二度と恋なんかしない。これ振りとかじゃないからガチだから。

スズキアカネ

前編


「あの男、本命がいるぞ」


 私にそう言ってきたのは大学の同級生の男子だった。特別親しいとかそういう相手じゃない。グループワークでよく一緒になるのでその時に話す程度の間柄。

 その場では「何を言ってんの?」と鼻で笑って返したけど、もともとあった私の中の疑惑は余計に大きくなった。──他の女の影があることには気づいていた。ここ最近ずっと放置されて、連絡しても返って来ないってこと。最後にデートしたのはいつだったっけ? と思い出しては泣きたくなること……


「早く別れろよ。……もっと他にあんたを大切にする男はいると思う」


 彼からしたら親切心の忠告だったのだろう。

 だけど私はまだ認めたくなかった。


 だから罰が当たったのだろうか。


 彼氏にふられたのだ。

 その時に自分は浮気相手のひとりであるとご丁寧に告げられ、挙げ句の果てに本命彼女にビンタされた。

 私は本気でお付き合いしていたのに、横から割って入ったみたいな扱いを受けた。悪いのはその男なのに私が悪役にされたのだ。


 このことを同じサークルに入っていたメンバーは軒並み知っていたらしい。

 知っていたのに誰ひとり私に忠告することもなく、元カレを注意することもなかった。


 私は元カレだけでなく、友達だと思っていた人たちからも笑い者にされていたのだ。

 いろんな人に裏切られた私は人間の汚さ、ずる賢さを一気に学んだ。悲しい感情が一気に押し寄せてきて、ショック状態に陥って悪態の一つもつけなかった。



 もう恋はしない。

 そう決めてからは、彼氏好みの清楚ファッションをやめて地味な芋スタイルに変わった。


 元カレのために使っていた時間を自分のために使うことにした。時折彼氏に合わせてサボっておざなりになっていた大学は真面目に通うようになったし、一人暮らしの部屋に置いていた彼氏の痕跡すべて捨てた。

スマホは解約して、番号から全て一新する。もちろん人を影で笑い者にしていたサークルには退会届をたたき付けた。


 それからは浮いた時間を有効活用するため、居酒屋も兼ねている小料理屋さんでバイトを始めた。

 バイトに慣れはじめると、顔見知りになったお客さんにふとこんなことを言われた。


「お姉ちゃん、お金ないの?」

「え?」

「いや、女子大生なのにオシャレ全然してないから。苦学生とかそういうの?」


 あまりの女子力の無ささに鋭い突っ込みが入ると、私は苦笑いを返して濁すしかない。確かに他のバイトさんは髪を明るく染めて化粧しているもんね。それと比べたら私は女子力皆無に見えるだろう。

 すると勝手に勘違いされて、お家で食べなとお客さんに差し入れをもらうようになった。食費が浮くから助かるけど、何か盛大な勘違いをされた気もする。


 めかし込んでも無駄なんでもう辞めたんです、と言えたらいいけどそうなれば古傷を暴くことになるから言えない。

 そんなことを気にするあたり、私はまだまだ振られたことを引きずっているらしい。



◇◆◇



 講義を終えて、大学の門を出たところでポツ、と水滴が上から降ってきた。曇天を見上げるとパラパラと雨が降り出し始める。どこからか土の匂いが香って来る。おそらく本降りになるだろう。ずぶ濡れになる前にバイト先に駆け込もう。

 そう思って足に力を込めると、それを通せんぼするかのように目の前に車が停まった。

 ……誰だ。学生の誰かを迎えに来た保護者か?

 少しイラッとしながら車を避けて歩こうとしたら、ウィーンとサイドウィンドウが開く音が聞こえた。


「傘ないんだろ? 送ってやるから乗れば?」


 親切に声をかけてきたのは、同じ学部に所属する同級生だった。

 そして、元カレの浮気を暴露してきたご親切なお節介男でもある。


「いい。バイト先に行くだけだし」


 別に親しいわけでもない。

 同じ講義に出ることがあり、そこでグループワークを共にすることが数多くあったからそのつながりで話すことが多い程度。

 そもそも私はこの人が苦手なのだ。


「……もしかして、俺があんたに何かすると思ってる?」


 その嫌味な言い方に私の眉間に軽くしわが寄った。


「あんたみたいなイケメンの車に乗ったら、女子たちに睨まれるでしょうが」


 派手なイケメンではない。落ち着いた硬派なタイプのこの男であるが、例にもれずたいそう女子にモテる。

 ただし、本人が身持ち固いため、アタックしに行った女性陣は見事に玉砕している。

 グループワークで関わることの多い私ももれなくとばっちりを受けてきたのでこの男のおモテ具合はよーく知っている。こちらとしてはどこかで彼女を作って落ち着いて欲しいところなのだが、いまだにそういう色っぽい話は聞こえて来ない。


 そもそも女が男の車に乗るってのはあまり褒められたことじゃない。

 私は常識に乗っ取って断ったのになんでそういう言い方するのか。


「平気だろ、あんたブスだし」

「……は?」


 相手に吐き捨てられた言葉に私は一瞬理解が追いつかなかった。

 今、なんと言った?


「噂になると思ってるなら自惚れすぎ。もう少し見た目に気を使えば?」


 私の理解がようやく追いついた時、同時に怒りが沸き上がった。

 この野郎! 自分の顔面が恵まれているからって、人のことを……!!


「失せろ!」


 私は相手を睨みつけると、その場から全力で走り去った。

 冬の季節が近づく時期の雨は容赦なく私の体温を奪い、その翌朝高熱でダウンした。

 熱にうなされ、あまりの苦しさに過去の嫌なことを思い出してひとり枕を濡らした。実家に帰りたくなったけど、熱でダウンした私はスマホに手を伸ばすことすら億劫で、先日買い替えたばかりの安物敷きふとんの上でシクシクと泣き続けていた。


 私って男運ないのかな?

 私の何がいけないのだ。何故こんなぼこぼこにされなくてはならないのか……私が知らぬ間に、変な雰囲気を出しているからこうも虐げられるのだろうか。

 大学入学時に戻れたら、厄になっている男たちを避けて生きていくのに。どうにかしてタイムリープ、できないかなぁ。


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