第34話 血霧の園
「や、止めなさい!私はこの国の……」
「姫様か?いいねー。ゲヘヘ」
「やめ……」
浮浪者共に襲われている最中だった。
考えてみれば、この復讐劇は必然だった。魔族連中は人間ヘイターのど腐れアンチウンチマンだから、ヘイト対象の人間のハイランカー(王族)はギッタンギタンにするに決まってる。
ただで殺すわけないよねぇー。
「ひっ……」
「ボンボンの嬢ちゃんがこんなとこに来るから悪いんだぜー?ゲヘヘ」
王族が一人で、まさか
風呂に入らず、ゴミを漁り、ただの獣と化した王女の民たちは、溜まりに溜まった鬱憤をリズミカルにぶっかけている。
これだけじゃあ終わらないだろうな。
他にも痛めつけるプランがありそうだ。
どんまい、王女。
俺は今、王女が座っていたであろう豪華な椅子に座っている。肘掛けは金色の装飾で、背もたれが異常に高い、イメージ通りの王様の椅子だ。
目の前には数名の魔族が片膝をついて頭を垂れている。
「それ止めろ」
お前らは、どうしても俺を主人公にしたいのか。
「畏まりました」
団長が返事をすると、互いに様子を窺いながらも立ち上がった。
いや、なんかしとけば?本を読むとか爪いじりするとかしたら?
俺を見つめても時間の無駄でしょ?ストリップでも始めると思ってんのか貴様ら。
暇だ。
何故こんなに暇なのか。何故ここに座っているのか。
それを説明するには少し時を遡る必要がある。
主人公を生成する神も、ついでに殺してやろうと考えた後、ふと気になることがあった。というのも、王女様は実質的なこの国の頂点なわけだが、そうなったのは国王が病に伏しているからだったはず。つまりこの国の王様は生きている。
でもバイアは「この国はあなた様のものです」的な事を言っていた。
王様が生きているのにこの国は俺のものって、そりゃないじゃん。で詳しく聞いてみたら「ご覧になった方が早いかと」だそうで、ここまで来たってわけ。
王様が眠っている寝室に直接行くって言ったのに、ここでお待ちを!って頑なだったから、こうして鎮座D○PE○ESSタイムしてるわけだ。
要するに鎮座してるわけだ。
「お待たせいたしました」
一礼したバイアの後ろから、フワフワと白い布がやって来た。艶やかな布地は、まるで美女の柔肌。チラ見しただけで金を請求されそうなぐらい高級感漂う布地だが、明らかに違和感がある。何かを覆い隠しているのだ。
形から推察するに、人。
この流れから考えれば、王様だろうな。
「お目汚しですが、ご覧ください」
暇そうにしていた魔族どもがスペースを空けて、布に隠された王様の独壇場になった。
いざ披露!
「OH……これは、マジ?」
「はい……」
酷い干ばつで、風が吹けば砂埃が舞う。それほど乾ききった皮膚は所々裂けて、真っ赤な肉がぱっくりと口を開けている。その肉さえも、干し肉のようにカリカリで、分かりやすくいえばミイラになっている。
でも俺の常識では、ミイラというのは死体だった。
このミイラは、どうにも生きている。
「……………………」
静まり返った大広間に隙間風が、微かに響いた。豪華でしっかりした作りの王城で、隙間風なんてありゃしない。その音の主は、空中で天井を仰ぎ見る国王の呼吸音だ。
「何がどうなっての」
「昨日までは、人間の形を保っていましたが……」
「今日になってこうなったと?」
「今日、どころではありません。ついさっきです」
俺が来る前までは息も絶え絶えの老人だったそうだ。バイアの部下が見張っていたから間違いないと。まさか老人虐待したんじゃないだろうか、その疑問は当然のように一蹴された。
俺に権力を移譲するために、王の存在は不可欠だろうから、殺すことは愚か痛めつけることはするなと厳命していたとのこと。
「突然、この者から赤い霧が立ち込め、寝室や私の部下が濡れるほどだったと」
「血?」
「はい。強い鉄の臭いがしましたので」
俺の訪問に合わせた歓迎パーティーのつもりだろうか。それなら盛大にやれって。サプライズ過ぎて、逆にホラーになってるぜ。
主催者は誰~?神か人か?
