け上ったり下りたり、家中まわってるのに。
きっとベッドの下にでも潜り込んでいるのかもね。
えっと‥‥‥これで、全部かしら? 儀式の途中で足りないものに気がついても困るわよね。失敗したらこっちが危険な目に遭う可能性もあるし。
一応実家のお父さんに電話で聞いて確認しようかしら? 急がば回れって言うしね。儀式は神谷家の一子相伝の極秘事項って触れ込みになってるけど、たぶんイケる。
案の定、お父さんに電話してみたら、代理で兄のお嫁さんが、私のスマホに要るものリストを送ってくれた。
そうそう、お線香とろうそくとマッチも使うんだった!
ついでに呪文を撮した写真も添付してくれた。へぇ‥‥これ読めばいいのね。
ムズッ‥‥。こんなんだっけ? 聞いといてよかったぁー‥‥‥
やっぱり一子相伝って口先だけだったわね。お父さん、何に影響されて、そんな恥ずかしい設定してたのかしら? そんなんじゃ絶対後世に伝わんないし、滅びる前提よねぇ?
よし! 大丈夫、これで全て揃ったわ。やれやれ‥‥‥
あ、そうだわ! 巫女さんコスチューム着た方がいいわ。厳かを演出する雰囲気のハッタリは、儀式には重要な要素。人にも霊にもね。だって、古来、治世は、儀式によって人々を治め従わせて来たんだもの。
衣装、ずっとクローゼットの奥にかかったままのはず。
着替えてたら時間経っちゃうかしら? ううん、着物とは違うからほんの5分で済むわ。
ま、行くの多少遅れて生気を奪われたところで、シンさんは今まで大丈夫だったんだから大丈夫よね?
それに沙衣くんにはお清め塩頼んであるし。
ナイフと塩を取りにいっただけだもの。とっくに茉莉児さんちに戻っているはずよ───
髪は後ろでひとつ結び。足袋履いてっと‥‥‥
私はいそいそと、なんちゃて巫女さんにへんしーん! やる気出てきたわ〜!
これくらいしないと雰囲気は出せないもの。
「クローネちゃ〜ん! ママ、もう一回行ってくるわねー」
キッチンの床に用意したエサ入れに、好物の煮干しを3本入れておいた。
家を出ると、茉莉児さんの家の全面左右2角に呪文をかけた盛り塩を急いで置いた。これは霊を外に逃がさないために。
トシエさんは地縛霊じゃないからどこにでも移動出来るはずだけど、茉莉児さんの家から出ようとは考えが及ばないようね。白無垢さんは、その反対。
切羽詰まれば白無垢さんはトシエさんを使って逃げるかもしれないもの。
このコスプレをご近所の誰かに見られるわけにはいかない。
さっさと自宅に戻り、裏側テラス窓から出た。
それから、ごちゃごちゃ入った段ボール箱を塀を越えた隣の敷地へと前屈みになりながら気をつけて下ろす。
普段からジムでトレーニングしていてよかったわ。いまだ前屈は、床に手のひらがぺったりつける柔らかさだもの。
袴の裾をまくり上げて隣との塀を乗り越える。
私たち3人の家の裏側は単身用アパート。私のお父さんが初めて賃貸を建てた所。
もう、そろそろ建て替えの時期だから、新たな入居者は入れていないし、半分以上は空き部屋状態。しかもこの古い建物にはベランダが無い。こちら側はアパートの背面だから、人目をそこまで気にする必要は無いのはラッキーだわ。
玄関裏側のシンさんのお部屋に回った私。ここにも角の2ヶ所に盛り塩を。
──さてと。
妙な静けさだわ‥‥‥
シンさんの部屋には明かりはついていないけど、廊下の電気が漏れてる。
冷たくて重たい空気‥‥‥‥
レースのカーテンが揺れるテラス窓のガラス戸は開けっ放し。
私は閉めて出たはずだから、沙衣くんが戻ってるんだわ。
ここに脱いで転がった大きいスニーカーもあるし。
「お邪魔します‥‥‥」
私はサンダルを抜いで、足袋の足でシンさんの部屋にそっと入った。
よーく考えると、ううん、考えなくても、客観視すれば今の私って相当おかしな人だよね?
巫女姿で隣の家に忍び込んでるんだもの。
なんだかすっごくドキドキして来たわ‥‥‥
荷物を床に置いてから窓を閉め、厚手のカーテンを引いた。
開けっ放しでは声が外まで響くし。これから封印の儀式だもの。
緊張するわ‥‥‥
心臓の音が自分でわかる。ドッドッドッド‥‥‥
「沙衣くん、どこにいるの?」
小さな声で呼んでみたけど、返事はない。
塩は撒いたのかしら? この辺の床には落ちてはいない。
なんだか妙な胸騒ぎ。
シンさんの部屋から廊下にそっと顔を出した。
シンさんはどうなったの。沙衣くんが既に塩で助けたかしら?
廊下の向こう、玄関の方を見て、私は思わず悲鳴を上げた。
だって目の前で‥‥‥!!
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