ただの偽名論

 これはちょっと前の話。私の数少ない親友で、中高6年間ずっと一緒に過ごしてきて大学2年生になった今でも付き合いのあるAちゃんが、深夜1時になんの脈略も無くこんなラインを送って来た。


「名前いくつあるの?」


 普通の人ならここで頭に三つはてなが浮かんだだろう。意味わからん。名前って親から貰った本名以外何もないけど、って。でも、私はすぐにピンときた。だって、私はいーっぱい名前を持っているから。

 ああでも、ここで勘違いして欲しくないんだけれど、改名手続きしたとか、両親が離婚したとか、そういうフクザツなものでもない。もちろん仮想随筆家ヴァーチャルエッセイストみたいな、中二病めいた二つ名は含めていない。含めたら大変な数になっちゃう!


ただ、ただの偽名がいっぱいあるだけ。


「今は四つ。昔使ってたやつ含めるともっといっぱいあるみょん✌」


 私がこう返すと、Aちゃんは満足したのか既読だけつけた。それ以来返事はない。Aちゃんとはそういう子なのだ。


偽名っていいよなあ。名前を使い分けたいよなあ。嫌なことがあるたびに、つくづくそう思う。


例えばの話。バイトで失敗して上司に怒られたとき、偽名で働きたかったなあって思う。だって、もし偽名で働いていたら怒られているのは偽名の子であって、「私」じゃなくなるから。そう思うことでちょっとだけ怖くなくなるから。まるでとかげの尻尾切りみたいに、私の形をして働いているニセモノのあの子を切り捨てられる。


例えばの話。新しく好きな人ができるたびに、偽名で呼ばれたいなあって思う。だって、もし偽名のままその人と結ばれたら、偽名の子にとってはそれは初恋になるじゃん。お手手を繋ぐのも、抱き着くのも、キスをするのも、全部初めてのまま。初めての方がきっと大事にしてもらえるし、つまらない本名よりも自分でつけた名前の方がとってもかわいい。


だから私はいっぱい名前を作るし、名乗るし、私を分有した娘たちとして振る舞っていく。ううん、振る舞っていきたい。


みんなの視線をかっさらうけど、全部がふわふわ不確かで、どれが本物かがわからないって、なんだかアイドルみたいで素敵じゃない? 万華鏡みたいな、見る人見る人で映る姿が変わって見える、そんな乙女で居続けたいなあ。

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