「魔法、だと思われますが……」
「婆さん、なんか知らない?」
魔法と言えばババアだろう。コイツが知らんなら、誰も知らんと言わしめるほどに、ババアの魔法知識と腕は一流だ、と団長が言っていた。
恐ろしいのは、そんなババアが知らんと言った時だ。
意図も目的も手段も分からん、俺と同等もしくは以上のドSがいるって事になる。
「ふむ、1つ心当たりがあります」
干し柿みたいな面だった顔が更にしわしわになった。甘味なんか感じさせない、めっちゃ渋い顔だ、
「血霧の園というおとぎ話があるのです」
ファンタズィィー!
遠い昔、大干ばつに見舞われた村が天に助けを求めた。飢えに苦しみ、大地が干上がり、成す術と言えば神へ懇願するのみ。いくらでも生贄を捧げ、いくらでも奉仕すると、毎朝、毎昼、毎夜、ただただ祈ったそうだ。
耕せども砂を掘り返すだけ。家に帰ろうとも食べることも出来ず横になるだけ。口を潤そうにも動物の死骸が浮かぶ、どろりと濁ったため池の水だけ。
命の限り祈りを捧げ、数人が果てた。恨めしい大地に額を擦り付け、神への切なる願いを胸に瞑目していったのだ。
そうしてある日、手の平に収まる赤子が生まれた。小さな命が産声を上げ、それは神秘的な瞬間だった。だが小さな命と引換えに、唯一の母は急速に命を枯らした。死に水さえ与えられず、息を引き取った。
張り付く喉で息子の名前すら呼べずに天に召されたのだ。
生まれたばかりの小さな赤ん坊は、産婆たちによって布に包まれ、天井に向かって泣き叫んでいた。悲しいわけでも嬉しいわけでも、己の存在を示すためでもない。
床に飛び散る羊水を、必死に啜る産婆たちの哀れさに泣いたのだ。
月が昇り容赦ない太陽に怯える村人たちは、祈りを止めて眠りにつこうとしていた。また明日も神へ祈るために、力を与え給えと祈りながら横になるのだ。
胸の前で両手を握りしめ、真っ暗な世界で神だけに言葉を投げかけていたら、彼ら彼女らの頭に言葉が刻まれた。
「願いを聞き届けよう」
やっとだ。やっと神が……。
啓示を受けて、はらり溢れる涙は一瞬で蒸発した。
月が照らす真夜中、その村に赤い霧が立ち込めた。乾燥した大地が潤いを得るまでの数ヶ月、誰も近づけなかったという。
入れば最期、二度と出られないという噂が近隣の村や町に流れたからだ。
だが男たちは勇敢であった。
赤い霧を察知した若い騎士は、命を顧みず踏み込み、帰らない若騎士の仲間たちが踏み込み、町の支部が総力を上げて踏み込み、その誰もが帰らなかったのだから、その噂は虚実織り交ぜて膨らんだ妄想ではなく、真実だったのだ。
赤い霧が晴れたのを、隣村の青年が確認した日。
魔族が生まれた。
言わずもがな、魔族の故郷こそ霧が晴れたその村である。
真っ赤な瞳とどす黒い肌、剣すらも断ち切るであろう爪は、人々に恐怖を植え付けた。
それと同時に羨望も齎した。
荒漠とした大地が青葉の茂る森になっていたのだから、当時の人々の気持ちは如何ばかりか。
ある夜、当時の王国中央部から騎士団が派遣された。所謂、神勅の騎士である。神より宣下された魔族討伐を高らかに吠えて、やってきたのだ。
人間たちは歓喜したという。この森が手に入るのか、神の思し召しであれば勝つに決まっている。神は我々を見捨てていなかったのだと、騎士たちを鼓舞し囃し立てた。
そして遂に始まった戦いは、苛烈を極めるものだった。魔族の皮膚は生半の刃を寄せ付けず、騎士たちは体力を消耗するばかり。辺りに漂うほど余りある魔力が、魔族の魔法となって仲間たちを鏖殺してゆく。
その屍を超えて、なんとか魔族達を追い出すことに成功した騎士団は、ある家の周囲を取り囲んだという。
中からの聞こえるのは、無遠慮なほどに鼓膜を叩く赤ん坊の声だった。
