第12話(4)激闘、決着

 日光と照美が揃って驚いた後、日光が呟く。


「サイコメトリ―、手に触れたものの残留思念が読める超能力……」


「そ、それでも自分の触れた相手やものに対してのみなはず……!」


「……今は触れなくても、相手の考えることもある程度ですが分かります……」


「そ、そんな⁉ ほぼ予知能力⁉」


 美羽の言葉に照美が驚く。美羽が胸を張る。


「……自らの能力に溺れず、奢らず、練り込んだ結果ですわ」


「……!」


「少しくらい燃える玉を手から出せるくらいで良い気になっていた貴女と一緒にしないで欲しいものです」


「ぐっ……」


「さあ、去りなさい……!」


 美羽が外野を指差す。照美がうなだれるように歩いていく。


「照美!」


「え?」


「大丈夫だ、後は俺がなんとかする」


「ふふっ……」


 日光の言葉に照美はわずかに笑顔を取り戻す。それを見た美羽が低い声で呟く。


「……気に入らないですわね」


「なにがだ?」


「もうここまできたら諦めるでしょう、普通?」


「そうか?」


「そうよ! もう貴方のチームは貴方たった一人! 誰も守ってくれない! なのに何故⁉ 何が貴方をそこまでさせるの……?」


「……人数的なもので言ったら、貴女がたも後二人だ」


「むっ!」


「全然諦められるような状況じゃない。むしろ、まだ勝つチャンスは残っている……!」


「それが残っていないのです!」


「……何故そう言い切れる?」


「……私が終わらせるからです!」


「ぐおっ⁉」


 黒い光がコートを包み込む。中央に立つ日光に絡みつく。美羽が笑う。


「これが私のサイコメトリ―……」


「ええっ⁉」


「こうすることによって、貴方の思考は私には完全に筒抜けです」


「ぐっ……」


「さあ、これで終わらせる……」


 美羽がボールを手にし、日光に狙いを定める。日光が顔をしかめる。


「む……」


「もらった! ……なっ⁉」


 美羽が鋭いボールを投げこもうとしたが、とっさに頭を抑えたため、投げたボールは勢いがなく、日光にあっさりとキャッチされた。日光は怪訝な顔をする。


「む?」


「ぐっ……な、なに、これは……」


「ん?」


「わ、分からない……貴方の考えていることが分からない!」


 美羽が日光を指差す。日光がフッと笑う。


「まあ、俺の深遠なる考えは常人には理解することは難しいだろうな」


「深遠というか、深淵ですわ!」


「なに?」


「『深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』というニーチェの言葉が少し理解出来た気がしますわ……」


