床下の ~隣人のみぞ知る

メイズ

床下の 〜隣人のみぞ知る

第一章 新しき入居者

第1話 桐箱〈佐久間レイヤ〉

 ──床下には、謎の木箱が収められていた。



 俺はその頃、大学の同級生の木ノ下凛花と5年越しの愛を実らせ、結婚を控えていた。


 それに伴い二人の新居も準備することに。


 俺たちは休みの度に不動産屋を回り、手頃な中古住宅を手に入れるに至った。

 築20年余りの木造三階建て住宅だ。


 不動産屋によれば、元は両親と息子さんの3人家族が住んでらしたそうだ。


 やがて両親が亡くなり、40代の息子さんはしばらくそのまま暮らしていたが、やはり一人では広すぎるということで引っ越したと聞いている。


 庭も無いけれど、坪単価のわりと高いこの地域では仕方がないと妥協した。車が置ければ問題ない。これがこの辺のスタンダードだ。将来子供が生まれたとしても部屋も6部屋あるし、全然オッケーだろう。



 俺たちはここに越す前に、業者に壁紙や水回りのリフォームを発注し、凛花の希望で、追加で床下清掃と薬散布も専門業者に頼むことした。


 築年数も経っているし、白蟻が出たら大変だ。ついでにGも出なくなるらしいし、更なる出費は痛いが入居する前にやっておいても損はないだろう。



 俺は、基本在宅ワークだし、週5で出社をしなければならない凛花よりは自由だ。


 俺が業者の作業に立ち会うことにした。




「佐久間さん、床下に木の箱があったのですが、どうしますか? このまま床下に置いておいてよろしいですかね?」


「え、箱ですか? なんだろう‥‥‥じゃ、玄関のたたきに出しておいて貰えますか?」



 ティッシュ箱の大きさ程の、謎の桐箱の出現だった。



 前の家主のこの置き土産については、少し気になってはいたが、それは些末なことで、他にも忙しいことは山積みだった。


 俺たちがささやかな結婚式とハネムーンを終え、2週間後にここに越して来るまで、謎の箱は玄関たたきのの片隅に置きっぱになったままになっていた。



 11月の最初の木曜日に引っ越して来て、第一日めは何とか寝る場所を確保するのがやっとで、二日目で家具の位置がなんとか整い、三日目でやっと各部屋に山積みされた段ボール箱が片付いた。それでもまだ、細かいところまでは片付け切れてはいなかった。


 俺はあの謎の箱のことはすっかり失念していた。玄関から廊下にかけては、畳んで結ばれた段ボール箱で溢れていて隠れてしまっていたし。


 今日は日曜日。越して四日目。


 凛花と俺は、遅めの朝食を済ませた後、今治タオルのセットを持ち、ようやく周りの家数件に引っ越しの挨拶をして回った。



 最初に回った通りの向かい側の3件の近隣住民は至って淡白で、ここは俺たちには住みやすそうな感触を得た。


 残りは両隣のみとなった。こういう面倒なことはさっさと済ませて終わりにしたい。



「はじめまして。隣に越してきました佐久間レイヤと妻の凛花です」


 左隣に挨拶に行くと、ブリーチした金髪の20代後半くらいの男が出て来た。

俺らが夫婦で越して来た挨拶をすると、男は見かけによらず、愛想よく振る舞った。


 その男は、こたつ記事ライターという耳慣れない仕事をしているらしい。大学生と高校生の姉妹、父親の4人で住んでいるらしかった。


 歳は俺とそう変わらないようだ。在宅ワークと言っても固い仕事では無いように見えた。目は前髪で隠れ、ひょろひょろして顔色も悪いし、どことなく怪しい。あまり関わりにならない方が無難だろう。


「わからないことがあったら、聞いてください。うちは表札出して無いけど、河原崎です。俺は河原崎沙衣かわらさきさい。よろしく」


 青白くてひょろくて、まるでバンパイア。だけど、こうして玄関の外に出て日に当たっても大丈夫なところを見ると、妖怪ではないようだ。



 そこに、右隣の家から中年女性が丁度、出て来た。


 俺としては早く近隣への挨拶を済ませてしまいたい。咄嗟に凛花に目線で合図を送り、女性に声をかけて貰った。


 だが、その必要は無かったらしい。どうやら、俺が河原崎さんに挨拶しているのに気づいて自ら出て来てくれたようだ。


 スラリとして背が高く、フェミニンな薄いセーターとロングスカート。セレブ奥様っぽい。この辺りの地主の分家なのかも知れない。そこの家は東南角地で広さも並びの家の二軒分あるし。


