第23話 封印準備〈河原崎沙衣〉
「あっ!!」
二見さんは何か閃いたのか、急に手を胸の前で一回叩いてにんまりした。
ちょい、挙動不審。
俺もさっき記憶一瞬無くしたし、人のこと言えないけどね‥‥‥
なんだか、二見さんも恐怖でキョドってんのかな。
マジで怖い時って余裕無くして、人間妙な行動に出てしまうもんなんだな‥‥‥
二見さんは、落としてたバッグをささっと拾うと中をガサガサ探り出した。
「大丈夫よ、沙衣くん! 私のバッグの中に最強アイテムが‥‥‥」
俺に力強く頷く二見さん。
ついついつられて俺もわけも無く頷いた。
そのうちに二見さんは、バッグの中身を一個ずつぽいぽい床に投げ捨てて、終いにはハンドバッグを逆さに振った。
ハンカチやら家のカギやら財布やら、ハンドクリームのチューブやら、ポケットティッシュやら、もろもろが床に散らばってる。
仕上げににカラになったバッグを床にポトリと落とした。
「ちょ‥‥‥二見さん」
最強アイテムって?‥‥‥おいおい。
恐怖への拒否反応が、この状況から逃れようと必死なんだろう。
いきなり幽霊がもう一人増えるだなんて想定外だろうし。
俺はしゃーなく落ちてるものをバッグにちまちま拾い集める。
「ないないないわッ!‥‥‥ハッ!! そうよ‥‥私‥‥‥そう言えば‥‥‥」
さっきは青くなってて、今度は赤くなった顔がまた蒼白になったり、やっぱ変。
「どうしよう! 御札はうちの玄関に貼ったままだったわ! その御札を取りに行きたいけど、ここの玄関には茉莉児さんと幽霊が──」
最強アイテムって、御札かよ。
相当パニクってる。冷静な判断が出来ないくらいに。
「だったら、茉莉児さんの部屋のテラス窓から出れますけど‥‥‥」
「‥‥! ‥‥そ、そうよね!! ハハハ‥‥出入りは玄関からじゃなくたって出来るわよねぇ、沙衣くん天才ッ!! ジーニアスッ!! 私、行って来てすぐ戻るわッ!! この際、封印の儀式の道具もついでに持ってくるから、サイくんは茉莉児さんをお願いねっっ!」
「えっ?! 封印ってなんだろ‥‥‥。お願いってされてもどうすりゃ‥‥」
俺、もう家に帰りたいんだけど?
‥‥‥って、わけには行かないよなやっぱ。
俺の言葉は二見さんには素通りされた。これからしようとすることで、頭がいっぱいらしい。
「あっ、そうだ! あれの手頃なものは私の家にないわよ。沙衣くんちにないかしら? 古い刃物。古ければ古いほどいいんだけど」
すぐにあれが頭に浮かんだ。俺がトシエを殺ろうとしてゴミ漁って拾ったナイフ。俺の小2ん時からの宝物。
「‥‥‥ありますけど。緑青に覆われているナイフですけど。俺、大事にしてて‥‥‥」
「まあ! ステキだわ!! 緑青が出てるなんて相当古そうね。自由の女神並みね。物はモノによるけれど、物には独自の力が宿るらしいのよ。 大事にされればされるほど持ち主の願いを叶えてくれるものなのよ。反対に粗末に棄てられれば宿った
トシエの幽霊を封印するってこと? 二見さん、実はそんなこと出来るんだ?
