疑わしがる視線

「ハハハ。正直さは美徳だが、貴族界は美徳だけで切り抜けるには汚い所だぞ」


「もちろん知っています」


 ジェリアの忠告にも、ラウルはまた鼻で笑うだけだった。続いた言葉にも刺があった。


「正直気分が悪いんですよ。フィリスノヴァがどんな心境の変化があるからこんなことをするんだろうと思って」


「ボクが直接出て遊説や広報をするのがそんなに意外だったか?」


「当たり前じゃないですか? それに他の公爵家の令嬢まで連れてですね。普通ならしていないことをしているので、何か下心があると疑われても言うことはありません」


 その言葉にまたリディアとアルカが怒ったけど、彼女たちが何か言う前にジェリアが先に笑い出した。


「ハハハハハ! とても堂々としたのが気に入ったぞ! そういえば、アスティロン辺境伯の長男が政務に関心が高く、能力もあるという話を聞いたことがあるぞ。どうだ、その能力をボクにも貸してくれないか?」


 ジェリア!?


 私は当惑してジェリアを振り返った。辺境伯勢力との接触を狙っていたのは事実だけど、こんなに堂々とスカウトするつもりはなかったのに。


 けれど、ジェリアにはジェリアの考えがあると思い、ひとまず表情を整えた。そもそもジェリアは私の操り人形でもないし、私に必勝の戦略があるわけでもないから、ジェリアの行動を制止する名分も必要もない。


 一方、ラウルは露骨に不機嫌そうな顔をした。


「俺が……アスティロン辺境伯家がフィリスノヴァの下に入ると思いますか?」


「ダメな理由があるのか? どうせ君たちは中央に進出したがるんだろう。だが君たちにはその扉を開けてくれる存在がないじゃないか」


 いや、だからなんでそれを堂々と言うのよ!


 ……いや、それよりあれはジェリアに直接話したことがなかったと思うけど。まぁ、自分で考え出すこと自体はおかしくないけど……あまり露骨にそんな問題を話すのは良くないわよ。


 私の考え通り、答えるラウルの声は低くなっていた。


「……オステノヴァの影響を受けた人らしい言葉ですね。望むことを成し遂げたいなら、貴方の下に入ってこいということじゃないですか。逆に敵対すれば俺たちの進出を阻むつもりですか? 公爵家の威勢で圧迫しても無駄です」


「意気はいいんだな。だが一人で早計するのは良くないぞ。君がボクを支持しないからといって危害を加えるつもりはない。そもそも君がボクの下に入ってくることを望んでもいない」


「……どういう意味ですか?」


「アスティロン辺境伯家は事実上純粋能力主義派の首長だな」


 ジェリアの言葉にラウルはしばらく沈黙した。


 その通り、純粋能力主義派の実質的な首長はアスティロン辺境伯である。地位だけ見れば辺境伯勢力よりはるかに高いオステノヴァ公爵家とアルケンノヴァ公爵家が純粋能力主義派ではあるけど……実は、この二つの公爵家は中立に近い。


 公爵領はその中に多くの伯爵領と男爵領を擁する首長。当然、内部的には多くの貴族の勢力を成しており、彼らの意見がすべて統一されているわけではない。一例としてフィリスノヴァ公爵家もまた、旗下のドロミネ伯爵家をはじめとする一部勢力が公爵とは異なる路線を主張している。


 オステノヴァとアルケンノヴァは純粋能力主義ではあるけど、内部貴族の仲裁と懐柔のため中立に近い消極的な派閥だ。そのため、前面に出て派閥を率いる求心点が別途必要である。アスティロン辺境伯がこれまでその役割を果たしてきた。


 突然ジェリアがその話を切り出した理由が気になるけど……ちょっと注意を喚起する時が来たようだね。


「ちょっと待って、ジェリア」


「どうした? 何か反対することでもあるのか?」


「そうじゃないわ。そろそろ新しい観客が来そうだから」


「うむ? ……ああ」


 私とジェリアは同時に目を向けた。残りの人々も私たちの視線方向についてきた。私たちの方に近づいている生徒が何人か見えた。


 中央の人はテニー先輩。そして彼の両脇に、まるで彼を護衛するように並んだ生徒が四人いた。中には私と面識が全くない人もいたし、修練騎士団員として最低限の面識程度はある人もいた。


 でも公爵家の令嬢として、そして修練騎士団執行部の一員として彼らが誰なのかは知識で知っている。テニー先輩を支持する生徒たちだ。そのうち二人はラウルと同じく辺境伯勢力でもある。


 近づいてきたテニー先輩は苦笑いしながら口を開いた。


「途中から聞いたのですが、これ僕がスカウト現場に勝手に乱入してしまったのですか?」


「とんでもないこと言うなよ」


 ラウルは舌打ちをして答えた。


 考えてみたらテニー先輩には先輩をつけるのにラウルのことは名前だけで呼んでるわね、私。


 私がそのような雑念を抱いている間、ジェリアが先に話を進めた。


「ボクはただ提案をするつもりだっただけだが、考えてみれば君の人を勝手に奪う行為でもあるんだな。謝るぞ」


「あえてそうする必要はありません。ラウル様が僕を支えてくれるのは事実ですが、僕の人というほどの親密さや強制力はありませんから」


 そう言いながらも、テニー先輩は鋭い目でジェリアを眺めた。やっぱり不満があるのかしら。


 ジェリアもその気配を感じたらしく、小さく鼻を鳴らした。


「口先だけのことを言う時は、もう少し表情管理をした方がいいぞ?」


「……失礼しました。それより目的はそれで全部ですか?」


「質問の方向が間違っているぞ。そもそもこちらは普通に選挙遊説をしていただけだ。ボクたちが先に目的を持って接近したのではないという意味だ」


「普通に……ですか」


 テニー先輩の目が私たちを次々と見た。彼についてきた生徒たちが緊張したように唾をごくりと呑んだ。


 でもテニー先輩は苦笑いするだけで、気後れした様子は少しもなかった。


「普通なことでは全くないのですが……それ以外はその通りですね」


―――――


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