 所々に点在する広い庭の大邸宅は、皆昔から住んでいる地主たちだと不動産屋から聞いている。


 凛花とともにそのセレブっぽい女性に挨拶し、これで終わりと思ったら、そうはならなかった。


 その二見ふたみさんとおっしゃるセレブ奥様は、相当なお喋り好きのようだ。娘さんが嫁いで間もないそうなので人恋しいのかも知れない。


 凛花と俺、丁度いた河原崎さんまで呼び止めて、俺の家に以前住んでいた家族のことを話し出した。


 まあ、うちも前の住人の情報は聞いておくに越したことはないし、ここで冷たくあしらって最初から気を悪くされたら俺たち夫婦も住みにくい。少し付き合うことにした。


 だが、凛花は、適当に用事を頼んで家に入らせた。

 おとなしい凛花には、いきなりのおばさんパワーは疲れるだろうから。



「ここはね、40代くらいの息子さんとご両親が住んでいらしたのよ? 不動産屋さんからお聞きになって?」


「はい、男性が一人で住んでらしたのは知っていますが‥‥」


「そうね。その通りですわ。一年ほど前にご両親が事故で二人揃って亡くなられてね、それから独身で独り暮らしになってしまわれたでしょう? 男性一人きりで3階建てでは住みにくかったのかも‥‥‥。ここのところあまり見かけることも無くなって、急に引っ越しされたと思ったら、ほんのふた月の空きの後に佐久間さんが越してらして。ねぇ、沙衣くん」


「あ、はい‥‥‥」


『沙衣くん』はどこか、キョドった目線だ。なんだろ? 沙衣くんは二見さんが苦手なのか?


「俺、茉莉児さんとは元々そんなに話したことも無かったんだけど、すごくいい人でした。あれからますます顔色が悪くなってたし大丈夫かな‥‥‥」


「えっ?」


「あっ、いえ。ご両親が急に亡くなられてショックだったんじゃないですかね? たぶん。えーっと‥‥じゃ、俺はこれで」


 俺の反応に、沙衣くんは口が滑ったとでも思ったのだろうか?


 そんなに話したことない人が、"すごくいい人" って? なんか謎。



 沙衣くんはセレブ奥様と俺にペコリと頭を下げて、急に自宅玄関に戻った。



 バタンッ、と河原崎さんちのドアの閉まる音が響く。


 不自然な静寂の間が空く。


 なんとなく気まずいセレブ奥様と俺。



「‥‥‥あの、ちなみにご両親はどのような事故で亡くなられたのですか?」


 俺は不動産屋から、この家が事故物件だとは聞いてはいない。もし、そうだったら抗議して何らかの措置が必要だ。



「ええ、交通事故らしいですわ。自損事故らしいですけどね‥‥‥。あの家のご主人は原因不明の病気がちでね、ご夫婦揃って月単位でよく湯治郷に行ってらしたわ。良くなって戻って来てもまた悪くなって湯治に行く‥‥を繰り返していたの。行く途中の山道での事故だったのよ‥‥‥」


 眉をしかめ、潜めた声で二見さんは言った。


「自損事故で‥‥‥」



 ならば、不動産には関係が無い。ほっとした。いささか緊張してしまった。



「‥‥‥じゃ、私もこれで。お片付けがんばってくださいね。資源ゴミの段ボールは明日の月曜の回収ですわよ」


 セレブ奥様に、にこりとお上品な笑みを向けられた。


「それは助かります。今朝引っ越し屋に聞いたら、回収は3日後に来るって言われて」


「まあ、それはないわ。大量の段ボールを3日も置きっぱなしでは邪魔ですわよね」




 翌日の朝、凛花と俺で段ボールの束をゴミ置き場まで運び、そのまま凛花は出社した。


 そして俺は今日まで休みを取っている。笑顔で手を振る凛花を見送り、俺は玄関に戻る。



 ふと、目についた。



「あ、これって‥‥‥‥」


 段ボールの陰から姿を現した桐箱。すっかり存在すら忘れていた。


「なんだろ? これ。前に住んでた茉莉児まりこさんの忘れ物かな?」



 なにか書かれた紙を張り付けて封をしてある。


 持った感じは軽くて、全くもって札束や金塊が詰まっているわけではなさそうだ。


 俺は不動産屋にその旨連絡し、夕方になって折り返し来た返事では、茉莉児まりこさんに確認したが、彼のものではない、ということだった。


 不動産屋からは、申し訳ないがそちらで処分してくれないか、と言われた。


 どうやらこういうのは面倒らしい。口調に表れていた。処分に費用がかかるものかも知れないから?


 不動産によれば、そういうものは大抵が子どもの工作や作品など、親がタイムカプセルにして屋根裏や床下にしまっておくものの、年月ですっかり忘れている‥‥というケースらしい。


 ならばこれはこの家の売り主の茉莉児まりこさんの子どもの頃の作品が入っているのだろうか? 


 振ると固い小さなものが入っているようでカタカタ音がした。


「あまり振ったら壊れてしまうか。だけど、もう要らないものだろうし、箱のまま捨ててしまってもいいのかな‥‥‥? でも、後から何か言われても困るし、一応中身は確認して不動産屋に知らせた方がいいかもな」



 俺は迷ったけど、凛花が帰ってから相談することにした。今日は7時ごろ帰ると言っていたから、俺はその頃に合わせて中華料理の宅配をオーダーしてある。



 食事の後で凛花にどうするか聞いてみよう。まさか、すごいお宝発見だったりすることはないだろうけど。


 俺は少しばかり開封が楽しみになって来てた。




 その時は───




 

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