「どれだけ闇を抱えているのよ、日光君……」


 照美が目を細める。日光が後頭部をポリポリとかく。


「照れるな……」


「褒めてないわよ! ほら、今がチャンスよ!」


「女子に当てるのは気が進まんな……」


「今更そんなことを言う⁉ じゃあこっちにパス!」


「頼む!」


 日光が外野の照美に素早くボールを渡す。


「それ!」


「B組、9ヒット!」


「おおっと! 素早いパス回しから最後は東が海藤にヒット! な、なんとこれで、両チームとも、残りあと一人ずつになりました!」


「うおおおおっ!」


「まさかここまでもつれるとは!」


「なんて展開だよ!」


「ドッジボールでこんなに熱くなるなんて!」


「まったく目が離せないわ!」


 実況を受け、ギャラリーたちもこれ以上ないほどに盛り上がる。


「す、すごいな……」


 日光が自陣に転がってきたボールを拾って、周囲を見回しながら呟く。


「……気に入らねえな」


「! 来たか……」


 天武が前に進み出てくる。


「どいつもこいつもジャイアントキリングを期待していやがる……」


「期待に応えるのもまた、王者の務めだぞ?」


「抜かせ……まあいい、決着をつけようぜ、仁子日光……」


 天武が右手の掌を上に向け、人差し指をクイクイとする。


「ふむ……」


「む……?」


 日光が左眼の眼帯をめくる。


「あえて問おう、織田桐天武……俺の左眼は何色だ?」


「あ? なんだ、運勢でも占ってくれるのか?」


「何色だと聞いている……」


「緑だ」


「そうか……」


「本日のラッキーカラーか?」


「いや、貴様にとってのアンラッキーカラーだ!」


「む!」


 日光の背中に黒い片翼の翼が生える。


「さあ、血で血を洗うフィナーレといこう……」


「いや、ドッジボールでしょ……」


 日光の言葉に照美が突っ込みを入れる。


「へっ、嫌いじゃないぜ、そういうノリ……」


「り、理解者がいた⁉」


 天武の反応に照美が驚く。


「行くぞ!」


「来いよ、遊んでやる」


「うおおおっ!」


 翼をはためかせながら、日光が投じたボールはうなりを上げて、天武に向かっていく。それを見て照美が驚きの声を上げる。


「日光君にあんなパワーが⁉」


「当然だ……」


「え⁉」


 日光が眼帯を外して、地面に落とす。眼帯が地面にめりこむ。


「普段はこの重り付きの眼帯で力をセーブしているからな……」


「いや、今外しても意味ないでしょ⁉ せめて投げる前に! しかも、普通リストバンドとかでしょう、重りを付けるのは! ああ、もう! 頭が悪いし、頭に悪い!」


「はん!」


「‼」


「おおっと、織田桐天武、仁子日光の剛速球を片手でキャッチしたぞ!」


「っ……!」


 盛り上がる実況とは裏腹に周囲のギャラリーは静まり返る。


「ようやく黙ったか……そう、てめえらの期待している通りの展開には残念ながらならねえよ……奇跡っていうものは起こらないから奇跡っていうんだ! うおおおおっ!」


 天武がボールを投じる。土煙を巻き起こしながら、轟音を響かせたボールが日光に迫る。


「な、なんだ、あの球は⁉」


「あれが、織田桐天武の超能力、『衝撃波』よ! それを投球に応用したんだわ!」


 照美が声を上げる。


「ちっ!」


「キャッチの体勢に⁉ 無理よ! 逃げて!」


 照美が叫ぶ。


「逃げてばかりではいつまでも“落ちこぼれ”のままだぞ?」


「⁉」


「“最高”を目指すには、避けて通れない場面もある!」


「面白えじゃねえか! 捕れるもんなら捕ってみな!」


「ぐおっ!」


「仁子、キャッチしたが、ボールの勢いを殺しきれていない!」


「ぐおおっ!」


「日光君!」


「『宙二秒』!」


「‼」


「仁子、と、飛んだ~⁉」


「空中に羽ばたくことによって、ボールの勢いを抑え込んで……」


「少し違うな……」


「え⁉」


「ボールの勢いを利用するのだ!」


「仁子、空中で一回転して、ボールを投げ返した~!」


「ちいっ!」


「織田桐、受け止めた!」


「こ、この俺が、B組なんぞに後れをとるわけにはいかねえんだよ……!」


 だが、天武はボールを受け止め切れず、弾いてしまう。


「ああっと⁉ ボールが落ちた!」


「B組、10ヒット! よって、この勝負、2年B組の勝利!」


「うわあああ!」


 審判のコールにギャラリーはどよめく。


「マジかよ⁉」


「すげえもん見た!」


「大金星よ!」


「鳥肌立っちゃった!」


「やべ、俺泣いてる……」


 ギャラリーの興奮がなかなか収まらない中、日光が膝をつく天武に歩み寄る。


「……なんだよ。敗者を笑いにきたのか?」


「最後のショットは貴様のボールのすさまじい勢いを利用しただけに過ぎない……」


「力は俺様の方が勝っていたってか? はっ、負けは負けだ」


「そうだな、勝ちは勝ちだ」


「てめえ……」


「……ふっ」


「……はっ」


「「はーはっはっは‼」」


 日光と天武は見つめ合って、お互いに高らかに笑い合う。


「なに? 人間離れしていたら、とうとう頭おかしくなった?」


「て、照美、良い感じのところに水を差すな!」


「東……こいつは元々ちょっとおかしいだろうが」


「ははっ、それもそうね」


 天武の言葉に照美が笑う。日光が声を上げる。


「お、お前ら、酷くないか⁉」


「天武さま……」


 美羽が天武に歩み寄る。


「ああ、大丈夫だ。一人で立てる」


「そうですか……」


「戻るぞ……ああ、仁子日光」


 その場から離れようとした天武が思い出したかのように振り返る。日光が答える。


「なんだ?」


「これで下克上を成し遂げたと思うんじゃねえぞ、これはたかがドッジボール、いわゆるレクリエーションみたいなもんだ。今日の勝ちは譲るが、明日以降はまた別だ」


「もとよりそのつもりだ。俺は一年ほどかけてこの2年B組を高みへと導く」


「へっ、どうやら退屈しなさそうな一年になりそうだぜ……」


 日光の言葉に天武は笑って、その場を悠然と去る。敗者とは思えないほどの風格であった。

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