第7話(3)大量のいいね!

「負けた!」


「兄貴! くそっ! 次は俺が行くぜ!」


 三つ子の一人でやや赤みがかった髪の男子が前に進み出る。日光が首を傾げる。


「……誰だ?」


「っ! お、俺は出席番号8番、大城戸紅二おおきどこうじだ!」


「三兄妹の二番目よ……」


 照美が小声で囁く。日光が頷く。


「ああ、そうか」


「興味無さすぎないか、お前⁉ 三つ子が同じクラスなんてレアだろう⁉」


「確かにレアかもしれんが、それでいちいちテンションは上がらん」


「そういうところは大人なのね……」


 照美がボソッと呟く。


「ぐっ……」


 紅二が唇を噛む。蒼太が突っ込む。


「紅二! 悔しがるところが違うだろう!」


「あ、ああ、そうだな!」


「頼むぞ! 俺の敵を取ってくれ!」


「ああ! 大城戸三兄妹の次兄として……本荘聡乃!」


「え、ええ⁉ わ、私ですか⁉」


「ああ、貴様に勝負を申し込む!」


「兄弟揃って女に勝負を申し込むとは……」


「男として……それはどうなの?」


 日光と照美がまたも渋い表情になる。紅二もぶんぶんと手を振る。


「次兄が担うべきは副クラス長! よって挑む相手は自ずとそうなるだろう!」


「だからといって……」


「安心するがいい! 俺も別に殴り合いなどをしようというわけではない!」


「え?」


「勝負は……これだ!」


 紅二が指し示したのは、机とその上に並べられた料理である。照美が首を傾げる。


「料理?」


「ああ、早食い対決だ!」


「早食いって、こんな時間に……」


 照美が呆れる。紅二が聡乃を指差す。


「本荘! 貴様が朝食を抜いているのは知っている!」


「な、何故それを……」


 聡乃が困惑する。日光が尋ねる。


「なんだ聡乃、ダイエット中か?」


「デリカシーがないわね、アンタ!」


 日光を照美が注意する。聡乃が口を開く。


「そ、そういうわけじゃないです……単に朝はバタバタして時間が無いというか……」


「あら、それは良くないわね。朝はちゃんと食べた方が良いわよ」


「て、照美さん⁉」


 この流れを止めてくれると思った照美が掌を返したことに聡乃が驚く。紅二が笑う。


「ふふっ、それでは勝負といこうではないか!」


「い、いや、私は早食いはあまり……というか全然自信がありません……」


「心配するな! ハンデをつけてやろう!」


「ハ、ハンデ?」


「そうだ! 貴様は一人前の食事で良い! 俺は三人前の食事を食べる!」


「え、ええ……?」


「それならば公平だろう⁉」


「そ、そうでしょうか?」


「確かに公平だな」


「に、日光さん⁉」


「この勝負、受けて立とう!」


「か、勝手に受けないで下さいよ……」


 日光の言葉に聡乃が戸惑う。


「よし! それでは席につけ! ……いただきます!」


「い、いただきます……」


 紅二と聡乃が向かい合って座り、やや遅めの朝食をとり始める。


「うおお!」


「おおっ! 紅二、良いペースだぞ! もう一人前を平らげそうだ!」


 蒼太が歓声を上げる。日光が聡乃に声をかける。


「早いぞ! 聡乃、急げ!」


「そ、そう言われても……私、元々食は細い方で……」


「太くしろ!」


「む、無茶を言わないで下さい……」


「落ち着いて食べれば大丈夫よ、相手のペースは最初だけだったわ」


「む、むぐ……」


 照美の言葉通り、紅二のペースが極端に落ちた。それを見て聡乃は安堵する。


「あ、ああ、これならなんとかなりそうです……」


「紅二!」


「ぐっ、この手は使うまでもないと思っていたが……」


「⁉」


 紅二が机の上に食事の3Ⅾ映像のようなものを大量に表示させて、聡乃に見せつける。聡乃だけでなく照美も戸惑う。


「こ、これは⁉」


「これが紅二の微能力、『飯テロ』だ!」


「め、飯テロ⁉」


 蒼太の言葉に照美が驚く。日光が淡々と呟く。


「本来の飯テロは深夜などに食事の画像をSNSに上げ、フォロワーたちの食欲をいたずらにそそるもの……それを逆手にとって、食欲を減退させる方向で使ったのか……」


「ふふっ! その通りだ!」


 紅二が頷く。日光がやや驚く。


「適当に言ってみたら当たった……」


「適当かい!」


「と、とにかくこの微能力で紅二はSNSを毎夜賑わせている!」


「嫌な賑わせ方ね!」


 蒼太の言葉に照美が反応する。


「そうでもないぞ! なあ、紅二?」


「ああ! いつも大量の『いいね!』をもらっている!」


 紅二は食べながら、胸を張るという器用な真似をする。


「……大量のいいね?」


「ん⁉」


「へえ、さぞかし大勢のフォロワーがいらっしゃるんだろうねえ……」


「あ、ああ! 自慢じゃないが、数万フォロワーだ!」


 聡乃の纏う雰囲気が変わったことに戸惑いながら、紅二が再び胸を張る。


「自慢ウゼえええ!」


「ええっ⁉」


 聡乃が食事をかきこみ、両手を合わせて叫ぶ。


「ごっそさん!」


「ご馳走さんってことね! 聡乃さんが食べ終わったわ、聡乃さんの勝ちよ!」


 照美が声を上げ、日光がうんうんと頷きながら呟く。


「SNSに関する余計な自慢が陰キャのコンプレックスを刺激し、聡乃のポテンシャルを引き出してしまったな……」


「本荘にそんな能力が……」


「……まあ、これも適当に言っているだけだが……」


 がっくりと肩を落とす紅二を見ながら、日光が小声で呟く。

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