誰も踏み込めなかったのは、異様な魔力が民家から漏れ出ていたからだ。不純物だけを煮出して、ありとあらゆる汚物と劇物を添加したような、言いしれない魔力だったのだ。
ある男が意を決し手踏み込むと、ピタリと泣き声が止み、疲弊した鼓膜が甲高い音を立てるほどに静謐だった。
「ただの子供、か」
男は目の前にいる赤子を見てそう言った。
すると赤子はキャッキャと笑い、目玉だけで男を捉えた。
「――――ほら、帰ろ」
純真な瞳を向けた赤子へ、帰ろうか、そう言って抱き上げようとしたその時、外から悲鳴が上がった。
何事かと外に出てみると、目の前には干上がった仲間たちが倒れ、体から赤い蒸気を立ち上げていたのだ。
「おい!どうしたんだ!」
魔族を倒し勝ったはずなのに。まさか、罠に掛かったのか?子供を餌に、罠に嵌めたのか。助からないであろう仲間たちから、目を逸らし男が歯噛みしていると、ふと、背後に気配を感じた。
「マリョク、ほしい」
幼く拙い、赤い声だった。
彼こそが魔族の頂点に君臨する初代の魔王であり、始まりの魔族である。
そして、彼が安住の地と定めた村にはこぞって人間たちがやってきたという。滅ぼすため、復讐のため、奪うため、交流するため。
どんな理由であろうと、人間たちが帰ることはなかったそうだ。赤い血の霧を発散して、魔族へと変貌するからだ。そして霧は、魔族たちに魔力を与える。
人間が来れば来るほど、仲間が増え、魔力が満ちる。
まさに楽園であった。
そして後世では血霧の園と言われるに至る。
「ナニソレ怖っ」
「遠い昔の話でございます」
「血の霧か。じゃあ国王も魔族になるの?」
「それはどうですかな」
「ん?」
最初の霧は神が与えたものであり、2回目の霧は魔王が与えたものだった。魔王は神により特別な存在に召し上げられたからこそ、神の御業の一端を実行できただけであり、結局すべてが神の御業であることには変わりないのだ、とババア談。
即ち、神が魔族を作る気が無いならば、魔族とはならないだろう。嫌われた種族である魔族を、好んで生み出そうとするだろうか。
「いや、俺たちの神様がやったんだろ?だったら魔族になるっしょ」
「いえ、これは我らの神の御業でございません」
「えっ!?」
衝撃の事実だ。
どう考えても魔族贔屓の霧なので、てっきり我が神がチョロチョロしたのかと思ったが。
ああ、そういえば過干渉はしない主義だったな。
「古くからいる神プロメテウスの仕業です」
ほう、聞いたことあるー。さっき出てきたばっかの神じゃん。出たがりかよまったく。
「てことは、お前らの創造主はプロメテウスにならない?」
「そうでございます」
そうなの?そうなんだ。えっ!?そうなの?何故人間の敵を……。
あー、分かっちった。
「人間の敵を自ら生み出したのね」
「仰るとおりで」
神の声に耳を傾け、神が統制しやすくなる。もっと言えば、人間が団結してくれる。それが強い敵だ。
なるほどなるほど。
今回は何が目的なんでしょうか、プロメテウスさん。
王様をこんなんにして、俺たちにどうしろと?
「触らぬが吉、されど放置するのも恐ろしい」
「ふむふむ」
だから俺を遠ざけたのか。万が一、王様経由で神に弑いされないようにと配慮してくれたのね。
で、安全確認できたから連れてきたけど、どうします?と。
『
乾燥して辛かろう。保湿は大事よ。
宇宙飛行士のメットを参考に、顔を水玉で覆ってやると、国王は空中で藻掻いた。水を払おうと手をジタバタさせて、ブクブクと体の空気を吐き出して。
「殺してしまって宜しいのですか?」
一瞬驚いていたが、目を眇めたババアが最後の確認とばかりに、重々しい言葉で問うた。
いいに決まってんだろ。
「どうせ神とも
顔だけ潤いのある国王は、ようやっと、俺が知ってるミイラになってくれた。
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