普通の金持ちの奥さんだと思っていたのに、ガチのサイキックだったとはね。
なら、これも運命かな。あれはもともとトシエを消したい一心でゴミから探し出したナイフだし。
「わかりました。それで封印の儀式ってのをこれから?」
「そうよ! 急がなきゃ!! 刃物は持ち主が切りたいものを切ったり、身を護ったりしてくれる道具でしょう? 封印には必須アイテムよ。付喪神が宿ってくれていれば上等だけれど、いなくても一時的にはイケるはずだから」
「つくも‥‥‥?」
俺の疑問は無視して、二見さんは言いたいことを続けた。
「ナイフを持ったら、ついでに塩も持って来て。それでここに戻って取り敢えずあの幽霊たちに向かって撒いておいて。効かなかったら、一旦外に逃げていいから。茉莉児さんが今、多少生気を吸い取られてても、すぐに死ぬことはないと思うわ。たぶんだけど‥‥‥」
「えっ、たぶんですか? ‥‥まあ、いっか‥‥‥えっと、それと塩ですか?」
ナメクジじゃあるまいし、そんなんが幽霊に効くのかわかんないけど、今はこの人に従うしか無さそう。
茉莉児さん、どうなってんだろ? もはや怖くて見らんないよ、俺。
「さっ、行くわよ、沙衣くん」
俺の背中から肩を押してシンさんの部屋へと促しながら、その後ろで叫んだ。
「茉莉児さーんッ、すぐ戻るから堪えててねぇー。私たち、あなたを見捨てはしないからぁー」
『私たち』かよ? ああー、俺ももう逃げらんないな。どこまでも俺を苦しめるトシエ。
──こうなんのも運命かもしんない。
ま、トシエから逃れるために一人で立ち向かった小2ん時よりマシだよな。今回は二見班長さんがいるし。
よっしゃ! 封印の儀式、上等じゃんか。
俺らは靴もないまま、テラス窓から出て、それぞれの家に向かった。
二見さんって、優雅な生活してる奥さんなんだろうけど、壁越えの動きがアスリートでビビった。人は見かけによらないね。
******
家に帰ってあの懐かしいナイフを手に取った。
──俺の宝物。
これで自分を、レイラを守ろうとしたんだ。トシエから‥‥‥
幼き日に抱いた苦い思いが甦る───
胸の中に、いつも真っ黒なドロドロしたものが渦巻いているのを自覚していた。そのドロドロは何なのか自分でもわからなかった。ただ、それはとても重くて苦しくて。
時々ドロドロが存在をすごく主張してくることがあって、そん時はマジで押し潰されそうな感覚に陥っていた。これがもっと増えてMAXになった時、俺は耐えられなくなって飲み込まれて狂ってしまうのかなって思ってた。
これを手にするまで。
この小さなナイフ、さしずめ俺のエクスカリバー。
俺の聖剣。
フッと思い当たった。
もしかして、トシエがこの家に来なかった理由はこのナイフ?
「なあ? お前が俺を護ってくれてたのか? 俺がお前を拾って助けて宝物にしたから。‥‥‥なーんてな」
何となく語りかけてみた。
‥‥‥何にも起きねぇじゃん。
突然この
‥‥‥未だに厨病とは、情けない。
「ちっ、だよな。まあいいや、後は塩か。急がないとな。茉莉児さん、今頃、生気吸われてっかもしれないし‥‥」
なんて思いながらも、オヤジのクローゼットから引っ張り出した今着ている足首が出てしまう堅苦しい黒いスーツは脱ぎ捨て、いつものパーカとデニムパンツに着替えた。
腰のベルトに手製の鞘に納めたナイフを差し込む。
買い置きしてあった粗塩の袋をキッチンから持ち出し、隣との隔ての塀を片手をついてひょいっと乗り越え、茉莉児さんの部屋のテラス窓から中に戻った。
「茉莉児さーん! 戻ったぜ!! 大丈夫ですかー?」
廊下からの明かりが漏れる部屋に入るやいなや、向こうの姿も見えぬまま呼び掛けた。
俺は単純にも、ナイフを持ったら強気になっていた。
──だが、俺は廊下を数歩進んだところで秒で固まった。
玄関の扉に背を預けるようにしたシンさんと全裸のトシエが、抱き合って口づけを交わしているのが見えたから。
俺の声で、トシエが虚ろな目でゆっくりとこちらに振り向いた。
「‥‥‥!」
シンさんのくちびるの間から漏れる青白いモヤの柔軟な線が、こちらを向いたトシエの口と、ふわりと繋がっていた。
「こっ、これって‥‥‥」
俺は速攻口を固く結び、右手で塞いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます