第四章 隠された島の主人

プロローグ お姉様と私

 悲しい夢だった。


 夢ということだけはなんとなくわかった。でもどんな夢なのかはよくわからなかった。それでも知っていたのは、この夢がとても悲しかったということと……断片的に過ぎ去った記憶の中で、私のものじゃないものがたくさんあったということだけ。


「アルカ」


 私を呼ぶ声。憧れて愛するお姉様の声。


 ところがその声に、いつもの優しさは少しもなかった。


「ついに貴方の手で私を殺しに来たよね」


 何言ってるの?


「……いいえ。私はお姉様を止めに来たんです」


 私の口から出た言葉なのに、何を言っているのか全然わからない。私が手に剣を握っていることも、その剣をお姉様に向けていることも、現実感がない。


 ただ分かったのは、それを言った私があまりにも悲しんだということだけだった。


「貴方も知ってるでしょ。私を止めることはできないわ」


「いいえ、止めます。そして連れて帰ります。何があっても!」


「……アルカ。愛する私の妹。みんなが私を憎んでいるのに一人で私を愛してくれた子。この世に貴方ほど優しくて、貴方ほど愚かな人はいないわよ」


「お姉様、今からでも遅くないですよ。一緒に……」


「……愚か者。もう遅いわよ」


 その言葉と共に、真っ黒な煙のようなものがお姉様を包んだ。


「お姉様!!」


「すべてが遅れたわよ。十年前のあの日から」


 黒い煙……濃密すぎる邪毒の渦の中から、お姉様の声だけが響き渡った。


「あの洞窟の事故の時から? 唯一私の味方だったトリアが私を裏切って殺そうとした時から? 私が人を傷つけ始めた時から? 知らない。……でも貴方だけは傷つけたくなかったの。貴方は優しいから。私がもらえなかった愛を、貴方はもらっているから」


「それは……」


「……でも、心のどこかで貴方を憎んだかもしれない。私は嫌われるけど。なんで貴方は。……でも貴方だけは守りたかった。私の卑怯な憎しみなどより、貴方がはるかに大切な人だから」


 邪毒の中で、お姉様の存在が変わっていくのが感じられた。けれど私には何もできなかった。濃すぎる邪毒が私の魔力を弾き飛ばしていた。


「でもね、それもやめることにしたの。……大嫌い。この世界が。一人だけ愛される貴方が。……何の罪もない貴方を憎む私自身が。もう疲れたわ。憎まれることも、憎むことも。それで、それでね……人間をやめようとするわ。自我のない怪物になってしまったら……こんな気持ちにも別れを告げるから」


「お姉様!! ダメ……」


「だから、さようなら。愛らしくて憎らしい妹」


 ついに邪毒が散り、お姉様の姿が現れた。


 その姿は……。




 ……そして、場面は変わった。


 みんながお姉様を愛した。最後の最後にお姉様に背を向けてしまったロベルも、お姉様を憎んで殺そうとしたトリアも、他の多くの人々がお姉様を大切にしてくれた。私もお姉様を愛したし、お姉様も私を愛した。みんなが幸せな世界だった。


 けれども、なぜだろう。その世界のお姉様は、一人でいる時は決して笑わなかった。人には平気で笑ってあげながら、褒められると拒否してしまう。大きな魔物が現れると誰よりも先に飛び込め、人を守ることができれば自分が怪我をしても笑ってしまった。


 ……どうして?


 みんなお姉様を愛してるのに。お姉様を大切にしてくれるのに。どうしてお姉様は自分を大切にしてくれないの?


 それが大嫌いだった。お姉様を愛しているけど、その面だけはあまりにも憎い。お姉様が幸せになってほしいのに。幸せにならないといけないのに。理不尽な憎悪に一生痛めたお姉様だから、幸せになっても……。


 ……おかしい夢だ。記憶が入り混じって、自分も知らない変な考えがしきりに浮かぶ。


 しかし、お姉様を思う気持ちだけは本気だ。だからお姉様が自分自身をもっと愛してくれたらいいなって思う。でも、お姉様はそうしない。それがとても悲しくて……腹が立つ。


 お姉様。いつまでそうしてるんですか?


 お姉様。お姉様のそういう点のせいで私が悲しいということはご存知ですか?


 ……だから決心した。お姉様が自分を愛していないなら、それだけ私がお姉様を愛してあげるって。お姉様が自分にあげられない愛を、私が強制的に口を開けてでも詰め込んであげると。


 覚悟してください、お姉様。


 頑固なお姉様の妹らしく、私も頑固だということをお見せしますので――。




 ***




「アルカ? 何かあったの?」


「……え?」


 お姉様が心配そうな顔で私を見ていた。でも私はぼんやりとバカな返事しか返せなかった。


 ……これは全部今日見た夢のせいだ。


 本当におかしかったしわけの分からない夢だった。いろいろなことが入り混じって一体何が何なのかわからない。


 しかし……それは夢だということが信じられないほど


「大丈夫です。少し疲れていたようです」


「本当に大丈夫なの? 大変ならちょっと寝てきてね」


「大丈夫ですよ。お姉様は過保護ですっ」


 自分はともすれば重傷を負うくせに。


 見たこともないのに、そんな確信がした。今日見た夢ですれ違った数多くの場面……その中でお姉様が強い魔物と立ち向かって傷つく姿がいくつもあった。夢のことなのに、それが単純な夢じゃないという確信があった。本当に妙だ。


 これ以上お姉様がそんなに傷つかないように。そう願っているけど、それが叶わない願いだということは私も知っている。お姉様の性格を考えるとね。


 ……それなら、私にはお姉様のために何ができるだろう。


 実際に私にできることはないだろう。強くて素敵なお姉様とは違うから。でも、だからといってあきらめるつもりはない。


 まずはお姉様の傍に並んでいられるように。


 私は一人でこっそり決心した。


―――――


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