四、黒衣を纏いし青年
店主が気休めに布で包み、桐の箱に入れた状態で渡して来たそれを抱え、
ここに辿り着く少し前に白蛇の姿から化身へと戻っていた
「気にしなくてもいいよ。あなたがそうしたいと思ったことに、俺は従う」
「でも、触ると運が奪われちゃうんですよ? 私も君も、その運でここまで切り抜けてきたようなものですし」
そうかな? と
確かに
(そもそも、法力が半減しているとは思えないくらい強くて、普通なら地仙じゃ手に負えない怪異もひと捻りというか、力技でどうにかなってる気がするんだけど······)
一年前に
隠しても仕方ないと思ったのだろうが、それにしても、だ。
(残り少ない寿命の事をあんまり気にしていないのも、十年もあれば確実に天仙になれるってわかってるから?)
それとも、別に何か理由がある?
本当に大切なことは、実は何ひとつとして話してくれない。
(まあ、話したくなったら話してって言ったのは、俺自身だけど)
はあ、と嘆息している
それがたまらなく可愛いと思ってしまう自分は、たぶん重症だ。まずい、と口元を右手で覆って、視線を斜め上に逸らす。
「やっぱり怒ってますか? 呆れてます?」
しゅんとした面持ちで俯いてしまった
「あなたの運が奪われたら大変だから、俺が引き受けるよ。奪われるって言っても一時的なものだろうし、完全に壊してしまえば元に戻るでしょ?」
ひょいと桐の箱を取り上げて、いつもの調子で軽い口調でそう言ってみせる。そんな確証はまったくないが、
「でも、それじゃあ君が······」
「大丈夫。じゃあ、開けるよ?」
はい、と横で頷いた
その手を白い布にかけ、解いていく。そこに現れた白磁の高価そうな壺をじっと見下ろし、店主の言葉を思い出す。店主はこれを「拾った」と言っていた。なんとも怪しい言動である。こんな高価なものが、はたしてその辺りに落ちているだろうか。
「
「うん。
ふたりは視線を交わして、それから同じくして白磁の壺を見やる。
「そもそも、俺たちの特有の性質である"運"に関わるものであることを考えると、この流れはあまりよくないかも······?」
「
そして、嫌な予感は的中することになる。
地面に後ろから倒れていく
意識が薄れ視界がぼやけていく中、なんとかその壺を掴んで叩き割るが、遅かった。
煙は強い風が吹いた途端、何事もなかったかのように消え去ったが、
「
その手に抱かれ、心配する声が遠くで聞こえた。しかし、その声はどんどん遠のいていき、やがて何も聞こえなくなった。
強い風が吹き荒れ、あの紫色の怪しい煙が掻き消されたすぐ後、目の前に現れた黒衣を頭から深く被った怪しい影を前に、
「その壺は、瘴気が込められた封印具です。これ以上破壊するのは、おすすめしません」
その黒衣の青年? は、静かな、けれども優しさのある低い声音でそう言った。深く被った衣のせいで口元しか見えず、どう考えても怪しいはずのその人物に、
「あなた、は······?」
ぼんやりとした表情で見上げてくる
「天帝の命により、あなたを守るよう仰せつかった武神です。名は····訳あって名乗ることはできません。どうか、お許しください」
その真摯な言葉に、
「"彼の者が遂に動き出した"、そう、天帝より伝言を預かってきました」
差し出した手に
その本当の意味を、知る。
「······やっと、私を殺しに来るんですね、」
あの時望んだ願いを、叶えてくれるというのだろうか。
「数百年前、私の大切なものを壊した、あの"災禍の鬼"が、」
黒衣の青年は、
それは、目の前の者には似つかわしくない、氷のような微笑。
あの日の惨劇を知る者ならば、解らなくはない感情だった。
天界を揺るがせたあの惨劇。
ある神の策略によって多くの者が命を落とし、その責任を問われたひとりの花神が追放された、あの数百年前の悲劇を知る者ならば――――。
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